カタストロフィな大鳥〜自由への渇望〜

@sojimiyakawa

第1話

「我は、王の中の王である!!! 」


 そう声を張り上げ、馬に乗り、従者達を引き連れて街を徘徊する。民は皆畏れつつ、また政治に対する不満を抱きながらも、どこか心の中では羨望の気持ちも残っている。


 何故なら、コルダード――アンビジオーネ王国の第26人目の王様――はこの国の英雄であるからだ。さらにアンビジオーネは大陸の王国を束ねる盟主的存在。彼が「王の中の王」を自称するのも首を横に振ることは出来ない。


「あーあうるせえなあ」


 四輪車の荷台を運び、汗を垂らしながら呟く。そんな偉大な王とは対照的に、今にも倒れそうな顔つきで、道を歩く銀髪の青年になりかけの少年。しかし彼は王に対して羨ましがることはなく、ただ、ただ歩く。荷台を引っ張り続ける。何故ならそんな感情を抱く余裕もない程に、追い込まれていたからだ。


「売れないと、また野宿だ……」


 ただ、野宿することに関しては何ら抵抗はない。しかしながら、もう3月程お湯に浸かっていないので、そろそろゆっくり温泉にでも入りたいところである。加えて、この暑さ。身体のあちこちに、痒みが出てくる。


 この決して恵まれたとは言えない生活が嫌いな訳では無いし、むしろ好きだ。何故なら、自由だから。今は、ちょっと困りごとがあるだけで。この荷台に溢れん程のキノコを道行く人に売る旅商売も嫌いでは無い。ただ、今は、溶けるくらい暑いのが嫌なだけで――。


「なんでこの時期は売れないんだろなあ」


 そう小さく呟くも、売れる訳では無い。しかし、彼がそう思うのも無理はない。このキノコはそこら辺のキノコとは訳が違うのである。


 王が徘徊していたのは昼のことであったが、もうそれはとっくに過ぎ、もう太陽が西に今にも落ちそうな時になっていた。


 今日も野宿か。荷台を運び、もう体力のなくなった少年はそう呟き、適当な岩にテントを貼って、寝る準備をした。物が売れなかったのでもちろん食料を買うお金も揃えられず、代わりにいつも通りキノコを口に入れることにした。


 今日は下から食べるか。等と考えながら口に入れたその瞬間。


 ガガガガガッッッ!!!ズシャー!!!

 

岩の上からでかい塊が落ちてきた。


「なんだあ? 岩雪崩か? 移動するかあ」


「ち、違う! 」


 最後まで言い切らぬうちに、声が聞こえた。渋い声の主はフードを被っていて、顔はよく見えないが、オッサンか。オッサンだなこれは。


「何してんだ? 」


 そう声を掛けると、


「ちょっとな……。それにしても、な、何か、水か食料はないか? もう、この子が腹ぺこで……」


 あるけど、キノコしかねえぞ。


「有難い。是非、頂きたい」


 本当は商売道具を売りたくねえけど、売れないし、腐りそうだし、まあいいかと思って、沢山のキノコと少しばかりの水をくれてやった。水は貴重だったが……。

 手に取るや否やオッサンともう1人の、こちらもまた顔はよく見えないが、俺より少し小さいくらいの子はバクバク食べ始めた。


「これ何? キノコの味じゃないけど」


 もう1人の方の女の声をした子がそう口にすると、少年は待ってましたと言わんばかりの得意げな顔で、


「それはただのそこら辺に生えてるキノコとは違うんだよ。上から食べれば魚の味、下から食べれば肉の味、横から食べればケーキの味、舌で舐めればキャンディの味がするのさ! 」


 と俺が熱弁すると、


「キモチワル……」


 チッ。このクソガキがよお…。


「いや、なんか1人でペラペラペラペラ喋り出すから、キモチワルいなあって……」


「うむ。確かに気持ち悪い」


 こいつら揃いも揃って……。キノコの感謝はないのかね。オッサンの方は何かブツブツしてるようだったが、無視しておいた。


「いや、感謝はしてるぞ。本当に有難かった」


「ただ、それ以上に気持ち悪かったんだよねえ……」


 本当に感謝してる? まあ、恩を売る気はないから、別にいいけどさあ。あと、2回も言うな2回も。


「で、お前ら何してんだ? こんな所で、もう遅いだろ」


 と聞くと、


「何してるんだっけ?」


「いやあ……宿を探してるんだよねえ」


 たったそれだけの事を答えるだけなのに、オッサンは時間をかけ、言いにくそうにしていた。何か事情があるのだろう。だったら、それ以上詮索はしまい。


「俺はアンドレア。お前らは? 」


「私はガードナーだ。改めて、礼を言わせてくれ」


「私は……アリシアよ。よろしくね」


 少女はフードを取って優しく、答えた。でも、名前言うだけならそんな時間かけるなよ、と思ったが、それ以上に、金のストレートの肩に少しかかるくらいの髪に、大きいとも小さいとも言えない胸、何よりも美しい、まるでどこかの貴族の子供であるかのような、上品な顔立ちを見て、声に出すことは出来なかった。


 しかし、この子、どこか懐かしい感じがするなあ……。そんな思いを抱き、そして記憶を辿るために嫌な過去を思い出して後悔した。


「で、あなたは何してるの?旅?クサイけど……」


「最後余計だろ!まあ、そうだな……」


 ちょっとカッコつけて、


「空を、飛んでるのさ」


 と答えた。すると、


「はァ? 」


「バカじゃないの?? 」


「会話できますかー??? 」


 同じ口から罵る声が聞こえた。


「なんだお前!? ちょっとくらいカッコつけたっていいじゃねえか! 」


「クッサイわあ……」


 止まらぬ罵声。この女は……


「ま、まあ、旅商売だ。見ての通り、キノコ売ってる」


「最初からそういえばいいじゃない」


 そうと言えばそうだが、


「空を飛ぶって、どういうこと? 」


 先のような軽蔑の表情はそのままだが声色は多少なりとも興味がありそうだった。


「自由になるということさ」


「自由、ねえ……」


 小さく声を発したアリシアの目は、どこか憂鬱そうで、羨ましがってそうだった。

 今何を思っているんだろうと考えた瞬間、


 バーーーン!!!


 崖から何か降ってきて、砂煙が舞った。ようやく目が慣れてくると、


「やーっと見つけたゼィ……」


 男が立っていた。周りにも、大勢いた。恐らくは、味方という訳では無いだろう。


「くっ!またか!しかも、今日は多いか……」


 ガードナーがそう言うので、何となく事情は察した。このオッサン、何かしたのか?


「カカカ!! アリシアさん、あまりちょこまかと逃げないでもらえるかぁ? 」


「!? 」


 狙いは、アリシア、だと……?!

 こいつ、ナニモンなんだ??


「やれ!!! 」


 男の号令とともに、弓矢が大量に降り注ぐ、このままではいけないと思い、アンドレアは自身の2本の剣を取り出し、それらを弾いてかがみ込みながら震えている小さな身体を守る。ガードナーの方も同様に、矢を最小限の力で受け流していた。


「めんどくせえなあ……。お前も、死ぬか? 」


「なんでこの子を狙うんだ? 」


「王様の命令でなあ。そいつを捕らえたら、一生不自由ないくらいの金が手に入るのさ」


 ますます分からない。アリシアの、こんな小さな女の子のことが。


「こんなに震えているんだ。そんな子が痛い目にあうのを、見逃す訳にはいかない」


「決まりだ。じゃあ、死ね。お前らは、ガキを捕らえろ! 」


 オオッ! という掛け声とともに、集団がアリシアの方に飛んでいく。そうはさせまいと、アンドレアも向かったが、


「お前の相手はこのカルロス様だ」


 とよく立ち向かったな。あるいは馬鹿なだけか。いずれにせよ、勇気だけは褒めてやろうと言わんばかりの自己紹介をして、立ち塞がった。


「礼を言う。アンドレア」


 そう言って身構えるガードナーを他所に、大剣を振り下ろすカルロスに向かっていく。それを2本の剣で受け止め、離れる。間もなく、大剣と双剣の間に火花がほと走る。


「なかなかやるな!だが――」


 カルロスはそう言うと、大剣を今まで以上に振りかぶり、


「フィアンマ・アルコ! 」


 唱えるや否や大剣から炎の矢が3本ほど襲いかかってきた。

 面倒臭い野郎だ、と思いながら弾き、カルロスに向かっていった。


「これで終わりだ」


「甘いな! 」


 勝ちを確信したアンドレアに対し、カルロスは片手で受け流し、そこで大剣を振り下ろす。


「危ねぇ! 」


 間一髪で急所は免れたが、右肩辺りに傷を負った。


「カカカ! 勇者アンドレアよ。お前の人生もここまでだ。ご苦労さま」


「ふん。お前も、甘いぜ」


 アンドレアは剣を斜めにクロスさせて、


「久しぶりだが、少し力入れるか。

 グランデ・ルーチェ!!! 」


 双剣に光のオーラが纏う。カルロスも危機を感じたのか大剣でガードしようとする。しかし、手遅れだった。


 双剣がカルロスを切りつけ、カルロスは崩れ落ちた。


「光の剣だと…そんなもの、聞いた事…


 チッ、あいつらも全滅か。今日はここまでだ」


 待て、と言い切る前にカルロスは飛び去った。

 ふう、と嘆息し、アリシアの方を見る。が、敵は既に気絶していたようだ。

(あのオッサン、何者なんだ……)

 彼の疑問は増えるばかりで、消えることは無かった。だが、無事なようで安心していた。


「感謝するぞ、アンドレア」


「いーよ。別に。ただ、オッサンはナニモンだ? かなり力があるようだが……」


「それは…言うほどのものでは無い。ただ、お前も只者じゃないな。光の剣、どこで手に入れた?」


 同じように顔を伏せる。


「そうだな。お前にも言えないことはあろう。お互い、秘密にしてるしな」


「あ、ありがと……」


 アリシアもようやく安全が確認できて、近づいてきた。こうして見ると、怯えていて可愛い気もしないでもない。


「素直に感謝出来たのか……」


「何よそれ……」


「アンドレアよ。見ての通り我々は追われている。もうお前に迷惑はかけられない。我々は去ることにするよ。今一度感謝する。さらばだ」


 そうフードで顔を隠してるオッサンはそう言ったが、アリシアは目を伏せてる。これからも、こんな小さな女の子はこんな目に遭うのか……

 そう思うと、このままにしておく訳にはいかなかった――


「ここから東に行くとボアという小さな田舎町がある。そこならここら辺よりも安全だ。そこに行こう」


「な……」


「え……」


「俺も王国軍をたった今敵に回したんだ。俺もお尋ね者さ」


 そう言うと、アリシアは


「ありがとう……ありがとう……」


 ずっと泣きじゃくっていた。

 こんな小さな女の子をここまで追い込むアンビジオーネを許せなかった。人の自由を勝手に奪うことを許せなかった。だから、俺も力になりたいと思った。自由のなかった自分と重ね合わせて――

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