第1話
母がなくなってから一か月が経った。両親のいない生活もようやく落ち着きを見せ始め、妹もほとんど以前と変わらない生活を送れるようになっている。
本当によかった、と妹の部屋の入口に立ち、すやすやと寝息を立てる姿を見て思う。両親が立て続けに亡くなった直後は、俺までいなくなりやしないかと、夜ごと部屋に侵入してきて、俺が起きるまで眠れない毎日を送っていた。おばさんたちが添い寝をしてくれることでなんとか落ち着きを取り戻し、今では元通り一人で寝ることもできるまでに回復している。
まあ、時計の針は7時30分を指しており、朝シャン派のこいつが今から支度をして学校に間に合うのかという毎日の悩みも元通りになったわけだが。
「ヒバナ、おい、ヒバナ。起きろ」
「オッケー、起きる起きる」
眼を閉じ、布団を頭までかぶったままやけに明瞭な返事を返してくる。わが妹ながら器用なことだ。
仕方がないので布団をガシっとつかむ。ヒバナも気配を察知して体を丸まらせ布団をとられまいとしてくるが、高校球児の腕力の前では幼児の抵抗に等しい。ヒバナごと持ち上げる勢いで布団をはがしにかかる。
勢いよく宙に舞う布団から、ボトリ、とベッドの上にダンゴムシと化したヒバナが落ちた。
「ほら、そろそろあきらめて起きろ。俺まで遅刻させる気か」
だが、返事がない。いつもならこの辺で、体くらいは起こすのだが。
「ヒバナ、起きてるか?」
「……起きてる」
目をつむったまま、ヒバナがかすれ声を絞り出した。
「もしかして、のど痛いな?」
「うん」
「だるい?」
「誰か元気玉使ってんのってくらいだるい」
「……無駄口叩いてないで体温測るぞ」
丸まったままのヒバナの口に体温計を突っ込み、しばらく待つ。
35.0、35.2、36.7、37.1と予想通り順調に数値は上がっていき、38.0ちょうどでアラームがなった。
「38度、ばっちり風邪だな。」
検温結果を伝えつつ、口から体温計を引っこ抜くと、ようやくヒバナが目を開けた。
「学校、休める?」
目が潤んでいる。熱のせいか、それとも別の理由か。しっかり確認してやりたいところだが、学校の時間とヒバナが一日家で過ごすための準備のことを考えるとその暇はないようだ。
「ああ、今日はゆっくり休め。」
布団をかけなおし、カーテンを閉める。一度部屋を出て、冷えピタとお茶、市販薬をもって戻ってきたとき、ヒバナがしゃがれ声を出した。
「お兄ちゃんも、休む?」
一瞬、体が硬直する。ヒバナの不安が後ろ髪を強くひっぱる。
「……おばちゃんたちには連絡しとくから、誰かは来てくれると思う。病院行けば、すぐ良くなるからな」
ヒバナの顔を見ずにいう。今、さっきの潤んだ瞳を見てしまったら、二人で泣いてしまうかもしれない。
「……うん」
やっとのことでヒバナが返事をする。今度の土日は、二人で泣ける映画でも見に行こうと思った。
そっと扉を閉めて一階に降り、ヒバナの学校、一番近くの親戚への連絡を済ませ、朝ご飯にラップをかけて、玄関を出た。
扉を閉めながら見えた家の中は、まるで悪さをすると閉じ込められた倉庫のように暗く、まるでどこか良くないところへつながっているように見えた。
妹が大魔神になりました。 @hinata-dabesa
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