影キャラ、みんなと働く。

 キッチンへ向かうと、めい子さんがてきぱきと何かを作り始めている。


「これから予約のお客様が来るんだけど、影野君はまず、サラダを作ってくれる?」

「予約…ですか?」

「あっ説明まだだったね。予約限定だけどディナーもやってるのよ♪」


「そうですか…(喫茶店でもやるんだ…)」

「お客様は家族四人で、お嫁さんと息子さんがいて、息子さんは野菜苦手なのでサラダ無し。三人分お願いね」


 その後、最初にめい子さんが見本として一つ作っていただき、それを見ながら俺も作った。


 ホールには人の声が増え始める。

 お客様が来たみたいだ。


「あの席に座っているお客様よ。影野君、折角だし渡してみる?無理しなくてもいいけど」


 と言われ勇気を出して「やります」と言い、俺は久々の接客に緊張しながらホールへ向かった。


「お、お待たせしました」


 緊張するな。

 皿を置くだけだ。

 自分にそう言い聞かせてサラダを置く。


「あれ?俺の無いの?」

「えっ」


 突然の息子さんの言葉に俺は固まってしまった。


「えっあっ苦手…」

「は?」

 

 俺は突然の事態に言葉が詰まった。


「何だ?突っ立ってないで何とか言えよ!」

「ちょっと!この間サラダはいいって言ったじゃない。ご厚意でそうしてもらったのよ」


 その時、奥さんが説明をしてくれた。


「ああそうだったか!悪いな兄ちゃん。やっぱ俺も食うから持ってきて」

「えっあっはい…」


 俺は男の態度にモヤモヤしながらも、その事をめい子さんに伝えようと戻ると、田端さんが既にサラダを作っていた。


「…(いつの間に?)」

 

 作った後、田端さんは男の元へ向かっていった。


「先程は申し訳ございません」

「あ、エリカちゃんありがとう」

「ディナーのハンバーグですが、玉ねぎを少なめにして作ってありますので」

「おー嬉しいね。前は多く使ってて嫌だったんだ…また頼んであげる俺って優しいでしょ」


 と、ドヤ顔で言ってきた。

 何でこいつが隣の美人と結婚出来るのかと俺はイライラしていた。


「はい。ありがとうございます」


 しかし田端さんは笑顔で返す。


「いつ見ても可愛いね。俺もうちょっと若かったら付き合いたかったよ」


 今度はセクハラ発言までしやがった。


「ふふ。冗談はやめてくださいよ」


 再び笑顔で返す。


「…!(プロすぎる…)」

 

 キッチンへ戻った田端さんに


「接客…上手ですね」


 と、素直に誉めると田端さんはニコッと照れながら、


「ありがと。最初は誤解されるけど、あのお客様は良い人よ」


 と言った。

 この子はキツいけど俺より大人なのかもしれない。


「何か困ったら言ってね。厄介な人もたまにいるから」


 第一印象はこんな返答がくる子では無いと思っていたので驚愕した。


「でも」

「!(ち、近い!)」


 田端さんはいきなり、俺の耳元に口を近づけてきた。


「みんなに内緒ね。あの人、最初のお客様にしてはハードル高かったわね。アンタは無理せずに今日はキッチンの手伝いしてて」


 良い匂いと可愛らしい声を感応してしまったなんて言ったら殴られるだろうな。


「二人共何イチャイチャしてるの?これ、めい子さんに渡して~?」

「イ、イチャイチャしてないわよ!」

「あ、ありがとう」


 いつの間にかいた市ヶ谷さんは伝票を俺に渡してきた。直ぐにめい子さんの元へ向かい渡すと、


「影野くん、これからが本番よ!着いてこられるかしら?」

 

 と更にキリッとした表情に変わった。


「影野くん、冷蔵庫からマヨネーズ持ってきて」

「はっはい」

「あそこの棚からスプーンお願い」

「はい」


 その後、物覚えが悪い俺でも器具調味料の置場所の分かりやすさとめい子さんの指導で、いつの間にか単語を聞くだけで対応が出来る様になっていた。

 そして、上手に早く出来ると、


「いいね。良くなってるよ」


 と、めい子さんは笑顔で誉めてくれる。

 正直可愛らしい笑みを見たいが為にやっているかも。


 一通り仕事を終え、ホールの様子を見ると、なんと先程のセクハラ男が泣いていた。


「誕生日おめでとうしげちゃん」


 セクハラ男の母親が言う。


「おめでとう」


 父親も。


「しげくんおめでとう」


 そして奥さんも。


「こんなに祝ってもらえて嬉しいよ。病気だった時はずっと死にたかったからさ」


 しげという名のセクハラ男は泣きながら言う。

 俺はその光景が少し眩しく見えた。


「みんなありがとう。おう、そこの兄ちゃんも今日ごめんな。ありがとな」

「えっ?い…いえ」


 突然話しかけられ、戸惑う。

 田端さんは再びその人と楽しそうに話している。


 俺はありがとうと言われた事と、病気と言っていたが何の病気なんだろうとか、あの人も悲しい過去があったのだろうかと考えていた。


 俺は自分自身、可哀想な人生を歩んでいると思っているが、しげという人も俺みたいに辛い日々があったのだろうか。


 喫茶店を見渡すと、

 カップルで楽しくお茶をする人。

 女子の集団で盛り上がっている人達。

 落ち着いてコーヒーを飲む老夫婦。

 仕事帰りらしいサラリーマン。

 一人で物憂げな表情の女の人、男の人。


 みんな実際どういう人かは雰囲気では分からない。

 でもそれぞれに人生があって、物語があるのだろうか。


 俺はお客様を一通り観察をしていたら、突然、ガシャンと大きな音が店内に響き渡った。


 音のした方へ振り向くと、一人の女性がコーヒーカップを落としてしまっていた。


「す、すいません!」

「お客様お怪我はありませんか?」

 

 咄嗟にめるさんが駆け寄った。


「すぐに片付けますので。後新しいコーヒーをお持ちしますね」

「ありがとう。ごめんね」

「いえいえ♪」


「…(プ、プロだ…)」

 

 俺はボーッと彼女のスマートな対応を見ていると、市ヶ谷さんが「お願い」とホウキと塵取りと雑巾を突きつけてきた。


 俺はお客様の元へ向かうと、とても申し訳なさそうな顔をしている。

 気を遣って、何か言った方がいいのかな?


「ど、どうも」

「…すいません」


 いやどうもって何だ!失礼しますって言えば良かった…俺はまた言葉を間違えた。


 俺はコーヒーカップを拾い、雑巾で拭き、床に落ちた破片を残さぬよう、ホウキで掃いていく。

 後ろから、「お待たせしました」と言う声がし、振り向くと、市ヶ谷さんが新しいコーヒーを持ってきた。

 迅速な対応に惚れ惚れしてしまう。


「ありがとうございます!もう何から何まで」

「いえ、とんでもございません。ごゆっくりどうぞ。…影野っち、交代するからキッチンお願いね」

「あっ…はい」


 俺は彼女に掃除用具を渡し、キッチンへ向かった。

 向かう途中、後ろを振り替えると、市ヶ谷さんはお客様と親しげに話していた。

 お客様は心なしか俺が来た時よりも安心した顔をしている。

 一見大人しそうに見える市ヶ谷さんも話すと饒舌になり、別人の様だった。


 その後、何とか業務をこなしていく中で俺が凡ミスしたりしても、彼女達は何も咎めず「ドンマイ」と言ってくれたり、フォローをしてくれた。


 ◇


「お疲れ様!」

「なによ最初にしては出来るじゃないのよ」

「い、いえ…」


 気がつけば夜九時頃。

 たった三時間でも、俺にとって長く濃い時間だった。

 みんなにフォローをされながら何とかやれたが、今度から自分で出来る様にならないと…


「お疲れ様。はい。ココアね」 


 めい子さんから暖かいココアが入ったマグカップを渡された。

 その瞬間、心がほっとし、今日のことを改めて思い出す。


「あの…」

「どうしたの?」

「すいません。迷惑かけて」


 俺はみんなに気を遣ってくれた事の感謝と申し訳なさで一杯だった。


「大丈夫。私なんて最初は接客怖かったよ。不登校だったし~」


 と市ヶ谷さんは意外な事実を打ち明けてくれた。

 飄々としていて、今はとてもそう見えない。


「私なんかいじめられて人嫌いになって、直すために此処受けたんだから」


 田端さんまで。

 それなのにあのセクハラ男に対応出来るなんて。


「私もお父さんが亡くなってから、暫く引きこもっちゃったけど、今は大丈夫。ね、お母さん」

「そうね」


 めるさんと、めい子さんはお互いに顔を合わせてそう言った。

 

 最初は彼女達は幸せに暮らしていそうで、不幸なことなんて無さそうと思っていたが、みんなも色々あったんだと気づいた時、俺は目から一粒涙がこぼれていた。


「あーもう何泣いてんのよ」

「俺情けないっす」


 俺は勝手に人を判断して、一喜一憂して、これじゃあ、子供みたいだ。

 

 田端さんは笑いながらも背中をポンポンと叩く。


「まあ気軽に頑張ろう~」

 

 市ヶ谷さんは頭を撫でてくれた。


「利彰君、みんなで頑張っていこう?」


 めるさんは静かに頬笑んだ。

 今までの人生でこんなに人に優しくしてもらったことなんて無かった。

 ココアの心地よい甘さと香りで、また涙が出そうになる。


「影野君、金曜日はね、終わったらみんなで夕飯食べるのよ。良かったらどう?」

「一緒に食べようよ♪」

「今日は新しい仲間が来てくれたお祝いに豪華にしましょうか」

 

 と、めい子さんとめるさんは嬉しそうに言ってくれた。


「アンタ、めい子さんの手料理食べられるってだけで幸せもんよ」

 

 田端さんも表情が和らぎ嬉しそうだ。


「そう…ですか」

「あっ影野っち笑った~」

「え?」


 市ヶ谷さんは面白そうに俺の顔を見ている。

 そう言えば、最近笑ってなかったな…


「利彰君やっと笑ってくれた♪」

 

 めるさんは太陽のような笑顔を向けてくれた。


 俺も彼女達のように変われるだろうか。

 暖かさに包まれ、ココアの苦味と甘さを堪能しながら、俺は初めて明るい未来を想像してみたのだった。

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俺影キャラ、バイト先がハーレムで困る。 北乃ミエ @kitano-mie001

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