玲央那の法術講座
翌日、もはや日常と化した鋭利な視線をくぐり抜ける学園生活をこなした柊真は、玲央那に連れられるがまま桜満家へと来ていた。
当然、夏菜の追求は避けられなかったが、流石、幼馴染と言うべきか、有耶無耶にする術を柊真は心得ていた。
何も知らない夏菜を巻き込むことが出来ない以上、仕方のないことではある。
しかし、それが正しいことなのかは柊真には分からなかった。
この魔霧と対峙する裏世界へ踏み出すことを自ら決めた柊真は、自身が置かれている状況を多少なりとも理解しているつもりだったし、知れば夏菜が首を突っ込まないはずもないということもよく分かっていた。
だからこそ、有耶無耶にしているわけだが、この状況はいつまでも続くはずもない。先送りこそ出来ているものの、いつかは巻き込まない何かしらの形で決着をつける必要はあるだろう。
そこら辺は泰三に相談すればいいと勝手に考えていた柊真だったが、これが過ちだったと気づくのはもうしばらく先のことだった。
† † †
柊真は玲央那に連れられて桜満家へとやってきていた。
しかし、柊真が案内されたのは、先日と違い山の麓にある母屋の方だった。
何となく、昨日玲央那の言っていた『霊装』を含めた退魔の基本講座と言ったところだろうと予想していた柊真からみれば、神社へ連れて行かれるよりも、部屋でじっくりと話してもらった方が気は楽であった。
それに神社で仕事をしている人々から見れば、次の神主は柊真なわけで、後継者に興味津々といった視線も多かったため、柊真はどこか神社へ赴くのを苦手としていた。
その点、母屋の方は好奇の視線というよりは、大事な来客として使用人たちは迎えてくれるため、扱われ方に慣れはしないものの、神社よりはいくらかマシであるように柊真には思えた。
使用人の控える大きな門をくぐり、中へ入ると外からでも十分に感じ取れてはいたものの、現代の屋敷にしてはかなり立派で、まるで観光地へと迷い込んだような錯覚に陥る。
幾ら神社を秘匿しているとはいえ、この敷地面積はやはり大きいように柊真は感じた。
確かに、田舎へ行けば山の一つ二つ持っている人はいるだろうが、都会とは言えずとも田舎とも言えない近郊都市である桜山市で、山を持っているのは十分に凄い範疇と言える。
建物の中に上がると柊真を使用人に任せて、玲央那は一人中へと消えていった。
どうやら準備があるらしい。
連れられるままに建物を見渡せば、母屋は古い造りになっていて、案内してくれた使用人以外にも数人とすれ違った。
敷地自体が非常に大きい以上、掃除その他諸々、とても桜満の人間だけではこなしきれないのだろう。
それは、柊真が目的の部屋に着くまでに通過した部屋の数からも十分に伺えた。
柊真が案内された部屋は当然ながら和室で、畳を変えたばかりなのか
部屋を見回した頃には案内してくれた使用人はいなくなっていた。
音も気配もなく消えたあたり、やはり桜満の使用人ともなると普通ではないらしい。
机に向かって座布団に座っていると、しばらくして玲央那が戻って来た。
「待たせてごめんなさい」
玲央那はそう言って部屋へと入る。
手にはお茶菓子を乗せた御盆を持っていた。
柊真は資料の山でも見せられるのかと思っていたが、どうやらそれは見当違いだったらしい。
「法術について教えてくれるんだよね?」
「ええ、そうだけど?」
そう答えながらお菓子に手を伸ばす玲央那。それに倣う柊真。
これではただのお茶会だ。
玲央那が何を考えているのかまるで検討のつかない柊真だったが、当の本人は難しい顔をするばかりで何か考え事をしているようだ。
だが、沈黙を破ったのは玲央那だった。一通りを口にして落ち着いたのか、玲央那は話を進める。
そもそも、法術とは神社関係者、すなわち魔を退け鎮める者“
より正確に言うなれば、言霊を奉納して世界の理に干渉する
奉納するものが言霊である以上、決められた句を読めば使えるなどと言うものではなく、術者の心情、願いに呼応して力が発現する。
その特性ゆえに、即興で自在に効果を変化させられるなどの汎用性を持ち合わせる一方、常に同じ状態で使える力ではないため安定性に欠ける。
魔霧の捕縛に使用された結界も使う人、タイミングによって毎回力の加減が変わってしまうのだ。
だが、当然のことながら、そんな状態では秘匿神社という退魔組織としては困るのである。
そこで生み出されたのが法具だ。
予め力が安定するように式を織り込んだ法具を同時に使うことにより、毎回同じ効果・出力が得られるようになった。
法具の誕生により秘匿神社及び、退魔師の勢力は拡大。魔霧による怪異災害へも少しずつ対応出来るようになっていた。
しかし、退魔師たちは新たな問題に直面する。
それが、魔王と呼ばれる存在の出現だ。
そもそも、時を同じくして協会もまた魔を祓う者“
この祓魔師たちが相手にしていた存在が悪魔であり、その上位の存在が魔王と呼ばれる存在なのである。
悪魔とは端的にいうと魔霧が実体化した姿。人の悪感情が集まって現出するのが魔霧であれば、悪魔は人の悪感情を核に受肉し顕現する存在。
本来であれば実体化している時点で退魔師に出来ることはない。魔を退け鎮めるのが仕事である以上、確かな悪意として完成された個体となってしまうと祓うことしか出来ないのだ。
では、更にその上位個体である魔王相手になぜ退魔師が動く必要が出たのか。それは、単純な話で悪魔の王である魔王たちは、それぞれがそれぞれの神の力を借り得ているとはいえ強すぎたのだ。
単独で祓うことが出来るとすれば、世界で五人といないとされる
そこで登場するのが退魔師である。
魔霧を取り込み王となった悪魔をそのままで祓えないのであれば、祓える状態になるまで取り込んだ魔霧を鎮め退ければいい。弱体化さえすれば祓魔師が祓えるのだから。
そこで生み出された法術こそが霊装なのである。
魔霧を纏い操る魔王たちの力には一種の瘴気というべきものがある。これをその身で受ければ、心身共に汚され、いずれは闇へ堕ちることになる。
霊装とはそれを防ぐための防護服と言ったところ。無論、法具による法術の能力向上も見込めるため、使用できる熟練者は魔霧相手でも普段から使用する。
玲央那が先の浄化で手早く済ませることが出来たのも、霊装の補助によるところが大きい。
「えっと……つまり、退魔師として活動する以上、霊装は使えるようになれってこと?」
「まぁ、端的に言うとそういうことね」
などと玲央那は簡単に言うが、容易に出来れば誰も苦労しないのである。
法術が術者の意識の持ちようによって変化するために汎用性があるということは、霊装として纏うもののイメージをしっかりと持つ必要があるのだ。
幼い頃から法術に触れている玲央那はともかく、柊真にはその辺のイメージや感覚という物が著しく欠如していた。
「でも、なんとなく分かっているとは思うけど、そもそも法術の基礎をある程度出来ないと霊装を纏うことは出来ないわ。
だから、今日からしばらくはウチで法術についてきっちりかっちり覚えて貰うからそのつもりでね」
にっこりと玲央那は笑うが、何だろうか、柊真にはどうにも嫌な予感しかしなかった。
こうして、特訓という名のイジメが始まった……なんてことはなかったが、やはり通常よりも短い期間で習得する必要があるため、かなり厳しめであったことは否めない。
それでも、柊真は数日で法術の感覚というものを掴みはじめていたのだった。
――
あとがき
久々の更新です。
半年くらい更新してなかったかな。
メインで更新するとは一体……
とはいえ、この半年は今年出たばかりのFF14の新パッケージにうつつを抜かしていました。
先日は絶バハムートを遂にクリアし、一応形だけはLegendの仲間入りを果たしましたが、まだまだMMO下手すぎで色々と学ばなければならないことは多くあります。
しかし、世界の流れは私の事情を考慮するはずもなく、気づけば一年が経ち、カクヨムコンが始まってしまいました。
本作も本当は昨年のカクコムコン用に書き始めたはずなのに、未だに10万文字書けておりません。
応募期間中に10万文字超えるように今年こそは書こうと思って一応応募しましたが、書き溜めていたわけではないのでこれから頑張ります(汗)
また、時を同じくして今年のカクヨムコン用にと書き始めた新作「幾度も世界を救った少年は、再び世界を救う」もまだ文字数全然足りないんですよね。
今日は、こちらの更新と同時に上記の新作含めカクヨムコンに応募している三作品を同時公開しています。
本作は最近は随分と珍しくなったと勝手に思い込んでいる三人称視点で描いてみようと書き始めた作品ですが、他二作品は一人称視点で進む物語になっています。
どれも私の文体がきっちりと出た作品に仕上がっているかと思いますので、当作品を気に入ってくれた読者の皆様は是非、他二作品も評価していただければと思います。
「才女の異世界開拓記」
https://kakuyomu.jp/works/1177354054886236317
「幾度も世界を救った少年は、再び世界を救う」
黄昏の巫女と愚かな剣聖 初仁岬 @UihitoMisaki
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