魔の霧

 ここ最近の調査はカフェテラスで飲み物を飲みながら、魔霧まきりが現れるのを待っていた。

 つまり、玲央那は当然痺れを切らしているわけで……いきなり立ったかと思えば、無銭飲食宛らの勢いで店を出て行ってしまった。

 周りも何事かと柊真の方を見ている。

 柊真はため息をつきつつ席を立った。

 玲央那の置いて行った鞄を回収して、伝票を手に会計へ。泰三から渡されていた資金から支払いを済ませ店を出る。

 玲央那の姿はすでに見えないが、さっきの玲央那の視線から柊真は大体の方向を探り当てる。

 その方向へと歩いて行くと――人が消えた。駅前であるにも関わらずだ。


(気付かなかったけど、結界の類いなのかな?)


 流石に、法術の存在や桜満神社の存在に触れた今の柊真はこの程度で動揺したりはしない。


「遅いわよ」


「仕方ないじゃない。ちゃんと支払い済ませて来たんだから」


 柊真は周りを見渡す。

 普段、賑わっている駅前が明るい内からシンっとしているのは何とも不気味だ。

 とは言いつつも、この状況を作り出したのは神社側であり、むしろ不気味に思わなければいけないのは魔霧だろう。

 しかし、周囲に魔霧は見当たらない。


「逃げられた?」


「ううん。いるわ。間違いなく」


 玲央那の視線の先に最初は気にならなかった黒い砂のような何かが、段々と集まり始めていた。


「集まってくる……もしかして、これが霧と言われる所以?」


「ええ。霧のように散り散りになって姿を眩まし、集まって具現化する。それが、魔霧アレの特徴よ」


「それって、見つけても不利になったら逃げられるんじゃ?」


 実際、初めてアレに会った時は、形勢が悪くなると見るや逃げていった。


「普通に戦えばそう。例えば、柊真くんと会った時なんかみたいにね。

 でも、今回はちゃんと対策を取ってるわ」


「対策?」


「ここら辺に人が居ないのは人払いの結界を展開しているから。

 とは言っても、私一人でこれだけの規模の結界は維持できないし、例え維持できたとしても、その状態でアレと戦うのは難しいわ。

 だから、ちょっとした支援班を要請しておいたの」


 神社の組織は日常生活に溶け込み情報を提供してくれる「協力者」、実際に魔霧の下に赴き消滅させる「退魔師」、退魔師を支援する「法術師」の三種に分けられており、玲央那や柊真が退魔師であり、現在この場の結界を維持しているのが法術師だ。


「その支援班が人払いの他に、アレをこの場に留めておけるような拘束系の結界も展開してくれてるから逃げられることはないわ」


「用意周到だね」


「毎回毎回逃げられてちゃ、この桜山市も今頃、魔霧だらけで生活できるようなところじゃなくなってたわよ」


 そうなれば、桜満神社も秘匿ではなくなるだろう。

 日々の平和はこうして秘匿されている活動によって守られているのだと、柊真は改めて実感した。


「そろそろ、来るわ。構えて」


 玲央那はそういうと、足元に陣を展開し光に包まれる。

 光が収まる頃には、そこに巫女服を着て鉄扇を構える玲央那の姿が現れた。


「え? 巫女服?」


 柊真と言えばたった今、目の前で起きた現象について行けず、ただその様子を眺めているだけだった。


「あ……。霊装の話ってまだしてなかったかしら?」


「うん、して貰ってない。霊装って言うんだそれ」


「後で詳しく説明するわ」


 どちらにしても、丸腰で挑む訳にはいかない――柊真はそう考え念じる。

 右の手の甲に徴が浮かび、霊刀・月詠が姿を現す。

 柊真が鞘からその刀を抜けば、白銀の刃が神々しく輝く。

 魔霧が一瞬怯んだような様子を見て取れた。

 退魔の剣はやはりその存在自体が魔霧を圧倒するものだった。


「それで、どうしたらいいの?」


 柊真は神社の仕組みや法術について、カフェで監視をしながら少し聞いてはいたが、実際に遭遇した際にどうしたらいいかまでは聞いていなかった。

 月詠自体が退魔の力を秘めているとは言え、刀を振るうだけでいいのであれば、泰三がわざわざ剣術を習うこともなかっただろう。


「今日は見学だけ。私がやるから少し離れて見ていて」


 百聞は一見にしかずということわざがある。要は見て覚えろと、そういうことだと柊真は理解した。

 実際、こんなファンタジーな裏事情と無縁だった柊真からすれば、あれやこれやと説明されたところで想像できないことは最初から分かっている。

 正直、柊真としては女の子が戦ってるのを外から見ている事ほど胸糞悪いことはないのだが、そうも言ってられない状況なので素直に下がる。

 勿論、何かあった時に対抗できるよう、刀を抜き中段に構えたままだ。

 その様子を確認してから玲央那は前に出る。

 やる事は前に少し見た時と変わらない。初めての遭遇で余り覚えていないものの、今回は冷静に見ていられるため何となく分かる。

 玲央那自身はあまり剣術を習っていないらしく、その多くが打撃による攻撃だ。

 テニスやバドミントンがやってるうちに球を飛ばせるようになるように、鉄扇による打撃も取り回しがしやすいことから慣れやすいようだ。

 捌き切れないものは鉄扇を広げて防ぎ、一瞬の隙を突いて一閃する。次の瞬間には仕込み刃に切られた魔霧が目に映る。

 そして、よく見るとその一つ一つが術による強化を備えているように柊真には見えた。

 鉄扇を振るうたび、淡く光って見えるのだ。

 それだけではない。

 法術ではなく、鉄扇本来の力なのだろうが、切られた魔霧の一部はまた一つまた一つと消えていく。

 最初は霧となりそこに消えたのではと思っていた柊真だったが、どうやらそういう訳ではないらしい。

 触手を伸ばす魔霧はひたすらに腕を千切られ、だいぶ容積を小さくしていた。

 もし、霧となっていたのだとすれば、本体と合流して容積を取り戻していただろう。

 ここまで来ると、あとは浄化をするだけになる。

 玲央那は鉄扇を広げ句を唱える。


――扇に宿りし聖光よ。我が天命に従い黎明の悪意を鎮め給え!


 玲央那が句を唱え終わると、魔霧は光に包まれ消えていった。これが浄化というものなのだろう。

 玲央那が霊装を解き、先程までの姿に戻る。それを見て柊真も刀をしまい近寄った。

 直後、結界が解除され、何事もなかったかのように人が見え始める。

 駅前の改札近くだと言うにも関わらず、人に一切危害を加えない結界というのも中々に凄いものだと柊真は感じた。


「これで今回は終わり?」


「一応はね。しっかりと浄化出来たから。

 問題はこないだ柊真くんが会ったのとは別件だから、アレがまだ何処かをうろついているということと、発生間隔が密集してたことね」


 魔霧は不定期に発生するものだが、こうも短い周期で発生する事はないらしい。

 魔霧の発生源である人の負の感情と言うものは毎日のように増えるが、魔霧が発生するほどの負の感情が数日で溜まるようなものではない。

 特に事件があった訳でも、市民がデモ行進した訳でもないのだ。

 魔霧が発生してしまうほどの負の感情が、一体どこから来たのか分からないのが問題だと玲央那は言う。


「まぁ、そういうのはお父さんの領分だし、私たちがどうこうすることは出来ないわ。それよりも、何か起きてるのは間違いないから、柊真くんを鍛えないとね」


 そう言って、玲央那は柊真に笑顔を向ける。

 その笑顔を見た柊真はより一層、隣に立って一緒に魔霧と立ち向かいたいと思うようになった。

 事が済めば次は桜満神社に戻って泰三へ報告する必要がある。


「成る程ねぇ……。取り敢えず、任務完了お疲れ様。

 次は柊真くんにも実際に相対してもらうからそのつもりでね」


「わかりました」


 これにて、一件落着となった。


――

あとがき


少し間が空きましたが、ここまでが元々書いていたもの。

ここから先は新たに執筆しなければ(汗)

とはいえ、色々と思うこともあって最優先で書こうと思ってます。

まぁ、ここ最近止まってしまってる「才女」が暫く止まり続けることになりますが(汗)

カクヨム版の「才女」もボチボチ今のとこまで加筆修正しながら、引き続き更新できればと思ってます。

最近になって、「二度目の人生は平穏に過ごしたい!」という、去年6月ごろに思いつきで少し書いてなろうに投稿していた作品をこっちに移植しました。

今後、5話まではなろうで書いている内容ですが、そっから先はこっちで更新しようと思ってます。

合わせてご覧いただければ。

あと、近々、また思いつきで一つ書き始めます。

「いい加減、一つでもいいから書き終われ」って話ですが、世界観ばかりどんどん出来てしまう……

とりあえず、本作「黄昏の巫女と愚かな剣聖」は大まかな流れを書籍換算で5巻分くらい考えています。

他を不定期にやりながら、しっかりと書き上げられたらと思ってます(また口先だけになるかもですが)

どうぞ、よろしくおねがいします。

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