第2話 ひかり

 放課後になると真っ先に飯嶋の家に行く。

 アイランドビレッジ、と書かれた看板がある古い喫茶店。

 ドアを開ける。

「いらっしゃいませ。おっ、メルちゃん今日はやけに早いねぇ」

 飯嶋のお父さん。

 ここの店長さん。

「あのバカの勉強見てくれてありがとうね。もうすぐ帰ってくると思うから。はいお礼」

 お礼の特大プリンを受け取り、深く頭を下げるといつもの様に2階の居住スペースに上がらせてもらう。


「やっべ、もう来てたか」

 ようやく来た飯嶋。

「遅い」

 ボソッと1言だけ言うメル。

「まーたそんな特大プリン食べて太るぞ」

 からかってくるのでペンケースからボールペンを取り出し、投げつける。

 コーン

「痛って」

 飯嶋のおでこに命中した。

「ほら早く用意して。高校行く勉強するんでしょ」

 軽音楽部がある高校へ入る為の勉強を一緒にしているのだ。

 ここらで1番入るのが難しい学校。

 勉強ばっかりしていたメルは余裕だが、飯嶋は正直ギリギリの所だ。

 塾では落ちこぼれだった飯嶋にメルが勉強を教える様になってからというもの、飯嶋の成績は物凄く上がり塾は辞めた。

 コンコンコン

 ノックの後、飯嶋の母親が入ってきた。

「メルちゃんが来てくれてから助かっているわ。少し休憩したら?」

 コーヒーとお菓子を持って来てくれた。

「ありがとうございます」

 笑いながらお礼を言うメル。

 飯嶋の家に来るようになってから、初めて笑顔がどういうものかを知ったような気がした。



「うおー、受かった」

「ちょっとどこよ」

 桜花抄の季節。

 暖かな日だった。

 高校の合格発表は2人とも桜が咲いていた。

「やったぞメル。これでたくさん音楽ができるぞ」

 合格に興奮してか抱きついてきた飯嶋の力強い腕に戸惑いながら、心の中が熱くなっていくのを感じていた。



 程度の良い学校は頭の良い人間が揃う。

 銀髪ハーフの子だからといって、それだけで虐められる様な事は当然無い。

 それでも最初は奇異の目で見られる。

 入学初日。

 飯嶋と同じクラスになれなかったメル。

 休み時間、近くにいる女子に話しかけてみようとも思ったが、何となく避けられている様に感じる。

 やはり少しだけ不安だった。

「初登校なのに凄い頭しているね」

 突然話しかけられる。

 顔を上げたら短い金髪の男子が笑いながらこちらを見ていた。

「これ地毛なの」

 メルがそう言うと笑い出した。

「そんな見事な銀髪が地毛? それは無理があるわ。ねぇひょっとして音楽とかやっている?」

 少し嫌な感じがしたが音楽、という言葉にひかれた。

 無言で頷くメル。

「やっぱな。俺も高校入ったらバンドやりたかったんだよ。良かったら一緒にやってくれないかな?」

 仲間だと思われたらしい。

 物凄く嫌いだった銀髪が初めて役にたった。

 しかもバンドのメンバーまで引き込んでくれた。

 とても嬉しく顔が笑顔になったメル。

 金髪の男子を見ながら勢いよく頷いた。

「ありがとう、俺中村っていうんだ。その銀髪良いよね。まるで天使みたいだ」

 散々悪魔だって言われていた私が天使? 

 気分が良くなったメルは声を出して笑っていた。



 飯嶋と中村はすぐに仲良くなった。

 3人で音楽をやる事になったのは運命的な物の様に感じた。

 まずは有名バンドのコピー曲から。

 飯嶋はギター、中村はベース、メルはシンセ。

 中村は歌が力強くとても上手かったのでボーカルもやる事になった。

 飯嶋も中村もメルにボーカルをやってもらいたかったがメルが嫌がった。

 寂しかった頃を思い出してしまうから。

 今はそんな事は全く無くなった。

 飯嶋がいて中村がいて、そして音楽があるから。


 

 部活が終わり放課後になると3人で集まって、飯嶋の実家隣にある貸しスタジオに行く毎日。

 スタジオで練習しているうちに自信がついてきた。

 夏休み前のある日、

「路上ライブやってみないか」

 中村の唐突な提案。

 しかし根拠の無い自信だけは全員持っていた。

 


 隣駅の大きな地方都市。

 そこでは路上ライブがあちこちでおこなわれていた。

 そこで初めての路上ライブ。

 結果は散々だった。

 誰も聞いてなんかくれなかった。


 飯嶋の家に戻る。

 みんな無言。

 無言のまま中村は寝転がった。

 飯嶋は何も喋らない。

 メルは悲しかった。

 それと同時に怒りもこみ上げてきた。

 情けない。

 2人の頭を思い切り叩いた。

「痛っ」

「何すんだよ」

 文句を言う飯嶋と中村。

「行くよ!」

 メルは辛気臭い部屋を飛び出した。

「どこ行くんだよ~」

「おい待てよ~」

 外に出ると自転車に乗り、猛然とペダルをこぎだしたメル。

 慌てて飯嶋達も後ろから追いかけた。


 夜中の田舎道。

 自転車の車輪音。

 それだけしか聞こえない。

 走って走って走った。

 3人共。

 

 何時間走っただろうか。

 空が少しだけ明るくなってきた頃、視界に蒼が広がった。

 海が見えた。

 自転車を停めたメル。

「海だ」

「海だな」

 飯嶋達が呟く。

 乗っていた自転車を停め、砂浜に向かって走り出す3人。

 そしてそのまま寝転がった。

 すっかり外灯は消え、夜が明けていた。


 砂浜で3人、並んで仰向けになって空を見る。

 青くて澄んだ空。

 いびきが聞こえてくる。

 いつの間にか中村は寝てしまった。

 何気なく飯嶋の顔を見るメル。

 視線に気づいた飯嶋がメルの顔を見る。

「なんか吹っ切れた。ありがとう、メル」

 真っ直ぐな視線。

 耐えられず下を向く。

「俺、こんなに受け入れられないものだとは思わなかった」

 軽い乾いた笑い声。

 十分に悲しみが伝わってくる。

「でも諦めないから。『世界中へ平等に音楽と愛を届ける』まではね」

 世界中へ平等に音楽と愛を届ける。

 飯嶋の口癖。

 とても素敵な口癖。

 聞く度に顔が笑顔になるメル。

「でも」

 そんなメルの髪をかき上げ、

「But you only special(だけどお前だけは特別)」

 静かに口づけた飯嶋。

 突然の事に固まるメルだったが、飯嶋の肩に腕を絡める。

 静かな海に日が差してきた。

 潮の香りに交じって飯嶋の香りがメルの胸を満たす。

 この日は忘れられない夏の思い出となった。


 

 次の日から毎日路上に出た。

 次の日も。

 次の日も。

 少しずつ聞いてくれる人が付き始めた。

 少しずつファンも付き始めた。

 そして夏休みが終わる頃にはスーツ姿の男が毎日来る様になっていた。

 


 夏休みの最終日、いつもの様に路上ライブを終えた3人が帰り支度をしている頃、スーツ姿の男に呼び止められ名刺を渡された。

 男は芸能事務所の人だった。

 今度少し話がしたい、と言って帰っていった。

「やったぞ、こんなに上手くいくとは思わなかった」

 浮かれる中村。

 飯嶋も興奮している。

 そんな2人を見てメルは静かに笑った。



 

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