あいのおと

今村駿一

第1話 あえた

 アメリカ人の父、日本人の母から生まれたメル。

 物心ついた頃には父親はいなかった。

 何故いないのかを聞いた時、ものすごい勢いで怒られてからは触れないようにして過ごしてきた。

 生まれついての青い目に銀髪。

 故に小学校、中学校といじめられた。

 小学校の頃はよく叩かれたり物を隠されたりして泣きながら家に帰った。

 しかし水商売をしている母は家にいない。

 祖父母もいるのかいないのかわからない。

 メルはひとりぼっち。

 家の中で歌を歌い過ごした。


 1人でも寂しくない様に。



 中学校に上がると銀髪の外見から悪魔と言うあだ名をつけられ、誰も話しかけてくれず、やはりひとりぼっち。

 友達を作りたかったがどうやっていいかわからず、結局1日誰にも話しかけられず家に帰る毎日。

 どうしても変わりたくて、メルに全く関心が無い母親に友達の作り方を聞いた事がある。

「あなたは迷惑だけかけないで生きてくれればそれで良いから」

 返ってきた答えに絶望した。

 母親は他人に迷惑をかける様な事、自分が面倒になる様な事をするとメルを怒るが、それ以外は基本放置。

 よく男と外へ遊びに行っては何日も帰らなかった。

 ひとりぼっちの夜は泣きながら歌った。


 寂しくない様に。


 誰かに気づいてもらえる様に。



 いつしか友達は諦めた。

 そして勉強を一生懸命する事にした。

 誰も好いてくれない自分。

 文字と数字とアルファベットは裏切らない。

 自分が好けば好くほど結果がついてきた。

 母親も少し自分に興味が出てきたのか塾に通っても良い、と言ってくれた。

(私を初めてちゃんと見てくれた)

 物凄く嬉しいメル。

 将来たくさん現金を稼げるかも、なんて考えている母親の腹の中までは見えない。

 嬉しくてその日から更に勉強を沢山した。

 しかし夜中までやっている塾からの帰り道、母親と知らない男が家の前で酔っ払いながら話している所を見てしまう。

「あんな気持ち悪い髪の毛している子供なんていなくなれば貴方とすぐに一緒になるのに」

 一番聞きたくない言葉がメルの耳に届く。

 それを理解しその場から走り去った。

 走って、

 走って、

 走って、

 泣いた。

 気が付くともうどこだかわからない所まで来てしまっていた。

 深夜の風が冷たい心を芯まで冷やす。

 

(このまま死のう)

 

 季節は冬。

 ビルの隙間に寝転がる。

 空を見上げると外灯に照らされ雪が舞い降りてきた。

 それを見ながら歌うメル。


 寂しくない様に。


 誰かに気づいてもらえる様に。


 そしてこの世に別れを告げる様に。



 それから数時間。

 手の感覚が無くなってきた。

 寒さも感じなくなる。

 ああ死ぬんだな。

 中学生でもそれはわかった。

 静かに目を閉じる。


(さようなら)


 終わりを感じつつ静かに歌い続ける。

 

 突如、静寂の空間に力強い音が響いた。

 その力強い音はこの冷たく寒い夜の空間を暖かく染める。

(ギターの音?)

 目を少し開けたメル。

 その音はメルの声に合わせて鳴り響いていた。

 音に合わせて歌うメル。

 ギターが更に力強くなった。

 目を開け体を起こし音の鳴る方向を見る。

「ごめん、あんまりにも良い声だったから」

 そこにはギターを持った背の高い、自分と同い年位の男の子が立っていた。

「どこ中? あんまり見ない顔だけど。てかそんな所に転がって具合悪いの? 俺の家そこだから救急車呼ぼうか?」

(私に優しく話しかけてくれている)

 メルにとって初めての事だった。

 小さく首を振る。

「そう。じゃあお腹でも空いているのかな? プリンしかないけど食べていく?」

 そう言って手を差し伸べてきた。

 その手を握る。

 とても暖かい手。

 彼と初めて出会った日の事。


 手を引かれ彼についていく。

「大丈夫? 何だか顔が白いけど」

 優しさに心が解けそうだった。

「平気。私ハーフだからそう見えるだけ」 

 初めて会話するのに初めての様な気がしなかった。

「そう、じゃあ良かった」

 混血でも気にしない。

 これも初めての事だった。

 体が熱くなるメル。

「ここが家。小さい店だろ」

 看板にアイランドビレッジと書かれた古い喫茶店を指さす。

「まぁこんな深夜に1人であんな所で寝ているんだから間違いなく訳アリだろ。少し休んでいきなよ」

 自分に向けられたたくさんの優しい言葉。

 そこまで聞いてメルは意識が無くなった。

 


 目を覚ましたのは病院のベットの上。

 周りを見渡すと白い布団、緑のカーテン、花の無い花瓶以外何も無かった。

(寂しい)

 中途半端に暖かさを知ってしまったメル。

 思わず涙があふれだす。

 トントントン

 ノックをする音。

 返事が出ないメル。

 ゆっくりドアが開く。

「あっごめん。起きていたんだね」

 彼が何やら大きな袋を持って病室内に入ってきた。

 急に体温が上がったのを感じる。

「まさか肺炎だとは思わなかったよ。でも命に別状は無いって。お家の人にも連絡したかったから勝手に鞄の中とか見てごめん」

 そう言って彼は袋の中から鞄と携帯電話を差し出した。

 母親が彼氏といる時、家に帰って来られると困るから、と言って小学生の頃には持たされていた携帯電話には母親の電話番号しか入っていない。

 そしてそこにかけてもどうせ来てくれないのはわかっていた。

「えっと、何か君のお母さん忙しい人なんだね」

 少し困り顔で言う彼。

 死んだ方が良かったのに、位言われたのかしら。

 そんな風に考え自傷気味に笑うメル。

 誰も私の事なんか。

 暗い気持ちが支配する。

 もういっその事……

「ところで君、ものすごく歌が上手いんだね」

 暗い気持ちに光が差し込む。

「あんなに綺麗な歌声は聞いた事がないよ。俺高校入ったら絶対音楽やるんだけど良かったら一緒にやらない?」

 嘘かと思った。

 悪い冗談かとも思った。

 私を必要としてくれる人が現れるなんて。

 物凄く自信に満ち溢れた表情の彼。

 眩しい。

 見上げていた顔が自然と下を向いた。

「そう、ありがとう。俺飯嶋っていうんだけど君の名前は?」

 肯定の意味でうなづいたと思われたらしい。

「メル。榧木メル」

 それならば。

 彼と共に。

 彼女の時計はここから動き出した。

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