『帰宅部』についてのあれこれ


「……とりあえず、座りませんか?立ちっぱなしというのもアレですし」


「う、うん。確かにそうだな。…………あの、敬語………それに座る位置が遠くないか………?」


「気にしないで下さい」


「……………………」


千見という少年の人間性はともかく、翠海には確認しておきたいことが山ほどあった。なのでそれを一つずつ聞いていくことにする。


「すみません、勉強を教えてもらう前にいくつかいいですか?」


「け、敬語は外してくれないんだな……だがいいだろう、なんでも答えよう」


千見は一瞬悲しそうな顔をしたが、すぐに胸を叩いて姿勢を正す。翠海はこほんと咳払いをした。


「まず、ここはどこですか?」


「部室だよ」


「……部室?文芸部とかですか?」


「いやいや、それなら本の一冊も無いのはおかしいだろう?ここは『真・帰宅部』だよ」


「帰宅部?」


「違う違う、『真・帰宅部』さ」


「………なんですかそれ」


聞きなれない単語に眉を顰めると、千見は「気になるかい?」と挑発的な笑みを浮かべた。翠海は警戒しながらも頷く。


「伊瀬谷さんは帰宅部を知ってるかな」


「……はい、ていうか私がそうですし」


「……意外だな。てっきり入っているものかと───いやそうじゃない」


千見は脱線しかけた話を戻すように首を振る。


「伊瀬谷さんは、帰宅部として活動してきてどんな感じだい?」


「ど、どんな感じって……」


そんなことを聞かれても困る、と翠海は俯いた。だってそもそも、帰宅部なんて部活は───。


「───そう。そうなんだよ。帰宅部なんて部活は存在しないんだ。当たり前だよ、家に帰るだけの部活があってたまるか」


だというのに、と千見は顔を歪めた。


「この学校はたくさんの帰宅部員で溢れてる。分かるかい?存在しない部活に入っているのだと言って譲らない者達が、この学校には数十人といるのさ。変な話だろ?単に部活に入っていないって言えばいいものを、『帰宅部』だなんて空虚な存在に居場所を求めてるんだ。伊瀬谷さん、なんでだと思う?」


「へっ、な、なんでって……ごめんなさい、そういうこと考えたこともなかったから」


「そうか。俺はね、帰宅部員たちは、野球部テニス部バスケ部文芸部、存在する部活ならなんでもいい。に所属する人たちに、無意識のうちに劣等感を感じているんじゃないかと思うんだ」


「れっとうかん………」


「部活に入っているかそうでないか。どちらが良いかと聞かれたら、そりゃ入っている方だろう。交友関係も広がるし、受験や就職でも有利にはたらく。結果を残せればプラスアルファだ。もちろん、絶対に部活に所属している方が良いとは限らないけど、こういった傾向があるのは事実だと思う」


「ぷらすあるふぁ……」


「つまり、部活に入っている人の方が入っていない人より優れている。恐らくそういう風潮があるんだよ、意識しないだけでね。彼らはそれをコンプレックスに思うから、『帰宅部』という都合の良い幻想を創り出したんだ」


「ふうちょう……」


「全く哀しい話だよ」


千見は両手で自分の顔を覆う。それきり彼は黙ってしまい、はじめてこの教室に静寂が訪れた。


「…………………」


「…………………」


うーんと、翠海は難しい顔をしてみせる。が、その実は彼の言った言葉を噛み締めている訳ではなく、この沈黙をどう破ろうかという意味での難しい顔であった。


そもそも、翠海には千見の話がよく分からなかった。知らない言葉がいくつも出てきたし、千見がマシンガンのように矢継ぎ早に話すので、ぶっちゃけ途中から付いていけていなかった。憎むべきは己の弱い頭である。


「………あれ?」


それに気付けたのは、理解の遅い翠海だったからこそかもしれない。


「さっきの話が、『真・帰宅部』……だっけ?それとどう繋がるの?」


「あぁっ!!」


千見は目を見開き、おでこを手ではたいた。いちいちジェスチャーが大袈裟だなぁと翠海は思った。


「そうだそうだ、その話がしたくてさっきのを挟んだってのに。これは大失態だ、教えてくれてありがとね伊瀬谷さん」


「う、うん」


「それで、さっきの話の続きだけど。俺はを嘆いて、どうにかしようと考えたのさ。はは、言葉にしてみるとお節介にも程があるな」


千見が苦笑している間、翠海は(その現状ってなんだっけ……)などと間抜けなことを考えていた。


「ともかく、俺は思いついたのさ。帰宅部なんて部活が存在しないのなら、って。幻想を現実にしてあげるんだ。そうすれば、彼らも胸を張って自分は帰宅部だって言えるだろ?」


「……う、うん?そう、なるのかなぁ?」


「なるさ」


千見の瞳には迷いがない。


「ただ、この学校の帰宅部は世間の言う帰宅部とはちょっと毛色が違うんだ。だから『真』なんて付いてるんだけどね」


それは正直ダサいと思う、と翠海は声に出さずにツッコむ。


「世間の言う帰宅部ってのを無理やり部活に当てはめるとすると、その活動内容はだろ?だけど『真・帰宅部』は違う。『真・帰宅部』の活動内容は、なんだ」


「…………んん?ど、どういうこと?」


「つまり、この部室は部員たちのとして機能するわけ。部員たちの帰る場所」


そこで千見は立ち上がると、不敵な笑みを浮かべて両手を大きく横に広げた。


「まるで家にいるかのような安心感を───それが『真・帰宅部』のモットーだ。ようこそ伊瀬谷翠海さん、そしておかえりなさい。存分にゆっくりしていってくれ」


翠海は千見の放つ、妙に神々しい雰囲気に圧倒された。理解が追い付かない。だから、こう返すのが精一杯だった。


「………あ、ありがとう」


千見は笑顔で頷いた。













「そういえば、いつの間にかタメ口になってるじゃないか。ひょっとして、少しは心を許してくれたのかな?」


「……っ。じ、時間を取ってしまってすみません。勉強教えてください」


「薮へびだったか…………」


「あ………」


「どうした?」


「本当にすみません。その、もう一つだけいいですか?」


「構わないよ、なんだい?」


「……下の名前、教えてください」


「あはは、そんなことか。───そうだよ。俺の名前は千見せんみそう。改めてよろしくね」


「はい、よろしくお願いします。……………センミ ソウ。………植物みたいな名前ですね」


「伊瀬谷さん!?人が気にしてる事をずけずけと言うのはやめてくれないかな!?」

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おかえり、メンバーズ 真・帰宅部顧問の芹沢 @kgood

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