Rustysky 2097ー6
(ドン!!)
ジャンは反射的にのけぞってコーヒーメーカーに背中を打ちつけ、その衝撃でコーヒーを床にまいた。
(!!?)信じられない光景を目にして、絶句した。あろうことか、検査台に寝ていたはずの人形が、上体を起こしていたのだ。
『ヴォー ヴォー ギギギギギギ キイ キイいい―――――』
(!!!??)
「ぐっっ!!」
ガラスをひっかいたようなイヤな音が耳に飛び込んできて、さらに高音へと変化していき、脳を揺るがす。
「うわああっ!」
思わず耳を押さえてしゃがみ込む。
不快を通り越して、もはやなにかの精神攻撃を受けているような高周波の音が、空間いっぱいに広がり、骨まで震えた。
耳をふさいだのと同時に目をつむっていたが、むりやり右目だけを開けて、何が起きているのかを確かめようとした。すると、人形が右へ左へ、さらに上下に激しくアタマを振っている。よく見ると口をパクパクさせて、それに合わせて音も変化してるのに気づき、これは(人形が発している声かもしれない)という思いに至った時に、音が『ヴォー ヴォー』と、徐々に低音へと下がっていった。
おもむろに立ち上がり、操作パネルへとダッシュ。壁の映像と遮音のスイッチを押して、検査室から入ってくる情報を遮断。「はぁ、はぁ、」と息を切らせて、机につっぷしてしまった。
「なんなんだよ、、、ふざけんな」
ジャンはかすれた声で文句を言いながら、パニックになっている自分をなだめようと必死になっていた。心臓が早い鼓動を打ち、冷や汗も出てきた。
スリープ状態のはずの人形が動き出す。今までにこんなことは無かった。理屈で考えればありえない。そもそも、エネルギーパックが空になる寸前に、自己保存機能が作動し、自動的にスリープ状態に移行。それからはチャージしなければ活動をすることは不可能なはずだ。それからあの(声)だ。ボイスユニットが壊れているのだろうが、不気味にもほどがある。
それからしばらくの間考えを巡らせていたが、自分がこのまま考えていてもきっと何もわからないだろうと思い、少し落ち着きを取り戻したジャンはパネルを起動してみた。人形が再びスリープ状態になっている事を確認してから深呼吸をしたあとに、映像だけを映す。すると人形は、首を前にうなだれた状態で停止していた。切断された四肢の断面からは、一時的に上がった内圧のせいか、(血液)が漏れ出してポタポタと白い液体を滴らせていた。
「はあ、、」
安堵のため息をつき、胸をなでおろした。ふと時計を見ると、22時を少し回ったところだった。
「もう帰ろう」
もう一度手首のデバイスを起動して、事の顛末をおおまかに文章に起こし、テキストメッセージをマリアへと送信、帰り支度を始めた。
外へと出たジャンは夜空を見上げた。雲の隙間から月明りがさしこんで眼下の街をまばらに照らしていた。空気は澄み、街の向こうの海が夜の闇の中で青白く浮かび上がっている。人工が2千人に満たない街の明かりは、どこか寂しさを感じさせた。
あのままにしてよかったのか?
両手をポケットに突っ込んで歩きながら考えていた。
例えあの人形が暴れだしたとしても、検査室の壁はエネルギーパックの暴発に耐えられるほど頑丈だ。それは問題ない。それとレコーディングはずっと続けてしているから誰もいない間に奇妙な行動をとったとしても、データも残る。うん、大丈夫だ。
ジャンは自分に言い聞かせるように独り言をつぶやき、気持ちを落ち着かせていた。あの、振り返った時に起き上がっていた人形の映像がアタマから消えない。恐らくは、記憶に残って定着してしまうことは覚悟しなくちゃならない。それほどにショッキングな光景だった。いったいあの人形はなんなのか、例え正体が判明したとしてもそれを知りたくないという気持ちにもなる。
胸に手をあてて、鼓動を確かめる。ようやく恐怖が身をひそめ、汗も引いたようだ。
それからも下を向いたままトボトボと歩いていたが、家の前にいつの間にかたどり着いていた。
蒼月のクオリア 玖良先 @tea-k
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