ネズミの月

nobuotto

第1話

 ずっと昔、夜空には沢山の月が煌めいていました。

 善い行いをした動物がいると、神様は嬉しくなって動物の姿を写した月を作るので、それでどんどん月が増えていったからでした。

 けれど、そうやって動物の姿を写した月が増えて夜空が一杯になると、自分が月になれないことが分かった動物たちは善い行いをしなくなりました。

 善い行いをしなくなった動物が増えてくると、月は明かりを失い消えてしまいます。

 夜空いっぱいにあった月もひとつ、またひとつと消えていきました。

 そして、今ではたったひとつの月しか夜空にありませんでした。だから、夜はとても暗く寂しい世界になってしまいました。

 一匹のネズミがいました。

 善い行いをすると月になれると、小さい時からお爺さんに聞いていたネズミは、いつか自分も月になりたいと思い続けていました。  

 だけど、こんな小さい体の自分が月になれる行いなどできるのだろうか。きっとできない、と諦めていました。

 夜空が雲に覆われ月の光もない真っ暗な夜のことです。

 ネズミはとても苦しそうなうめき声を森で聞きました。なんだろうと声の方に行ってみると一匹のライオンが人間の罠にかかっていました。太い縄がライオンの足に食い込んでいます。なんとか逃げようとして必死にもがいたのでしょう。ライオンは疲れ切っていて、もう動く気力もないようでした。ネズミは縄を噛み切って助けてあげましょうと言いました。

「小さい仲間よ。お前の気持ちは嬉しいが、これも私の運命なのだ。なぜかって。ほら、空をみてごらん」

 夜空には最後の月がありました。その月も、どんどん明かりを失って今にも消えそうです。

「あれは、私達ライオンの月だ。ずっと昔に善い行いをした私の祖先の月だ。その月も、もう消えようとしている。私達が善い行いをしなくなったからだ。私は何人もの人間を襲ってきた。だから人間は私を罠にかけたのだ。最後の月、ライオンの月ととともに消え去るのが私の運命なのだ。だから小さい仲間よ、私に構わないでくれ」

 それでも、ネズミはライオンを見殺しにすることができませんでした。とても太い縄でしたが、ネズミは日が昇るまで噛み続けました。やっと縄が切れて自由になったライオンは、やはり嬉しかったのでしょう、ネズミに御礼を言って逃げていきました。

 ライオンが逃げたことが分かった人間の怒りは凄まじいものでした。縄にはネズミの齧った痕があったので、人間はネズミ狩りを行うことに決めました。ネズミを見たら直ぐに叩き殺し、村中いたるところに罠をしかけ、ネズミの穴をみつけると毒煙を幾日も注ぎ込みました。村中のネズミが、そしてライオンを助けたネズミも人間に殺されました。

 その頃にはライオンの月も消え、真っ暗な夜になっていました。

 しかし、ライオンを助けたネズミを見てた神様は、ネズミの優しい心と、その優しい心のために殺されてしまったネズミを哀れに思い、真暗な夜空にねずみの姿を写した月を作りました。

 夜空に久しぶりに月が出ました。

 人間も大喜びです。

「あの月にいるのはウサギかな」

「いやライオンだよ」

「違うって。大きな象が歩いているのさ」

 月に映っている動物について、毎晩毎晩子供たちは話していました。

 そして、どこの家の、どこの子供もお父さんに言います。

「私も月になれるのかなあ」

 そしてどこのお父さんも同じ返事をするのでした。

「神様に頼んでごらん。神様は、お前を月にしてくれるかもしれないよ」

「私、私の月ができるんだよね」

 人間がこんな会話をするたびに、夜空から答えが返ってきていました。

「人間が月になることなど、どんな動物より難しいことだ」

 けれど誰も、その声に気づくことはありませんでした。

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