星流夜
大臣
今日は十二月十五日。自分の部屋のカレンダーの上のその日には赤丸がついていることを、なぜか思い出した。
「落ち着け、自分」
僕はプラネタリウムの解説席に座りながらそう呟く。
ここ村野学院地学部には、学校設備としては珍しくプラネタリウムがある。もっとも、先日期末テストも終わり、学校に来る意味はない。
しかし今日は、地学部にとって特別な日であり、僕にとっての特別な日でもある。
その時、プラネタリウムの扉が開く音がした。
「やあ少年、元気にしていたか?」
そこには、一つ上の先輩がいた。
「祥子先輩も、元気そうで何よりです。体調は大丈夫ですか?」
君野祥子は村野学院地学部の部長を務めていて、天文班、つまり、天体観測や、プラネタリウムの上映をしたりする班の班長を務めている。しかし、先日、野辺山で開催された夜間観測会を、体調不良で欠席してしまったのだ。
「もう大丈夫だ。心配かけたな」
夜間観測会の前日に電話をした時には、いつもの気取った風の口調が消えて、「お休みを取りたいです……」と、消え入りそうな声で言っていたので、本当に不安だったが、この感じなら大丈夫だろう。
「さて少年、今日はなんの日だ?」
この人はいつもそうだ。いつもいつも、僕のことを少年と呼ぶ。いい加減名前を覚えて欲しい。
「もちろん。今日はふたご座流星群の極大日ですよね」
僕の答えに、祥子さんは満足げに微笑んだ。
ふたご座流星群は、しぶんぎ座流星群、ペルセウス座流星群と並ぶ、年間三大流星群の一つ。ふたご座の一等星カストルを中心として流れるように見えるから、この名が付けられた。
一時間あたり四十個も流れるので、数も多い。だから、地学部の年間観測対象になっていて、毎年この時期には、学校に泊まり、観測をするのだ。
地学部にとって特別な日なのは、このためだ。
そして、
「祥子先輩の誕生日なんですよね」
それを指摘すると祥子先輩は柄にもなくほおを紅潮させる。これがどことなく可愛い。
「いいから始めるぞ!」
そう言って祥子さんはようやく気づいた。
「……他の奴らはどこだ?」
プラネタリウムの中には、僕らの他には誰もいない。
「みんなまだきませんよ。あと三十分ぐらいは来ませんね」
「何?」
「僕が頼んだので。みんな快く引き受けてくれましたよ」
「……何を企んでいる?」
少し疑われるぐらいがちょうどいい。僕は借りてきた屋上の鍵を持ち出して、
「ついてきてください」
と言って、祥子さんを連れ出した。
————————————————————
「屋上の鍵なんて、持っていたんだな」
祥子さんは心底驚いた風に言う。
「兄がここの卒業生なんです。これは兄の持ち物ですよ」
日常的にこの鍵をつかい、屋上に入り浸っていたらしいから、褒められた使い方ではないが、巡り巡って、僕の役に立っている。
「それで、君はここで何を仕掛けるんだ?」
「……もうそろそろですかね」
その時、街の灯りが消えた。
いや正確には、街灯とかの、必要最低限の明かりはある。家屋の明かりがほとんど消えたのだ。
祥子さんは口に手を当て驚いていたが、我にかえると、
「これは……?」
と聞いてきた。
「簡単です。街の人たちにビラを配ったんです。ほんの十五分、明かりを消して、星を見ませんかって。おかげで期末テストは酷い有様です」
正直、ここまでの成果をもたらすとは思わなかった。
五分ほど、二人とも黙っていた。先に動いたのは僕で、上を見た。
普段は見えるわけがない、満天の星空が広がっていた。
「祥子先輩、この場所で、こんな星空見れませんよね」
「そうだな」
そうやってまた僕らは黙って星空を見ていた。今度先に動いたのは祥子先輩だ。
「なあ少年、どうして、二人きりになったんだ? これだけなら、他の奴らも一緒でいいだろ」
それを言われて思わず祥子先輩の顔を凝視した。どんだけ鈍いんだこの人は。
僕は息を吐き、気持ちを整えてから、祥子先輩に言った。
「この星空が、祥子先輩への誕生日プレゼントと、少し早めのクリスマスプレゼントだなんてくさいセリフ、二人きりじゃなきゃ言えないですよ」
「なっ……」
暗いからよくわからないけど、きっとまた顔を赤くしているんだろうなと思う。
「祥子先輩」
「……な、なんだ?」
「好きです」
ど直球。これが一番いいと思った。
でも、祥子先輩は直ぐには答えない。目が慣れてきたからわかるけど、祥子先輩の顔が明らかに曇っている。
「少年、君は、私への恩義と、好意をごちゃ混ぜにしていないか?」
「なっ……」
そう、僕は中学の時、学校で孤立していた。そこを華麗に救い出してくれたのが祥子先輩だった。
「もしそうなら……」
「違うっ!」
思わず叫んでしまった。ああ、こんなこと言わせんなよ。
「たとえきっかけがそうでも、今僕は、あなたが好きなんだ!」
最初は助けてくれたのはどんな人かなぐらいの気持ちだった。
でも今じゃ、一日中祥子さんのことを考えていることさえある。
もう、恩義という言葉で誤魔化しきれないのだ。
「祥子先輩」
今度は先輩は何も言わなかった。
「もう一度、ちゃんと言います」
僕はもう一度、あの言葉を言って、頭を下げた。
祥子先輩が息を吸う音が聞こえるまで、何時間もかかった風に思えた。その時、街に明かりが戻り始めた。
顔を上げて、祥子先輩の顔を見た。さっきまで暗闇に慣れていたからか、少し眩しい。そして、祥子先輩の返事を聞いた時、僕らは二人とも笑っていた。
この後の観測は、いつもより何倍も楽しいだろう。
星流夜 大臣 @Ministar
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