5.僕と彼女じゃない彼女
――次の日、ちょっと奇妙なことが起こっていた。玲と安城さんが、揃って学校を休んだのだ。
安城さんはともかく、玲が学校を休むのは珍しい。風邪一つひいたことがないのが取り柄なのに。
心配になった僕は玲にメッセージを送ってみた。すると……ややあって、「帰りにウチによってくれ」という返信があった。簡潔なメッセージだったのに、僕は何故か胸騒ぎを覚えてしまった――。
「よう、悪いな。わざわざ寄ってもらって」
放課後。玲の家を訪ねてみると、彼女はとても酷い顔で僕を出迎えた。
目は充血して、酷いクマが出ている。頬もげっそりとこけたようになっていて……昨日までと同一人物とは思えないくらいだ。
「――何か、あったの?」
玲は変に気を遣われるのを昔から嫌っている。だから言葉を選ばず尋ねた。
「うん……俺さぁ、フラれちゃったみたいなんだ」
「……振られた?」
――一瞬、玲が何を言っているのか分からなかった。
振られた? 誰が? 玲が? 振ったの間違いじゃなくて?
グルグルと頭の中を思考が空回りする。だって、昨日はほぼ一日、僕らと遊園地にいて……。誰に振られるって言うんだ?
「ずっとさぁ、好きだったんだ……。一年の頃から。気が付けば目で追っててさ……」
――誰だ? 玲は誰に振られたっていうんだ? 一年の頃からって、学校の奴か? そんな、いつの間に……?
ずっと傍にいたのに、気付かなかった!
「――レイ、確認だけど……辛いだろうけどこれだけは教えて? 誰に振られたんだ?」
「誰って……分かるだろ? 安城さんにだよ」
――その瞬間、一切表情を変えなかった僕のことを、どうか誰か褒めてやって欲しい。
玲は「安城さんに振られた」と、はっきり言った。
つまり玲は……男よりも女の子の方が好き、なのか? 同性愛者、ということ?
僕にとって天地がひっくり返るくらいの衝撃的な事実だ――けど、玲はなんでもないことのように、当たり前のことのように僕に話している。
だったら、僕が動揺を見せてはいけない。玲は僕を信用して話しているはずだから。
「……ごめん、気付いてなかった。レイは安城さんのことが、好きだったんだね?」
「うん。ずっと、好きだったんだ。多分、初恋……。観覧車の中でさ、何か結構いい雰囲気になったから、思い切って言ってみたんだ。そしたら、安城さん泣き出しちゃって……」
「……あー」
牛山の応援に来たのに自分が告白されたんじゃ、安城さんのショックも推して知るべし、だろう。その点は玲を
「安城さん、苦笑いして『ごめんね、私そっちの趣味はないから』って……。どういう意味だよ、クソ!」
「……?」
――なんだろう。物凄い違和感を覚えた。
安城さんの言葉に不明な点はない。彼女は「そっちの趣味」、つまり同性愛の嗜好は持ち合わせていない、とはっきり断っただけだ。
どういう意味も何もないはず。何かが……おかしい。
一つ、思い当たったことがある。昔から心のどこかで感じていた――それでも「そんなバカな」と考えないようにしていた、ある可能性だ。
確かめなければいけない。たとえそれが、僕にとって致命的な事実だとしても。
「……ごめんねレイ。確認だけど……レイは女の子が好きなんだよね?」
「当たり前だろ!」
「……それは、男として?」
「……それ以外の何があるんだよ?」
――ああ。ああ!
なんてことだ! 本当に……なんてことだ!
僕も、周りも、玲本人以外の誰も彼もが、決定的な勘違いをしていたのだ!
幼い頃の玲はよく言っていた。「俺を女扱いする奴はぶっ飛ばす!」と。
それは、負けん気の強い玲ならではの言葉だと、誰もが思っていた。でも違ったのだ。
玲は本当に、自分のことを「女扱い」してほしくなかったのだ。
中学に上がった時、制服のスカートを穿くのを嫌がっていた。
女子から羨ましがられる胸の膨らみを、「無駄な脂肪」と言っていた。
男子からのラブレターを「よく分かんない」と吐き捨てていた。
女子が困っているところを助けていたのは……下心からだったのかもしれない。
「くそ! なんでたまたま女の体に生まれたからって、ここまで女扱いされなきゃいけないんだよ! 俺は男だよ! なあアカツキ、俺は……男だよな!?」
すがるような玲の瞳は美しかった。見た目は――肉体は美少女のそれなのだから当たり前だ。
でも、玲の内面は、心は、子供の頃から変わらず――。
だから、僕はこう答えるしか無かった。
「当たり前だろ? 親友の僕が一番知ってる。レイは誰よりも男らしい……僕の憧れさ!」
――嘘だった。
僕は玲の心が男であることを知った今でも、彼女のことが好きだった。
だけど、彼女は「彼女」じゃない。どうしようもなく「彼」だったのだ。
ああ、だから僕は嘘を吐き続けよう。僕の大好きな「彼女」の為に。「彼女」が「彼」である為に。
こうして、僕と玲の決して実ることの無い「初恋」は終わりを告げ、偽りに満ちた永遠の友情が始まった。
(了)
僕の好きな彼女は彼女じゃない 澤田慎梧 @sumigoro
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