4.遊園地と涙

「あ、レイちゃん~! アカツキ君~! こっちこっち~」


 駅前の喧騒の中、安城さんが小さい体で一生懸命に手を振って僕達を呼んでいる。

 「クラスの男子に知られたら吊るし上げられるな」と心の中で苦笑しながら、僕は玲と一緒に彼女の方へ向かった。


 ――意外なことに、玲は安城さんからの誘いにOKを出していた。

 「安城さんの顔は潰せないからね。もちろん、付き合うとかそんな気全然ないけどさ」だそうだ。なるほど、玲なりに安城さんに気を遣ったらしい。


「やっ、安城さん……と、彼が?」

「うん! 同じ陸上部の牛山うしやま君だよ! ほら、牛山君、あいさつあいさつ~!」

「え、あ、あの、牛山です! 沢渡さん! その……今日はよろしく!」


 ――緊張しながら頭を下げる牛山を値踏みするように眺める。

 背は僕よりも低い。陸上選手らしく痩せ型で……顔は悪くない。短く刈った髪も清潔感がある。

 我ながら小姑みたいな真似だとは思うけど、玲に言い寄ってくる男は慎重に観察しないといけない。僕にとってはライバルなんだから。

 けれども――。


「うん、よろしく。さ、行こうか安城さん……人多いし、はぐれないように手でも繋いじゃう?」

「えっ!? もう、ちょっとレイちゃん! 私を口説いてどうするのよ~!」


 玲は牛山には軽く挨拶を返しただけで、すぐに安城さんとイチャつきながら歩き始めてしまった。

 かわいそうに、牛山はポカンとした表情のまま、状況を飲み込めていない様子だ。安城さんから玲の「撃墜王」ぶりは聞いていただろうに。


「ええと、牛山君? レイの奴、いつもあんな感じだからさ……僕らも行こう?」

「……呼び捨てでいいよ。俺も青葉って呼ぶから」

「オッケー。じゃあ、行こうか牛山。レイは手強いよ? 気をしっかり持って」

「……色々悪いな。今日のことも、ありがとう」


 ――我ながら嫌になるが、しょんぼりしている牛山を見て、僕はついつい優しいふりをしてしまった。

 牛山の姿を、勝手に自分と重ねてしまったのだ。……玲に想いを気付いてもらえない自分と。立場も何も、全然違うのに。

 だから、牛山の「ありがとう」の言葉が、色々な意味で胸に痛かった――。


「わっ、やっぱり結構混んでるね! レイちゃんも牛山君もアカツキ君も、はぐれないようにね!」


 遊園地に着くと、安城さんが引率の先生みたいに僕達を先導し始めた。四人の中で一番小さいのに……お姉ちゃん気質なのか、牛山を応援しようと気合を入れているのか。

 それとも、遊園地なんてめったに来ないから、安城さんもテンションがおかしくなっているのかもしれない。僕らが生まれる前は中規模の遊園地が沢山あったらしいけど、今は都心に近い遊園地なんて数えるほどしか無い、珍しい存在だ。

 ――それに、チケットだって安くはないはずだ。牛山も勇気を出して奮発したのかもしれないな、と思うと、余計に同情心が湧いてくる。


 (主に安城さんの案内で)僕達は様々なアトラクションを巡った。

 メリーゴーランド、フリーフォール、ジェットコースターetc...。

 安城さんと牛山が体育会系なこともあってか、激しい乗り物が多かったように思える。

 途中、牛山がバンジージャンプで男を見せようとしたけど、他ならぬ玲が真っ先に見事なジャンプを披露してしまったので失敗に終わった。僕と安城さんはもちろんパスだ。


 安城さんは玲のご機嫌を取りながら、時折牛山に話を振っていた。けれども、肝心の牛山が気後れするわ、玲が安城さんとばかり話すわで、あまり結果が振るわない。

 僕としては安心すべきところなのだろうけど、牛山への同情心の方が勝ってしまうくらい、気の毒な光景だった。


 ――そうして目的のアトラクションをほぼ消化して、残すところは大観覧車のみとなってしまった。

 安城さんの作戦としては、ここまでで気分を盛り上げておいて、玲と牛山とでゴンドラに乗ってほしかったんだろうけど……。


「安城さん、一緒に乗ろうか?」

「え……? ええと……」

「いいよ。安城さんと沢渡さんで乗ってきなよ。……俺は青葉と乗るから」


 諦めたような牛山の一言で、玲と安城さん、僕と牛山とでゴンドラに乗り込むことになってしまった。

 ――というか、牛山君。そこは「四人で乗ろうか?」って粘るところじゃないのかい? 何が悲しくて男同士で乗らなきゃいけないのさ……。


「青葉はさ、いい奴だよな」

「はっ?」


 ゴンドラに乗り込むと、牛山がおもむろにそんなことを言い出した。


「青葉も好きなんだろ? 沢渡さんのこと」

「……どうしてそう思う?」


 図星を突かれた内心の動揺を隠しながら尋ね返す。


「だってさ……ずっと見てるじゃん、沢渡さんのこと。心配そうな目でさ」

「参ったな。初対面同然の奴に気付かれるなんて……僕、もしかして分かりやすい?」

「いや、最初にそう言ったのは安城さんなんだ。でも、俺も今日近くで見てて、そう思った」

「……安城さんめ」


 思えば、安城さんははじめから僕の気持ちを知っていたのだろう。あの昼休み、わざわざ僕が一人でいるところを狙ってきたのも、きっとそういうことなのだ。


「『強力なライバルがいるけど頑張ってね』って、安城さんが言ってたよ。まあ、実際はライバルどころか、俺の方は全然気にもかけてもらえなかったけど、さ」

「……僕だって、レイから見たらただの『親友』だよ。一度だってそういう雰囲気になったことなんて無い」

「でも、好きなんだろ?」

「……ああ、好きだ。――好きだよ」


 思えば、玲への想いをきちんと口にしたのはこれが初めてかもしれない。


「じゃあさ、頑張れよ! 俺は……無理みたいだから!」


 そう言ったきり、牛山はそれ以上は何も喋らず、ずっとゴンドラからの景色を眺めていた。

 その目には溢れんばかりの涙。けれども、僕はそれに気付かないふりをしたまま、同じように外の景色を眺め続けた――。


 そうして、長い長い十三分が過ぎ、僕達は地上へと戻ってきた。

 玲達は一つ前のゴンドラに乗っていたので、当然待っていてくれると思ったのだが……そこには誰もいなかった。

 牛山と二人、顔を見合わせる。二人はどこへ行ったのか……?


 電話をしてみようとスマホを取り出すと、ちょうど玲からメッセージが届いた。

 『安城さんに急用が出来たので、送ってそのまま先に帰ります』だそうだ。


「……僕らも帰るか」

「……だな」


 牛山と二人苦笑いしながら、僕らもそのまま帰路につくことにした――。

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