絵描きと少女

Y.K

第1話

その公園で、俺は彼女に出会った。


十二月、寒い冬の日の事だった。

凍えそうになりながら、俺は座っていた。

俺は似顔絵描きだ。

でも、まるで売れていない。

その日も、人気の無い公園で、来るかも分からない客を待っていた。

親子連れの声と、上空高くを飛ぶ旅客機のエンジン音だけが聞こえた。

もう諦めて帰ろうかと思ったところに、声を掛けてきたのが彼女だった。

銀髪の十代くらいの少女。

絵を見せてもらっても良いですか、と言った。

「どうぞ、ごゆっくり」

精一杯、愛想良く俺は答えた。

彼女は礼を言い、自分もここで良く歌っているのだ、と教えてくれた。

確かに、その顔には見覚えがあった。

「素敵な絵ですね」

見本として並べている、人物や風景を描いた絵を見て、彼女は言った。

それにしても、こうして絵を褒められるのなんて、何時ぶりくらいだろう。

「ありがとう。でも売れなくてさ。いっそ辞めてしまおうかとも思うんだけど――」

俺の言葉に、彼女は少し驚いた感じだった。

そうして言葉を選ぶ様にしながら言った。

「大人の世界の大変さは、多分私には分からないけれど、でも絵を描くことは辞めないで欲しい。私は歌が大好きで、歌うのは当たり前な自分の一部。それが無くなってしまうのは、とても悲しい事だと思う」

伏し目がちに、でもしっかりと彼女は言った。

俺は不覚にも心を打たれた。

「なるほど。その通りだ」

俺にも彼女の様な頃があった。

スケッチブックを肌身離さず持ち歩き、学校や友達や、いろんな物を、呼吸するように描いた。

帰り道に咲いていた、きれいな一輪の花を描き、母親に見せた。

上手だと褒めて貰えるのが、単純に嬉しかった。

俺はこんな大事な事も忘れていたのだ。

「ごめんなさい。失礼な事を言って」

「とんでもない。おかげで少し気が晴れたよ。ありがとう」

それなら良かったと、彼女は目を細めて控えめに笑った。

無邪気な笑顔だった。

「そうだ、ところで君の名前は?」

「メル・アイヴィー」



一年ほど後の事。

街に貼られていたポスターで、彼女の顔を見つけた時、俺は心底驚いた。

何でも、結構有名なライブハウスで歌うことが決まったらしい。

着々と夢を叶えている彼女を見て、俺は嬉しくなった。

俺はと言えば、相変わらずの閑古鳥なのだけど、でも前に比べて少しは客が来るようになった。

へこたれずに頑張ってこれたのは、あの日の彼女とのやり取りがあったからだと思う。

これから店の準備だ。

俺は、口笛を吹きながら絵を並べる。

その中でも、特に目立つ場所に置かれた一枚。

思えば、この頃の好評も、この絵のおかげだったのかもしれない。

それは、最近では専ら「銀髪の歌姫」と呼ばれている彼女―メル・アイヴィー―の、あの日の横顔だった。

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絵描きと少女 Y.K @ykplus

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