第一部 エピローグ

第一章 Life Is Dramatic


第一部 エピローグ


 完治3週間────私が医者に言い渡された情けの言葉だ。

 意外なもので、この世界では医療技術が妙に発展しているらしく、魔法の効力と相容れ、異様なまでの早さである。科学技術の発展した近未来的世界では半年は下らんというのに……。やはり魔法の力というのは偉大であり、改めて凄みを覚える。

 まあ、魔法の効果もあるが、出鱈目なモンスターと永年の対立による戦闘の負傷は甚大なものだし、それに比例して医療が発展するのも、当然なことか……。どちらにせよ、復帰できるのはありがたい。


 ……とは言うが、完治までの間は絶対安静とのこと。要はベットにはりつけにされて暇してろっつーことだ。

 まだ、暇潰し用の本が山ほどあるからいいものの、ある程度には身体を動かしたい私には、3週間の監禁は痛手である。実際、手の傷もズキズキするし。


 私に傷の手当てと状態説明を終えた医者は、ふとある物を見つけた。私の剣である。ベッドの隣に置いてあった剣を手に取り、医者は私の物かと確認すると、ベットの対角、ドアの隣に何故か私の剣を立てかけて帰って行った。医者も医者で用心深い。恐らく今までの経験上、私が無理をして剣を手に取ることが無いように、離れた場所に置いたのだろう。


 くっそ……あんな所に晒しておくとは……、私への見せつけか? 効果覿面てきめんだよまったく。

 まあ、仕方あるまい。私だって、妥協はするさ。


 諦めのついたところで扉のノック音が聞こえた。

「どうぞ」と入室許可をうながすと、ロゼとベルが少々急ぎ足で入ってきた。

 私の元へ詰めるや否や、凄い剣幕でまくし立てる。

「傷の具合はどうだと仰ってました?」

「あぁ、完治まで3週間だと」

「ってことは、治るって事でいいんですね?」

 何か訳の分からない質問をしていることにツッコミそうになったが、どうやら自己完結したようで「よかった……」と安堵の息をつく。相当心配してくれていたようだ。

 若干前のめりになっていた身体を起こし、今度はその心配を怒りに変えて説経が始まる。

「もう、無茶し過ぎですよ、今回は……。まったく、単身でドラゴンに挑むだなんて、死にに行くようなもんですよ!」

「実際、『もっと出血が酷かったら死んでた』って言われたしな」

「茶化さないで下さい!」

 また確かに、今回はベルの言う通りだ。相手が老いているとは言え、ドラゴンはドラゴン。軍隊1つ引き連れて勝ちに行くような相手だ。しかも、軍隊を連れていったとはいえ常に全滅の危険が付きまとい、確実に勝てる保証はない。

 ましてや国を滅ぼす程の『龍帝』ともなれば、国の軍隊総動員しても足りないだろう。あの時の龍帝が国を滅ぼせるかは別だが、少なからず、粒の揃っていない部隊相手では一丸となっても致命傷は与えられない。


 私も老いを気にかけ勝負を買ったが、甘く見過ぎていたようだ。思ったよりも苦戦した。力量は見据えていたが、転生時に初っ端からドラゴンと戦ったのもあって少し調子に乗っていたのかもしれない。


 それを考えると、止めに入らなかったとは言え、ベルの心配も分からんではない。


「だから、今度からはこう言った無茶はしないd

「あぁ、済まないが、それは約束できない」


 即答した私にベルは「何でですか!」と言って再び叱責に入る。

 ガミガミと少し気分が昂っているのか、いつもの清楚な雰囲気がまるで嘘のようだ。


 だが、生憎私は無茶しかしないのだ。

 後悔しない為にも、その場の無茶を躊躇ためらわない。

 いや、場合によると付け加えたほうが適正か。

 どちらにせよ、私は自分に制限を加えることができないのだ。

 龍帝との戦闘の際、妙にゾクゾクしたあの時のように、私は私が傷つこうが何も関係ない。

 降参の手立てもあったが、それをしなかったが故に重症の今がある。



 今思えば、私の裏に幾つも潜む、『人格』によって、その時は支配されていたのかもしれない────。


 私はもう、どれが本当の自分か分からないのだ……。


 そんな私を他所に、ロゼが訊ねてくる。

「ところで、アルトってどのくらい魔法が使えるの?」

 そのロゼの質問を聞くと、便乗するようにベルが続く。

「そうですよ! アルトさん、私も知ってはいましたが、第1級魔法を見るのなんて初めてですよ!」

 2人共、私の魔法に興味津々だった。

 ロゼの耳はヒクヒクと小刻みに動き、ベルの目は星のように輝いている。

 嗚呼、不味い……。

 詮索されるのを苦手とする私にとっては、とても答えにくい質問であった。


 ま、まあ、ある程度はその後の詮索は覚悟していたつもりで戦ったが……どうにか話を逸らせないものか……。


 因みにロゼの質問に率直に答えると、私の使える魔法の数は現在発見されている魔法、その6割・・は使える。

 当然だ。実質、2000年も修行しているようなものなのだから、そのレパートリーはそれ相応のものとなる。因みに残りの1割は明らかに必要性のない魔法と一部の種族魔法である。

 種族魔法とはその種族でしか使えない専売特許の魔法だ。龍帝が使った魔法で言うなら「火属性煉獄龍魔法」がそれだし、他にもスライムだけが使える地味な魔法や、魔物同士がコミュニケーションするために使う魔法など、用途や効果、消費する魔力までもが様々だ。

 一応、龍帝の使っていたあの魔法も使えんことはないが……何にしろ、ドラゴン専用の種族魔法はコスパとコントロールが悪い。威力を調整しようにも無駄に威力を高めた魔法は抑えても使えば大惨事だし(あの龍帝の一撃で1つの森が半焼、大きな渓谷ができた)、そもそも魔力がほぼ無尽蔵と言っても過言ではないドラゴンの魔力消費を考えない魔法のコスパは、最悪と言っていい。人間が扱えば、威力を十分発揮できないどころか、すぐにマナ欠乏だ。


 まあ一応、私にだって転生したことのない生命は無限にいるし、使えない魔法の1000や2000あっても、決して多くはない。むしろ少ないくらいだ。


 だが、流石にそれをそのまま言うわけにいかず、どう誤魔化そうか考える。するとその時、上手い具合に外から声がした。

「おぉい、アルトぉ! 見舞いに来たぞぉ!」

 聞き覚えのある声。図太く、ギルドでよく聞いた声だ。

「ベル、ゴンズ達を迎えてやってくれ」

「あっ、逃げないでくださいよっ!」


 しかし、渋々それを承諾したベルは「ちゃんと話してくださいね」と言いながら部屋を後にし、1階へと降りていった。

 ロゼと2人きり。何か、気まずいな。

 恩人を殺した相手と部屋に2人など、普通はいてもたってもいられない。だが、それをしないロゼはそれを認めているようだ。

 場の空気に酔ったのか、ロゼが口を開く。


「ありがと、ね……」


 頬を赤らめ、そっぽを向見つめるロゼ。

 何を今更、と内心思う。

 だが、何も言わないでおく。

 こんな時に気の利いたことなんて私にはかけられないからだ。

 続けてロゼの喋りが続く。

「何故、戦ってくれたの?」

「そんなもの、私に利益があるからに決まっている。私は私に利がないことはしない自己中心的人間だ」

 これは本当のこと。

 私は私に利益がない限り動こうとはしない。今回で言うと報酬が貰えるから、という至極明瞭な理由だ。

 相変わらず、どうしようもないクズではあると自負する。


「じゃあ、私をここに置いてくれた理由は?」


 これまた至極、面白みのない質問だな。

「それは私の手柄じゃない。ベルの厚意だ。感謝の意を伝えるなら、私よりもベルの方が相応しいんじゃないか?」

 ここにロゼがいる理由は、単純にベルの厚意だ。ただ、家がないから住まわせるだけ。ルームメイトが増えただけ。それだけである。そもそも、ここはベルの家でもあるんだし、私に迷惑をかけない限り、彼女はこの家で何をしたっていい。例え、見知らぬ人を一緒に住まわせようが、彼氏を連れてきて上がらせようが、私には支障もないし、拒否する理由もない。

 それに私が男である以上、ロゼの部屋は自然とベルの部屋との相部屋になることは目に見えていたし。

 だが、そんな冷たい理由を突きつけても尚、ロゼは続ける。

「それでも、ありがと……」

 ロゼには悪いが私に、そんな言葉をかけれれる資格はない。

 むしろ、私は責められるべきなのだ。


 すっとロゼを見やる。

 普段は顔に感情出にくいロゼ。一方で行動や様子にはその感情が浮き出やすい。

 今回のロゼも少し耳がヒクヒクと動いていた。


 そんな表情の薄いロゼ。だが、今回は性に合わないように、口元から軽い笑みが零れた……気がした。


 あの時の満面の笑みで少し顔が緩まったか?

 顔を隠すようにうつむく彼女の顔は、しっかりと見えなかったが、そんな気がする。


 ドタドタとムードを壊す足音が聞こえ、バタンと勢いよく扉が開く。

「アルト!! お前、あの『龍帝』を倒したって本当か!?」

 また例の如く酒の入ったゴンズが酒瓶を片手にそう叫んだ。

 どうやらベルが事情を話したようだ。まあ、こうなることは分かってたさ……。


「是非話を聞かせてくれ」とケルディとレズも乗り込んでくる。

 はぁ、頭が痛い。

 折角ベルの意識を削いだと思って3人の株価が上昇したのに、これじゃあ大暴落だ。

 これで傷が悪化したり長引いたら、お前らの所為だからな?


 騒がしい我が家。

 私の求めている静かな平穏とは、また別の平穏。


 あまり好かないが、こんな日常も決して悪くはない。

 少し慣れ始めている私が潜んでいるのも確かだ。

 だが、私はやはり私の望む平穏が欲しい……。

 それを邪魔するものなら、何処の誰であろうと容赦はしない。



 例え、それが「人を殺める・・・・・」ことになろうとも────。



 ……。

 今、何かまずい事でも言ったか?


 自分の思考に疑問を抱きつつ、私は考える。

 これから轟くであろう私の英雄譚を鎮めようか────と。

 流石に今回はかの龍帝が倒されたとだけあって、大騒ぎになるだろう。人間が永年望んだ危険因子との決着。ようやくそれが終わりを告げたのだからそれもその筈。

 平穏な日々になるには、もしかしたら時間がかかるやもしれん。

 まったく……今更ながら龍帝の闕乏けつぼうを受け入れたのに少し後悔を覚える。まぁ、受け入れたからには何とかするか……。

 もしかしたら何処ぞの新聞屋が嗅ぎつけて取材に来るやもしれんな……。


 そんなことを思っていると────。


 コンコン


 下からノックの音が聞こえた。


 ベルがそれに反応し、1階へと降りていく。

 はぁ、噂をすれば何とやら……。

 私は暫く意志にそぐわない日常があることを覚悟し、ゴンズに薦められた酒を1口含む。



 酒は少しばかり苦い気がした。

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101回目の転生目録 @darakunkakuyomi

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