第15話 めでたしめでたし

 

 この年の前半は、政治日程が目白押しだった。

 主上も寺社に、陽明門院さまのもとに、大内裏にと、しばしば行幸され。


 おかげで私たち東豎子あずまわらわの出番は多く――ついでに申しますと、それゆえ禄を、新たな帛布(平安の京における通貨ですの)をいただく機会も多くって――充実した日々を過ごしておりました。


 立太子の儀も予定通りに行われるとのこと。

 めでたしめでたし。


 「あわせて、藤権大納言とうのごんのだいなごんさまの姫君が東宮に入内されるそうです」


 二十年以上にわたり主上を支え続けてきたご一族からのご入内ですね?

 めでたしめでたし。


 「なお、内大臣さまの姫君も東宮に入内されることが決まったとか。主上もことのほかお喜びで」


 内大臣さまは源氏よね。宇治大納言様(醍醐源氏)とは別の流(村上源氏)で、「思いつく限り最も尊貴のお血筋にあらせられます」と。後宮の会話は弾んでいる。

 これまためでたしめでたし。


 でもなるほど、「他の姫君を中宮に立てようと言うならば、それ以上の血筋でなければ認めん!」と。

 摂関家、前関白さきのかんぱくさまご一家に対し、主上もなかなか厳しい姿勢で望まれているみたい。


 「先立って内大臣家で裳着もぎが行われ、腰結こしゆい役を右大臣さまが務められたそうです」


 右大臣さま(前関白さまのご子息)のご養女として入内なさると、そういう意味になるわけで。主上を補佐するする三大臣さまの結束は固い。

 めでたしめでたし(白目)

 

 さすが藤の名は伊達ではありませんわね。主上に絡みつく絡みつく。

 押されっぱなしだと嘆くちょび鬚権中納言さまのお気持ちも分かります。

 


 「めでたき話はまだ続きます。梅壷女御うめつぼのにょうごさまに、ご懐妊の気配あり」


 めでたしめでたし……いえ、この上なくめでたきお話です!

 

 「そこで言葉を失うあたり、女官としては不幸かもしれませんわね」


 勾当内侍こうとうのないしさまより、三ヶ月ぶり二度目のお言葉をいただきましたけれど。

 そりゃ絶句したくもなりますって。


 三十代半ばの主上。

 十代半ばの東宮。

 お生まれになるのが弟宮さまであったなら。


 ちょうど良い間隔に見えますわよね。めでたしめでたし。

 って、皇位継承はいかがあいなりますの? 東宮派、弟宮さま派で割れること間違い無しですわよ?

 

 「主上におかれては、東宮を変えるおつもりはありません」


 若き日、苦労を共に重ねた御息所みやすどころさまの忘れ形見にあらせられるゆえに。

 すてきなお話よね。


 「なれど、梅壷女御さまへのご寵愛も深くあらせられます」

 

 和漢の歴史をひもとくに、お年を召してから儲けられた御子さまを帝位につけようとなさるのは「しばしば見受けられること」と。学問に詳しい女房衆のひそひそ声が飛び交っていて。


 「まして梅壷女御さまは冷泉院のお血筋、(円融系との)皇統の合一は主上の、また陽明門院さまの密かなる悲願と伺っております」


 梅壷女御さまは陽明門院さまのご姪孫てっそん(兄の孫)にあたるお方ですし。

 陽明門院さまの兄君、小一条院さまのご無念と言えば……貴族官人であれば誰しもが知るところ。


 情報を統合した結果、憶測ながら、後宮では確信に近い結論が出ていた。

 梅壷女御さまの御子さまが男君であることが前提だが。

 

 「主上がご譲位なさる暁には、弟宮さまを次の東宮となさるおつもりのはず」


 ……その時点で、現東宮に男の御子様がお生まれになっていたら?

 栄え(子孫繁栄、子供がたくさんいること)があってよろしい! 

 めでたしめでたし! めでたいんだよ!


 

 「我ら東豎子、主上にお仕えいたすのみ」


 四人で誓いを新たにした。

 ご挿鞋そうかいの管理に遺漏無く、しりえにあって主上の守りをあい務め。

 ええ、その心ひとつは忘れるものではありません!




 そして帰った自宅には、絹が三反積まれてあった。


 「前出羽守さきのでわのかみさまより、『お近づきの印に』と」


 ああ、なんともめでたきお話ですこと!




        (完 本文100,238字 /『ひめまつがゆく 1069』に続く)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ひめまつがゆく1068 ――男装女官奮闘記―― 渡辺進 @g_w

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ