後編

電車のつり革に捕まり、スマホを眺めている男性。その口元は少しニヤついている。


彼は会社の同僚と不倫をしている。

妻には必死にバレないようにしていたが、ある日突然不倫相手の家に、別の同僚がやって来た。

そのときに自分の靴をみられて以来、妻に不倫を疑われるようになった。

一時期はこの関係を断ち切ろうと思った。

しかし、この状況を利用することで、妻に不倫をしていないことを印象付けることに成功したのだ。


その喜びを噛み締めている男性こそが、綾菜の夫、緑 往緒ゆきおである。

往緒がしばらくスマホを操作していると、不意にそれは震えた。

不倫相手の、三井からのメッセージだ。

彼はメッセージアプリを開き、内容を目にした。

カタッ。

彼の手からスマホが落ちた。

彼の額からは一気に脂汗が吹き出した。


それもそのはず、その内容は

「とりあえず私の家に早く来て。

あの作戦がバレたみたい。」

だったのだ。




この数分前。

綾菜と、筑波、そして零弐は三井宅の前に張り込んでいた。

「本当に大丈夫なんですか?」

筑波が不安げに尋ねる。

「安心しな。

もうすぐ不倫相手が現れるから」

「?!」

言葉がでない、綾菜と筑波。

そのとき、男性が三井さん宅の前に現れた。

「あっ!」

綾菜か思わず声をあげる。

「あの時計は私の主人のです。

それに革靴も。

でもあれは…」

「ご主人ではありませんよね?」

後半の台詞を白石が引き取った。

「はい。

でも、なんで?」

「これが、今回の真相です。

では、行きましょう」

そう言うと、零弐は二人を従えるように、三井宅の前へ向かった。


「突然すみません」

「な、なんですか?!」

三井と、零弐曰く、偽の不倫相手である男性は突然の訪問者に驚きの色を隠せていない。

そんな二人とはうってかわって、零弐は普段通りである。

「私、白石探偵事務所、所長の白石零弐と申します」

「はぁ」

「あなたが、三井さんですか?」

「えぇ、そうですが」

いまだに状況を飲み込めていない三井に零弐が問いかける。

「この方はご存じですよね?

あなたの、同僚である緑往緒さんの妻の綾菜さんですよ」

綾菜が会釈をする。

そして、同時に三井の顔色がみるみる変わっていった。

「その様子だと恐らく私の推理は正しいですね」

すると、零弐は男性の方へ向き直った。

「あなたは、三井さんと一体どのような関係ですか?」

「べ、別にたいした関係じゃ…」

「あ!」

不意に綾菜が声をあげた。

「たしか三井さんの弟で、主人の部下の…」

「なるほど…

すみませんが三井さん、緑往緒さんを呼んでいただけますか?」

「え?!」

「なんの心配もいりませんよ。

ただの探偵事務所の所長が依頼を解決する、ただそれだけの話ですから」



数分後。

「あなたが、緑往緒さんですね?」

走ってきたスーツの男性に零弐が問いかける。

「え、えぇ」

突然のことに戸惑っている様子だが、ある程度事情は察したのだろう。

諦めかけた表情をしてる。


「では、これで全員揃いましたね」

月明かりだけが差し込むなか、零弐が辺りを見渡し、言った。

「では、これより緑綾菜様のご依頼、『ご主人の不倫の証明』を解決させていただきたいと思います」

零弐は一礼すると話始めた。


「まず、ことの発端は不倫現場であるこの家に、往緒さんの同僚が偶然来たことです。

よね?」

零弐が往緒に確認する。

「は、はぁ」

「YESと、とって良さそうですね。

続けます。

そのときに、あなたは自分のオーダーメイドである、その靴を見られた。

そして、それ以来綾菜様に疑われるようになった。

焦ったあなたは、考えたでしょうね。

もしこれがバレて離婚だなんて言われたらどれだけの慰謝料をとられるか。

そのときにひらめいたのでしょう。三井さんと不倫をしていた、そういうことにする方法を」

筑波が疑問を投げかける。

「つまり、自分の靴があった、ということは知られてしまったことだから、それは自分のではなかった、ということにしようとしたのですか?」

「その通りだよ。

そして、幸か不幸かあなたはオーダーメイドのものが好きだ。

そこで、それを逆手にとることにした。

いずれ妻は探偵などを使って自分の不倫の証拠をあげようとするだろう。

あなたはそう考えた。

そこで、三井さんの弟であり、なおかつ自分の部下のこの男性に自分の革靴をはいてもらい、自分の振りをしてもらった」

往緒らは沈黙のままだ。

「しかし、あなたには不安があった。

こんな暗い中で革靴までわかるのか?

もしかしたら、三井さんが何人もの男と関係があった、そう思われるだけかもしれない。

心配になったあなたは、靴だけでなく、ありとあらゆる自分のオーダーメイドのものを身に付けさせた。

そして、作戦は見事成功。

あなたのことを写真でしか、見ていない筑波君は、顔を隠した三井さんの弟をあなたであると思った。

まぁ、写真にあなたの時計がおさめられていましたからね。

そう思うのも無理はないでしょう」

零弐が言葉を切る。

「こんな手間をかかることまでして…。

慰謝料、ふんだくってやるからね!!」

綾菜が往緖に詰め寄る。

「っ!

お前だって家で何をしてる?!

飯はまずいし、掃除だってろくにしないし。

そりゃこっちだってお前みたいな女、飽きるに決まってるだろ!」

往緖もさっきとは全く違う様子で綾菜を怒鳴り散らす。

「はぁ?!

ふざけんじゃないわよ、このダメ夫が!!」

「は?!

それはこっちのセリフだよこのクズ嫁が!」

閑静な住宅街に二人の声は響き渡る。

「筑波君、これは…」

「帰ったほうがいいですね」

そう言うと、零弐と筑波は現場をあとにした。


「それにしても所長」

「なんだい?」

電車に揺られている二人。

「なんで、三井さん宅の前にいた男性が、仕組まれた人だって、気がついたんですか?」

「あぁ、往緖から送られてきた、駅でのひとりでの自撮り写真だよ。日付と時刻が入った電光掲示板を指差してるやつ」

「これですか?」

そう言うと、筑波はその写真を出した。

「そう。

この写真、右手で掲示板を指差してるだろ?」

「確かにそうですね」

「ってことは、左手で自撮りをしていることになるんだ。

でもそれは不自然だ。

普通、右利きの人間は右手で自撮りをするだろう。

その方がブレないし」

「なるほど!」

筑波は驚いた表情をしたが、すぐに何かに気づいたようだ。

「あれ?

ちょっと待ってください。

もし、往緖さんかがひだりききだったら?

そしたら何も不自然じゃないですよ…」

「それはそれで不自然だ。

腕時計は大抵は利き手と逆腕につける。

そしたら指を指している右手に腕時計があるはずだ。

しかしこの写真にはない。

つまり、往緖が右利きなら腕時計がない左手を隠すためにわざと、左手で自撮りをしたと考えられる。

もし、左利きなら、そもそもで腕時計が右手にないから、腕時計はすでに何者かに渡している、だから往緖は持っていない。

そう考えたときに、三井宅前にいた男性は往緖から受け取った時計をつけてたのではないかと考えた」

「なるほど!

所長お得意の理詰め推理ですね」

「まぁな。

ま、これで今回の事件も一件落着ってわけだ。

それにしても、緑往緖は残念な男だな。

いわゆるアリバイトリックを成立させようと時計を使ったのに、その時計によってそのトリックが崩れた。

今回の事件、名付けるなら『時計仕掛けの恋愛探偵ラブミステリ』だな」

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時計仕掛けの恋愛探偵 eFRM @FRM

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