はちみつとチョコレートとそれからコーラ

 無事にテスト期間も終わり、あとは返却を待つのみとなった本日。最終日だということで学校は半日で終わり、テストから解放された気分を存分に味わうために英華と砂原は大型ショッピングモールに来ていた。

 服やアクセサリーやと並ぶ店舗に、今どきの女子高生らしくはしゃぐ二人。

 ───だがしかし、砂原は素直に喜べずにいた。

 久しぶりに二人きりで遊べると思っていたのに、なのに。

「なんで早瀬が居るんですかね」

「えー? 酷いな、砂原さん。居たらダメ?」

 取り繕う素振りも見せず、早瀬をじっとりと睨む砂原。早瀬は負けじと「俺も尾野さんと二人きりでデートだと思ってたけど」と返す。

 早瀬は前日の夜、英華とのメッセージのやり取りで遊びに出かけようと誘われていた。まさか二人きりかと期待をしたが、そう上手くはいかず。

 どうやら若松のことも誘っていたらしい。四人揃ってモール内を歩くも、その並びは自然と勉強会の帰りと同じような別れ方をしていた。

 早瀬の隣に英華が歩き、その後ろを若松と砂原がついていく。勝ち誇ったような視線を送る早瀬が憎らしくて、砂原はぐっと握りこぶしを作った。

「伊和、見て見て」

 くるりと振り返る英華に、さっと握りこぶしを後ろ手に回す。彼女のこの変わり身の速さは以前から何度も目撃しているが、いつ見ても凄いな、とどこか感心する部分でもあった。

「映画だって」

 通りがかりに張り出された映画のポスターを指さし、英華が立ち止まる。

 今公開されているのは戦隊ヒーローや変身魔女っ子シリーズなど子供向けの映画と、かなりスプラッタだと有名な海外のホラー映画、そしてコメディや恋愛ものと、結構種類が豊富にある。

 英華はポスターを眺めながら「映画もいいね」と呟く。

 英華が視線にあるのはホラー映画のものだ。美人女優の顔が恐怖で歪んだポスターは、シンプルでいてかなり狂気だ。

「ホラー好きなの?」

「うん、怖いけどつい観ちゃうよね」

 幽霊とか出てくるシーンは目をつぶっちゃうんだけど、と恥ずかしそうに答えるものだから、早瀬はぎゅうと心臓を握られた気になる。

 怖くて目をつむっちゃうって、可愛すぎか。危うくキュン死する早瀬の背中を、若松が軽く小突く。

 はっと、早瀬は我に返ると「じゃあ、せっかくだし映画観てく?」と誘った。

「わあ、観たい。伊和、いい?」

「いいよー。あ、だったらポップコーン食べよ、ポップコーン」

 漂ってくるキャラメルの匂いがずっと気になっていたのか、視線はポスターではなく食べ物売り場を見つめている。

「私も食べたいかも」

「じゃあ俺と岳でチケット買っとくから、その間にポップコーンとか見ておいでよ」

 早瀬の提案で二手に別れ、英華と砂原はポップコーンを選びに、早瀬と若松はチケット売り場へと歩いた。


「⋯⋯っ、尾野さん可愛すぎない」

 唐突に言い放つも、ずっと我慢していたのか噛み締めるように台詞を零す。

 それが言いたくて俺を連れ出したな、と若松は理解し、はいはいと聞き流す。

「友達とはしゃぐ尾野さんもホラー好きなのに怖がりな尾野さんも全部尊い⋯⋯」

「なんだよ尊いって」

「あーでも俺、砂原さんに何故か敵対視されてるんだよなぁ」

 ふと脳裏に横切るのは砂原のがんくれ顔だ。

 早瀬と視線が合う時は必ず睨みつけてくる砂原に、嫌われているということは流石に把握した。

「何かしたかな」と首を傾げ若松を見るが、若松は何も答えない。

 嫌われているというより、嫉妬されているのだと若松の口から言うのははばかられたので「それよりチケットの時間どうすんだ」と誤魔化した。

「あ、十四時から開演の席空いてる!」

「おー、あと三十分も無いか。丁度良かったな」

 四人分のチケットを買い、フード売り場で悩む後ろ姿の英華と砂原に声をかける。

「チケット買ってきたよ」

「ありがとう」

 ふわっとそこらじゅうから花を撒き散らさん勢いで微笑む英華に、早瀬は危うくこの世の全てに感謝し拝みかけたが、何とか取り繕い、笑顔をうかべた。

「何で迷ってるの?」

 英華の見ているメニューを隣から覗き込む。どうやらハニーフェアをしているらしく、可愛らしい鉢のキャラクターが描かれていた。

「はちみつ好きなんだ」

「うん、好き。チュロスも美味しそだけど、ポップコーンも捨て難い⋯⋯」

 顎に手を置いて可愛らしくうなる英華を見てから、早瀬は店員に「ハニーチュロスとハニーポップコーンください」と話しかけた。

 驚いて早瀬を見やる英華に、にかっと歯を見せて笑う。

「迷った時はどっちも食べよ! 俺もはちみつ好き!」

「ふふ、うん、そうだね」

 にこにこと顔を見合せ微笑み合う二人に、砂原は「何アレ」と独りごちる。傍で聞いていた若松は「はちみつフェアだろ、あま」と返した。


 チョコレートとキャラメルの混ざったポップコーン、それからカルピスを購入し、ほくほくと幸せそうな顔の砂原。

 結局二人で半分づつお金を出し、ハニーチュロスとハニーポップコーンを買った早瀬と英華。

 コーラだけを片手に若松と、それぞれが目当てのものを購入し、席へと向かう。

 こっそりと早瀬が「俺が尾野さんの隣に座れるように協力して」と若松に告げ、若松は呆れ顔でため息をついた。

「どうしろっつんだよ」

「多分尾野さんと砂原さんは隣同士で座ると思うから、その反対側を俺が座る」

「いやだから、俺はどこに座ったらいいんだ」

「えー、砂原さんの隣」

「なんで」

「だって砂原さん絶対尾野さんに話しかけるでしょ! そしたら俺尾野さんと喋れない!」

 だから砂原さんの隣に座って砂原さんとお話しといて、なんて必死になって説得してくる早瀬に、若松は至極面倒くさそうに、本当に本当に面倒くさそうに大きなため息をつくと「わかった」と了承をする。

 結局のところ若松は早瀬に少しばかり甘いのだ。幼なじみのよみしとでも言うか、腐れ縁だからこそ邪険に出来ないとでもいうか。

 若松としてはさっさと早瀬と尾野でくっ付いて、勝手に二人でイチャイチャしていろ、俺を巻き込むな。という思いも混ざってはいるが、早瀬の幸せを願うという気持ちも本心だ。

 が、しかし。

「俺は砂原の隣に座るだけだ。あとは自分で何とかしろ」

「ええ、なんで!」

「尾野と喋りたい気持ちも分かるが、砂原のことを邪険に扱うのは違うだろ」

 若松の少し冷めた目線に、早瀬はぐ、と言い淀んだ。

 確かに若松の言うことは最もである。だが、早瀬には早瀬の言い分と言うものもある。

「でも、砂原さんだって俺のこと嫌いみたいだし」

「こうして一緒にいること許してくれてるだろ」

 砂原は、確かに早瀬の事が親友を奪われそうだという気持ちを持ってして嫉妬しているのだと言っていた。

 だが、勉強会の時も、こうして遊びに出かける時も、英華から「早瀬も一緒に」というワードが出てきても、嫌だとは言わなかった。内心こそどう思っているのかは分からないが、英華の前では一度も早瀬への負の感情を出してはいない。

 だからこそ今こうして一緒に出かけることが出来ている。

「砂原はお前と尾野の仲を邪魔してるか?」

「⋯⋯してない」

「だろ」

 お前覚えてろよオーラはひしひしと何度も感じてきたが、思い返せば尾野と早瀬が喋っていても、邪魔は一切して来なかった。

 確かに、今回、砂原のことを邪険に扱ってしまったことを反省する。

 若松は肩を落として黙る早瀬を見つめる。

「砂原は邪魔もしてなけりゃ協力もしてないみたいだしな。俺も同じようにお前を見守るだけにする」

「⋯⋯うー、分かったよ。ごめん、岳。ちょっと行き過ぎたみたい」

 謝るのは俺じゃなくて砂原にな、と若松は早瀬の肩を叩いた。

 早瀬のずる賢いところには時折呆れるが、素直に間違ったことを反省できる姿は感心する。

「俺ちゃんと、正々堂々尾野さんにアタックする! そんで、砂原さんにも認めてもらえるように頑張る!」

「おー、その意気だ」

「ありがと、岳」

 間違えたことを間違えていると指摘してくれる友人を持って嬉しい、と早瀬が笑う。

 若松はなにもしてねぇよ、と返した。


 早瀬の頼み通り、若松の隣に砂原、そして英華の隣に早瀬と、四人並んで座る。

 初めは何故この並びだと砂原が首を傾げていたが、若松が小声で「アイツが尾野の隣に座りたいんだと」と正直に話をした。

 ふーん、と呟いただけで、あとはなんの反応も示さない砂原に、若松は少しだけぽかんとする。若松の言わんとすることが分かり、砂原はこちらも小声で若松に返事をした。

「言ったでしょ、応援はしてあげたいって。英華も多分、早瀬のこと満更でもないと思うし」

 その視線は、たれながされる広告を見つめている。

 大きなスクリーンが映画の予告を次々と移すさまを見ながら「まあ早瀬の気持ちには気がついてないみたいだけど」と付け足した。

「⋯⋯砂原って実は良い奴だよな」

「実は、じゃなくて砂原は元から凄く良い奴だよ」


 早瀬は英華の隣に座り、真ん中にポップコーンとチュロスを置いた。

 若松の言う通り、英華の隣に座っても砂原は文句を言うでもなく、素直に受け入れてスクリーンを見つめている。

 本当に申し訳ない気持ちが湧き上がったが、ふと砂原と視線が合うと、べ、と舌を出され直ぐに前を向いた。

 やっぱり嫌な奴。早瀬は青筋を額に浮かべて震えるが、英華が「早瀬くん」と話しかけてきたので笑顔にかえる。

 砂原に負けず劣らず早瀬の変わり身も早いのだ。

「楽しみだね、映画」

「うん! 怖かったら何時でも俺にしがみついていいからね!」

 冗談めかして、しかしその実下心バッチリで手を広げる。

 英華はくすくすとひととおり笑うと「じゃあ、怖くなったら頼っちゃおうかな」とおかしそうに言った。

 その姿があまりにも可愛くて今すぐ抱きしめたい衝動に駆られたが、ぐっと堪えてスクリーンを向いた。

 そろそろ映画が始まる。

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