第36話 神無荘の夜


 

 

 ナカノへ服を買いに行った日の夜。JCDF(新日本電脳防衛軍)のメグロ駐屯基地から帰宅した菊に呼ばれ、焔たち四人と怪我の悪化で直前まで寝ていた魅綺城も加えた五人は、居間で菊と対面するように正座していた。


 もちろん、呼び出された理由は説教である。


 本来ならば、トロールド・ストレンジ・バンプキンのような希少種ネームドは、現場での急造レイドパーティで交戦するような電脳獣オーガではない。

 しかも焔たちはレイドパーティ経験がなく、魅綺城は怪我をして戦闘禁止を命じられていたにも関わらずだ。


 さらに菊からはPBサイコ・バンド内に記録されている戦闘ログの提出を命じられた。


 戦闘ログは個人やその周囲、そしてパーティメンバーやレイドメンバーの行動が記録されており、それを調べれば個人がどのような行動をとり、それがどれだけの効果を生み出したか。

 攻撃にしろ、サポートにしろ、全てが数値化を含めて記録されているものだ。


 とはいえ、戦闘ログをただ眺めたところで一般人や駆け出しサイクロプスでは何も見えてこない。

 せいぜい、自分が電脳獣オーガにどれほどの攻撃ダメージを加えたのか、どれほど仲間を回復させたのか、その程度が見えてくるだけだ。


 しかし、これが菊ほどの戦闘経験と指揮経験を持つ軍人となれば全く違ってくる。複数人数の視点から戦闘の経過を読み取り、効果的な攻撃、サポートの有無。

 無駄な動きや敵対心ヘイト管理を乱す致命的な要因たり得る行動の選別と、ナカノで何が起こったのかをほぼ正確に把握することができた。


「焔、お前がいながらこんな無謀な行動をするとはな……」

「すみません……」

「それに魅綺城、私はお前に何と言った?」

「戦闘行為の禁止です……」

「だけどお菊姉! あそこで逃げてたら服を作る工場が!」

「バンプキンはエリア巡回型の希少種ネームドだ。一時的に撤退し、危険が去った段階で再度取り戻せばもっと楽だったはず」

「で、でも、最終的には狩れたわけだし……」

「何を言うか虎太郎、お前たちの攻撃間隔は遅すぎる。前線で張れる者がいないから敵対心ヘイトコントロールが非力な焔次第になっているんだ。一歩間違えれば死んでもおかしくなかったんだぞ!」


 このような感じで、菊の細かい指摘は焔たち一人一人の行動にも及び始め、戦闘にはあまり参加しなかった乃蒼も当然のように事前のスキル構成や回復役としての立ち回りなど、それはそれは細かく重箱の隅に穴があくほどに突かれた。


 しかし、説教されながらも焔たち四人の表情はそれほど落ち込んではいなかった。


 トロールド・ストレンジ・バンプキンに無謀な戦いを挑んだ反省はもちろんしている。だがそれ以上に、あの瞬間——綯華がバンプキンの頭部を突き抜けた直後にわき起こった雄叫びのような歓喜の声。

 希少種ネームドという超大物を狩った喜びと震えは、これまでに感じたことのないほどの高揚感を四人にもたらしていた。


 そして何より、感謝の印だと職人親子から貰った新品の麻布のパジャマ。四人と一人は新品の寝間着にニマニマと顔を緩め、自分たちが成し遂げた達成感と欲しくてたまらなかった新しい服に、喜びを抑えきれないでいた。


「はぁ……」


 焔たち四人と、なぜか一緒に頬をわずかに緩めている魅綺城の姿に、菊は今夜の説教を続ける気力を失った。 

 無謀な戦闘はサイクロプスにとって最もやってはいけないこと。それを懇々こんこんと朝まで聞かせるつもりだったが、それは明日以降に持ち越すことにした。


「……それで、私と仁子さんの分もあるんだろうな?」


 静かに瞼を閉じて再びそれを開いた時、鬼の形相だった菊の顔はなく、ここまで抑えていたもう一つの感情を表に出した。


「もちろんあるよっ! 乃蒼ッ、バッグどこ!?」

「だから綯華さん、わたしのバッグを勝手に!」

「き、菊姉のは黄色だよ!」

「ハハッ、ちゃんと菊姉のも仁子さんのも頂いてきましたよ」


 菊の一言で説教の終わりを察し、綯華たちは喜びを爆発させて騒ぎ始めた。


「そうか……しかし、お前たちが希少種ネームドとはねぇ……やるじゃないか!」


 そして、菊もまた喜びを隠すのに限界が来ていたのだ。


「どうだ魅綺城、うちの弟妹たちは!」

「は、はい、私も驚きました」

「だろ〜? 何たって神無の子だからな!」


 一方、少々面食らったのは魅綺城の方だった。確かに希少種ネームドを撃破し、新品の服を着て夜を過ごす。

 その大きな達成感と暖かな安らぎは、今までに感じたことのない幸福感で包まれていた。

 そして、これまで見たことのない菊の笑顔は、M・COINエム・コインの活動の中で一度も見せたことのない素の神無菊の姿だった。


「あらあら、お説教は終わったの?」


 そこに、盆に載せた人数分のカップを持って仁子が入ってきた。張り詰めた説教ムードから和気藹々とした騒がしい神無荘の夜に切り替わったのを聞きつけ、準備しておいた果実水を運んできたのだ。


「あ、仁子さんのパジャマもあるんだよ!」

「じ、ジンベエ? っていうらしいよ」

甚平ジンベイですよ。虎太郎君」

「そ、そうそれ!」


 神無荘にいつもの笑いが起こり、その暖かな一幕に誰しもが笑顔になった。


 魅綺城もつられて笑みを溢すが、あまり声を出して笑うと脇腹が痛む。


「魅綺城、怪我はまだ痛むか?」

「あぁ、少し……だが大丈夫だ。明日からは大人しくしているよ」


 魅綺城の隣に正座していた焔は、あの激戦の中で自分を助けるために怪我を押して戦闘に参加してくれた魅綺城に、感謝してもしきれない思いでいた。

 説教が始まる前には「全ての責任はパーティリーダーの俺にある」と菊に言ったのだが、菊からは「魅綺城は“まだ”焔のパーティには正式に加入していない。魅綺城がとった行動の責任は全て魅綺城にある」と、即答された。


「なら……怪我が治ったら、正式に俺たちのパーティに入ってくれないか?」


 焔の誘いは、ナカノから神無荘に戻る間に綯華たちと話し合って決めたことだった。もちろん、魅綺城がJCDF(新日本電脳防衛軍)に籍を置いているから駄目だと言われればそれまでだが、M・COINエム・コインとやらはJCDF(新日本電脳防衛軍)とサイクロプスの中間に位置する組織らしく、魅綺城は正式な軍属ではないらしい。


 ならば、試しにパーティに誘ってもいいのでは? というのが焔たちが出した結論だった。


 笑い溢れる賑わいの中で突然誘われた魅綺城は、チラッと菊の方に視線を向けた。


 菊にも焔の誘いは聞こえていたらしく、黙ってゆっくりと頷いた。


 それは、誘いを受けるかどうかは魅綺城の気持ち一つで決まるということ——。


 魅綺城は目を閉じて僅かな逡巡を見せたが、パッと目を開く。


「あぁ、喜んで」

 

 と、優しく微笑みながら焔に返した。





 第三章 完


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電子創世記の四兄妹 地雷原 @JIRAIGEN

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