第7章 陰陽師の思惑

24優先すべきもの


「竹千代が人間に捕まったって、どういう事?」


 状況が全く理解できない俺は少し機会じみた声で羽付きドジョウに問いかけた。

 すると俺の声に食い込むように「そのままの意味でございます!」と返してくる。


「先日竹千代さまのご友人が陰陽師に捕らえられ、助け出そうと向かったところ竹千代様までが捕らえられてしまったのです!」


 先日の大杉神社襲撃、そして先程去っていった野崎、そして今。


 ここで野崎を連想しない方がおかしい。


 そう思ったのは俺だけではないようで、窺うように視線を向けた先で硯月が「うむ」と頷いた。


「野崎が関わっている可能性は高いな。しかし、なぜやつはそんなことを?」

「わかりませんが、あいつはとにかく妖に対する恨みが強いようでしたから、単純に妖を殲滅しようとしているのでは?」

「……そういえばあいつ、竹千代について知りたがってた」


 ぼそりとこぼした声にいち早く反応したのは焔だ。


「どういうことだよ。なんで野崎が竹千代様を探っている?」

「それはわからないけど、王候補について知ってる風だったし、王候補を消すのが目的だったりしないか?」

「ふむ。しかしそんな事をしてもあやつに得があるとは思えないがなぁ。候補を消したところで妖がいなくなるわけでもない」

「だよな。でも、あいつ相当妖嫌いみたいな雰囲気出してたし、王候補を捕まえて何かする気なんじゃないか?」

「なるほどのぉ……。まあ、おとりくらいにはなるか。そして助けに来た妖たちを一網打尽というのはどうだ?」

「いや、どうだって……なに明るく言ってんだよ。お前達の仲間が大変なことになってんだぞ」


 呆れて硯月を見て、こちらを見下ろす瞳にゾッとした。


(――笑ってる)


 あれほど親し気に話していた竹千代が陰陽師に捕らえられ、死ぬかもしれないと言うのに何故、いつものように楽し気な笑みを浮かべているのか。

 俺にはその心理が理解できなかった。


「はっはっはっ。直哉よ。あやつは王候補だぞ?これくらいのこと、自身でどうにか出来ねばそれまでの男だったと言うだけだ。のぉ焔」

「それは、そうかもしれませんが……しかし、このままという訳にはいかないのでは?」

「どうしてだ?このままあやつが消えれば、直哉が自然と王座におさまることになる。私にとっては願ってもない事だ」

「おい――」

「!」


 聞き捨てならない言葉に、俺は思わず硯月の襟元に掴みかかっていた。

 偉い妖だろうが知った事ではない。


「仲間の事をそんな風に言うんじゃねえ。お前が大事にしなきゃいけないのは、妖である竹千代だ。俺じゃない」

「私にとっては竹千代より、お主の方が余程大事なのだがなぁ」


 襟元を強く掴まれているというのに、硯月の笑みは崩れない。

 その態度に俺は舌打ちをして手を離す。


「俺はどう頑張ったってお前達より早く死ぬんだから、同じくらい長生きする仲間を大事にしろ」

「悲しい事を言うな。それに、短い時を生きるからこそ大事にしたいと思ってはいけないか」


 真っ直ぐに硯月の瞳が俺を射抜く。

 その顔から笑みは消えていた。


「……いけなくは、ないけど。でもやっぱり仲間を大事にするべきだよ。俺が居なくなった後で険悪な感じになられても困るし」

「……なるほど。わかった。ここは素直に従おう。だが私が一番大切にしたいのは直哉だ。それだけはわかってくれ」


 どうしても譲る気はないらしい硯月に思わずため息が漏れる。

 これ以上ここで議論を重ねても時間の無駄だ。

 今やるべきは竹千代の救出なのだから。


「それで、竹千代が捕まってる場所はわかってるのか?」


 俺達の側でずっとアタフタしていた羽付きドジョウに問いかけると、大きく身体を振るわせたあと「は、はい!」と声を張り上げた。


「どうやら竹千代さまは大柿山にある陰陽師たちの屋敷に捕らえられている様子でございます!」

「大柿山か……」


 その山ならそんなに遠くはない。自転車をこいで1時間もあればふもとにはたどり着けるはずだ。

 しかし実際に行ったことはないので、山中のどのあたりまで道が整備されているかはわからない。


「大柿山といえば陰陽師たちが昔から住み着いている山だな。結界も強いだろうし、小物たちは立ち入ることは無理だろう」


 顎に手を当てて難しい顔をしている焔に硯月が「うむ」と頷く。


「中々に面倒な事になったな」

「正面から行きますか?」

「まあこちらが攻めてくることはわかっているだろうし、コソコソしたところでこちらが出遅れるだけだ。なら正々堂々真っ向勝負。ずどんと屋敷を焼き払おう。焔の炎で」

「俺ですか!?さすがの俺でも陰陽師の屋敷を焼き払う力は……」

「そうか。ではやはり諦めるか」

「なに明るく言っちゃてんの!?さっき助けに行くって方向で話まとまったよね!?」


 耐えきれず突っ込むと硯月は楽しそうに声を上げて笑う。

 本当に緊張感のないやつだ。


「はぁ……。とりあえず俺は荷物置きに行くついでに自転車取ってくる。お前達は先に行っててくれ」

「何を言う。どうせ行く場所は同じなのだから私はお主と共にいく。忘れているかもしれんがお主とて王候補。見守るのが私の仕事だからな」

「……わかったよ。どうせいう事聞かないんだろ。すぐ戻るからちょっと待ってろ」

「ああ。助けに行くというのなら急げよ。喧嘩早い者がいつ手を出さんともわからぬからな」

「わかった」


 硯月がやけに楽し気に言った最後の言葉に俺はとても嫌な予感がした。

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妖王~なんとしても王座を譲りたい男の戦い~ 柚木現寿 @A-yuzuki

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