最終話 新しい関係性
季節は移ろい桜が花弁で化粧をする頃。柔らかい陽気は外を歩く人をほっとさせる。
「レセプション、上手くいってるみたいで良かったね」
シティホテルのフロントで、愛哩はそう言って一息つく。
今日はかねてから計画していた卒業レセプションの日だ。卒業式の少し前に行われるそれは自由参加だが、生徒のほとんどが出席していた。
「ホント、この半年はいろいろあったな」
「そうだね。生徒は満場一致で賛成してるのに先生が邪魔してきたり、それを何とかするべく引退した音心ちゃんに頼ったり」
「自分から音心に頼ろうって言い出した時はビックリしたよ」
「あの頃の私とは違うんだよ」
ピッと伸ばした人差し指を俺の鼻頭に向ける。
会長選挙の一件からは慌ただしい毎日が続いた。レセプションの開催と合わせて体育祭の件も動いてたし、そっちはOB周りや近隣住民との意見の相違を擦り合わせるのに骨を折った。
ただその甲斐あって来年度からは開催出来ることになったし、やって良かったと今なら思える。
「あ、そうだ悟くん。今度お父さんがまた夜ご飯を食べに来ないかって言ってたよ。明日とか大丈夫そう?」
「問題無いけどまたか……。あの人愛哩のことでめちゃくちゃ質問攻めしてくるから疲れるんだよね……」
「んふふ、私に聞いたら答えてあげるのにね?」
曰く恋人だからこそ見える一面があるとかないとか。話すのは良いけどお酒が回ったらすぐ泊まらせようとしてくるのは何とかならないのかな……俺まだ高校生だよ……?
「……えっち」
「べ、別にそういうことを考えてたわけじゃないからね!? てかそもそも両親居るし! いやまず勝手に読むなって何度も言ってるよな!?」
「それが出来たら苦労しないよ。悟くんだって難しいでしょ?」
「それは……」
言いながら無意識に愛哩の心の中を覗いてしまう。意識しなければ呼吸は鼻でしてしまうように、俺達なら心も意識しなければ見えるものだ。
(悟くんなんて嫌い悟くんなんて嫌い悟くんなんて嫌い悟くんなんて嫌い悟くんなんて嫌い)
「え、泣いて良い?」
何で俺いきなり罵倒された? 男はナイーブだからちょっとの刺激で死ぬんだからね? 心はマンボウより弱い生き物なんだからね?
「あははっ、マンボウより弱いって何?」
「それくらい繊細なんだよ」
「ふふっ、そうなんだ」
愛哩はくすくすと楽しそうに笑う。いつ見ても可愛いや。
(そういうノリが良いところ、本当に好きだなぁ)
「俺も好きだよ」
「か、勝手に読まないでって言ったよね!?」
「さっき自分でしたこと覚えてる!?」
本当に愛哩は……まあこういうところも好きなんだけどさ……。
それから二人で話していると、見知った二人が顔を見せた。音心と未耶ちゃん、そして立花さんだ。
「アンタらこんなところでイチャついてたのね。道理で会場を探しても居ないわけよ」
「愛哩先輩? 悟先輩にフラれたわたしの目の前でイチャイチャするなんて良い度胸ですね」
「み、みゃーちゃんホント変わったよね。可愛い顔が台無しだよ……?」
「みゃーじゃありません。未耶です」
理路整然と言い放つ。フラれたことさえネタに出来るくらいには、未耶ちゃんは強くなっていた。
……たまに俺をからかってくるのは心臓に悪いからやめてほしいけど……。毎回愛哩の顔凄いことになってるし……。
「そ、そう言えば音心。大学受かったんだよな? おめでとう」
「ありがと。まあ推薦を使ったからそんなに勉強はしてないけどね」
「あのサッカーとかドッジボールばっかりしてた音心が大学生か……時間が経つのは早いなぁ……」
「アンタこそよく半泣きになってたくせに。結局アタシらが勝ち越してたの忘れた?」
「喧嘩なら買うぞ? この後バッセンな」
「上等。ちょっとデカくなったからって歳上に勝てると思わないことね」
いつものやり取り。会長職から開放された音心とは今みたいな感じでよく勝負をするようになった。性差があるのに普通に負けるのは本当に何でなんだ。
「もー! みなさんあずを忘れてませんか! あずだって生徒会の仲間なんですからね!」
音心が抜けた後、新たに生徒会に迎えたのは立花さんだった。丁度帰宅部で暇してそうだったし、立花さんなら信頼出来るからね。目立ったところだと会長選挙でも操二と並んで頼りきりだった。
そして今、生徒会ではいじられキャラになっている。
「立花さんって意外と空気を読んで入ってこないことが多いよね。実は気の遣える子っていうか」
「この前生徒会室で一人の時に可愛い仕草を研究してたこともあったし、本当は凄い頑張り屋さんなんだよね」
「だーもうやめてください風評被害ですよ!!! 宮田先輩は後で仕事を手伝ってもらいます! 会長はそういうのじゃダメージ食らわなさそうなので宮田先輩にキスしますから!」
「させるわけないでしょ? 悟くんは私の彼氏だよ?」
「あず知ってるんですから。前に宮田先輩があずの写真にキスしてたこと」
「は?」
「何堂々と嘘言ってるの!?」
どこの世界線の記憶だよ!? 普通に気持ち悪いぞそれ!?
姦しいとはこのことだななんて思いながら会話をしてると、会場のドアがバン! と大きな音を立てて開いた。
「何だよ悟クン、一人でハーレムなんて羨ましいことしてんじゃん!」
「操二さえ良ければ今すぐ代わるよ。むしろ代わって欲しい」
「オレは好きな人居るからノーセンキューで! てかそれより聞いてよ、今島本が愛ちゃんに告ってとんでもないことになってんだよ!」
「え、愛さんが島本にじゃなくて?」
「そそ! だから沸いてんのよ! ほら早く!」
俺は背中を押されるがまま会場に連れて行かれる。
みんなとはぐれる前に、俺は愛哩の手を掴んだ。
「こういうのは愛哩が一番得意だろ! 俺だけじゃ荷が重い!」
「んふふ、良いの? 私は昔島本君に告白されたんだよ?」
「それでも上手いことするのが“長岡愛哩”でしょ!?」
「正解。私に任せてよ」
自信に満ちた表情で口元に笑みを浮かべる。いつもの余裕な愛哩だ。
(……悟くん、力強い。そういうところには男の子を感じちゃうな)
「そりゃ男だしね」
「だ、だから勝手に読むのはダメだって!」
別に恥ずかしいことを言ってたわけじゃないだろうに愛哩は頬を赤くする。付き合って半年くらいは経つけどまだそういうところはよくわからない。
だけど、もっと思い出を重ねればそれもいつかはわかるようになるのかな。まだ見ぬ未来を想像して、俺はふと笑う。
「……思い出を重ねるって、悟くんこそ恥ずかしいこと考えてるくせに」
「ホント勝手に読むなはこっちのセリフだよ!?」
──思ったことが筒抜けになってしまう。それは普通なら忌避されるべきことで、俺なんかに恋愛はおろか友達付き合いすら難しいと思っていた。
「ほら悟くん、早く行こ!」
それでも俺と対等でいてくれる愛哩なら。愛哩がそばに居てくれるのなら。
こうして俺もいろんな人と仲良く出来るんだろう。
だってそばには、それを既に軽々とこなす愛哩がいてくれるのだから。
心が見えるのは俺だけだと思っていたら、クラスのヒロインも同じだった件について しゃけ式 @sa1m0n
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます