第9話 救えた犠牲と間に合わなかった怒り
それからの行動は迅速に行われた。
とりあえず、秋貴は西側に向かう軍と北側に向かう軍で半分に分かれて行くというのをまだ聞いていない将軍に伝えておいた。
その際に西側へと進む軍団には、砦や山脈には注意するようには言っており、もし敵が現れても深入りはしないようにとも伝えている。
逆にグランディア帝国の者がいた場合は、即座に加勢して助けるようにも言及した。
後の細かい部分はエンテイたちに任せることになるが、そこは秋貴としても大丈夫だと思っている。
西側に行く将軍たちも戦力的にはそこそこバランスがいいのだ。
エンテイは前線で猛威を振るえる力があり、カーライルは弓兵だから視界が広く、戦場を見渡せるので臨機応変に行動でき、カロラインは援護として魔法兵を持っている。また、キヨヒメは奇襲や待ち伏せなどもできるので、伏兵や遊撃として使うことができる。
なので、西側で敵が現れたとしても秋貴自身は心配はしていない。それは、ゲームをしていた時に育てたキャラが早々やられる事は無いと無意識に思っているからこその考えでもあった。
そして、秋貴はウォーレスに相乗りされた状態で白馬に乗る。
「じゃあ、行こうか」
その言葉を聞いて、ウォーレスたちは北へと進軍し始めた。
西と北に分かれ3500人の軍団となった事で少しは進軍が速くなっているのがわかる。
また道中、斥候を放つ事でとりあえず先に何があるかという報告をされるが、山脈に差し掛かるまで今のところは特にこれといった報告は無かった。
「何もないな」
「だからといって焦る必要はありませぬ」
秋貴は後ろで手綱を持っているウォーレスに話しかける。
あまりに無言だとなんだか落ち着かないのだ。
エリスは前線に、ゴットハルトも近くにいない、ウズメに関しても後方なので実質話せるのがウォーレスしかいない。
だからといってうまく話せるかと言うとそうでもない。
この西洋武士は、素顔も分からないし性格もまだよく分からないのだから仕方がないのかもしれない。
せめて、顔さえ見せてくれてもいいとは思うのだが。
「? 帝、我の顔に何か?」
「いや、何でもないよ」
チラチラと見過ぎていたのか、首を傾げられた。
秋貴は誤魔化すように首を振る。
今は兎に角グランディア帝国のことを優先しなければいけない。
ウォーレスの素顔などは落ち着いた時に聞けばいい、そう思い思考を切り替えた。
「早く見つけてあげたいと思うと焦っちゃうね」
「その焦燥は仕方がありませぬ。誰だって親しい者が危機に陥っていると聞けばそうなります」
「うん」
秋貴は素直に頷く。
だが、秋貴はそれ以外にも懸念があった。
もしかしたら、グランディア帝国のプレイヤーであるヒオウという存在は、自分と同じ状況になっているのではないか、という懸念だ。
そうであるなら、自分と同じように動揺しているのかもしれない。しかも、殺し合いまで起きてしまっている。
あまり長い時間は掛けられない。
と、そこで軍の前方が俄かに騒がしいことに気づいた。
進んでいた足もいつのまにか止まっている。
それは何かがあったという事の知らせかもしれない。
いや、それこそ秋貴が待ち望んでいたものの可能性が高い。
秋貴は、いても立ってもいられずにウォーレスを向く。
「ウォーレス」
「御意」
一言声をかけただけでウォーレスは察したのか、白馬を操って軍の前方へと向かった。
伝令がくるのはわかっているが、その時間が惜しかった。
そして、秋貴とウォーレスが前方に来たところで、エリスとゴットハルトが揃っているのが見えた。
その二人の他に一人、斥候らしき兵士がいて息を切らせつつ何やら話している。
秋貴たちがそこへと近づいていくと、エリスが気づいたのか斥候の話をゴットハルトに任せて向かってきた。
「主よ、直ぐに伝令を向かわせようとしていたのだが、そちらでも何かあったのか?」
「いや、こっちが騒がしくなっていたから何があったのか気になって……」
「そうか。まぁ、主がここにきてくれたのなら話が早い」
そのエリスの言葉に、秋貴は緊張した面持ちで聞く。
「ここからではまだ見えないが、山脈に沿って行く先で戦闘が行われている。と言っても、人数の差がありすぎて一方的な展開になっているようだが」
「それは、どちらかがグランディア帝国ってこと?」
囃し立てるように秋貴はエリスに聞く。
一方的な展開と聞かされて、秋貴の頭の中ではグランディア帝国が優勢だと思わせてしまったが、それは違った。
「ああ、グランディア帝国が囲まれて攻められているそうだ。その背後は白い炎が上がっているとも聞いている」
「!!」
グランディア帝国の劣勢に驚愕して秋貴は絶句する。
まさか、ゲームで対戦していたあの強いグランディア帝国が劣勢などとあまりにも信じられなかった。
もしそうであるならば、ゲームのランキングでグランディア帝国よりも低いウルスラグナ皇国では太刀打ちできないかもしれない。
ゲームと現実は違うということだろうか。
秋貴は思わず身震いした。
それが、ここで初めて彼が危険だと自覚した瞬間だった。
グランディア帝国よりも強いというのなら、こちらと戦闘した場合かなりの被害を受けるだろう。
急に震えてきた身体。
恐怖というのは、自覚してしまえば抑える事が出来ない。
「如何いたしますか、帝」
そんな秋貴にウォーレスが話しかけてきた。
その落ち着いた静かな声色に、秋貴は後ろを見る。
西洋武士は彼を見ていない、だがそうしつつも口を開いた。
「帝、我が帝にした誓いをお忘れですか?」
(あ……)
思い浮かぶのは秋貴が皇帝になる決意をした時のこと。
あの時、この西洋武士は不安にならないように自分の命を賭けて守ると言ってくれた。
その言葉を違う誰かが言ったのなら信じられなかったかもしれないが、秋貴の眼に映る男のことは、どこか信じさせるような不思議な魅力があった。
だから、信じたのだ。
だから、ここで不安になる事などない。
秋貴はそれから前を向く。そこには、決意した瞳を持った秋貴がいた。
彼は腹の底から声を出すようにウォーレス達に檄を発した。
「グランディア帝国の者たちは今、囲まれて危機的状況だ! 一刻の猶予もない
! なら進軍の陣形を崩してでも速度を優先して向かえ!! 犠牲をこれ以上増やすな!」
「「はっ!!」」
速度を優先して走れば、周囲に走る音やそれによって発生する煙によって何かが近づいてきていると思わせられるかも知れない。
それを考えての行動だ。
そして、秋貴はもう一つ命令を近くにいた伝令に下す。
「後方の軍団は山脈に入って回り込むようにウズメに伝えてくれ!」
それを聞いた伝令はすぐさま後方へと走って行く。
後方の軍団について、後はウズメに任せおいても大丈夫だろう。
これで、後はもう目的地に向かうだけだ。
秋貴は、先ほどよりもさらに声を上げて周りに向けて叫んだ。
「さぁ、行こう! 進軍だ!」
目指す場所はもう直ぐだ。
秋貴は先頭を走る。
周りにはエリスやゴットハルト、その副将軍たちがついていく。
彼らは持ちうる限りの全速力で駆けた。
そのせいで陣形が間延びしたようになってしまっているが、構わずに走る。
山脈に沿って走って行くと、段々と近づいていっているのがわかった。
進む先に、何か怒声の様なものが聞こえてきたのだ。
それも近づいて行く度に大きくなってくる。
「帝、これより先は戦場ゆえ、お気を付けを!」
「わかった!」
ウォーレスに返答しつつも前を見ていた秋貴は、ついにその場所へとたどり着いた。
「これは……」
小高い丘になっていたところから見てみると、そこには何千人という者たちが何かを包囲しているところだった。
報告では白炎が上がっているという事だったが、今見たところそれは確認できない。
そして、その囲まれている中心には、
「あれは、グランディア帝国のアングリフ・ジーク軍団長か!?」
「っ!? 急ごう!!」
秋貴は、あの囲まれている人物が誰なのか見えたゴットハルトの言葉に、あるキャラを思い出す。
それはヒオウが初期キャラから育てていたキャラクターだ。
グランディア帝国の中では強さも、名声も、統率力も1番だと言っていたのを思い出す。
だが、そんなグランディア帝国で1番強いと言われているアングリフでさえも、相手の数に圧倒されている。
見たところ、彼の周りで生き残っているのはもう10人もいない。
そして更に一人、また一人と倒れていく。
その彼らを追い詰めている者達は、倒れている物言わぬグランディアの兵士たちを手に持つ剣や槍で
死んだ者に対する行いとしては到底許されない行いを嬉々としてするその者達に、秋貴は吐き気が込み上げてくる。
「何をしているんだ!!」
近くまで来た秋貴は思わず叫ぶ。
その声に、痛めつけていた兵士たちが一斉に秋貴を見る。
どうやら、楽しんでいたせいで気づいていなかった様だ。
だが、それとは別に秋貴たちが近づくことに気づいていたのか、彼らの目の前に出てくるものがいた。
それは赤い鎧をつけた男だった。
「今日は何ともうまく行くことがない日だな。騎士だけで
軍馬に乗り、槍を肩に担いでいるその男は、気怠そうにそんなことを言う。
秋貴は、その男の態度に何となく不快感が湧き上がってきた。
どこか見下す様なその眼が、否応無く嫌悪感を誘う。
「どこでもいいだろ。それよりも、その人達に何をしているんだ?」
秋貴の嫌悪感が言葉にも現れているのを感じとったのだろう。
赤騎士は舌打ちする。
「それを言ってどうする?」
「それを聞いてから俺たちの対応も変わると言えば分かるか?」
分かりきったことを聞く赤騎士に睨みつけながら秋貴は答える。
秋貴の周りには、現在ウズメが連れていった1500人の兵を除いて2000人。
それらが言葉一つで相手になると暗に伝える秋貴に、赤騎士はやれやれとでも言う様に首を振る。
「あーあー、嫌になるよなぁ。折角ここまできて邪魔が入るなんてよ」
まるでこれから始まるであろう楽しみを取り上げられたとでも言う様な言い方に、秋貴の顔が歪む。
その周りに控えているエリスやゴットハルト、他のウルスラグナの兵士たちは表情を動かさず、特に反応はしていない。
だが、その瞳は冷たく赤騎士たちを見つめていた。
秋貴達のそんな反応に赤騎士はため息をつく。
「俺たちはこのレニエアルドに『侵攻』してきたこいつらから国を守っただけだ。まぁ、それはお前らに対しても言えそうだがな」
「俺たちは侵攻なんてしようとは思っていないし、こっちとしても色々とあって、争うつもりもない。でも、その人たちは違うって?」
「そうさ。いきなり俺たちに対して攻撃してきたからな。だからこっちに非はないんだよ」
白々しくそんなことを告げる赤騎士に、秋貴は赤騎士に言った。
「おかしいな、俺が知ってるグランディア帝国はそんな事をするような国とは思えないんだけどな。ましてや、そこのアングリフ軍団長に至ってはそんなことをするとは思えない」
「……ちっ、なんだよ。ただの野次馬だと思ってたら知ってる奴かよ面倒臭い」
秋貴自身アングリフの性格など知らないから、実際はどうか分からない。
それでもヒオウの作ったキャラである白獅子がそんな事をするだろうか、という事も思っていた。
それに、城塞都市シグルドリーヴァを出るときに決めていたのだ。
グランディア帝国を助けると。
ならする事はこのままアングリフらを保護するということ。
出来れば話し合いで何とかしたいとは思っているが、秋貴の眼の前にいる赤騎士に対してそれは望み薄だろう。
だからいつでも号令をかけられる様に身構えたところで、秋貴は耳を疑う発言を聞いた。
「仕方ない。俺としてはこいつらを甚振ってレニエアルド皇国とこのベラクール様に楯突いたことを後悔させてやろうと思っていたが、これで終わりにしてやる」
「本当か?」
余りにも呆気なくそういうベラクールと名乗った赤騎士の言葉に秋貴は疑念の篭った目を向ける。
それにはベラクールも悲しそうに表情を歪めて口を開いた。
「おいおい、結構これでも俺は人と約束した事は守る方だ。信用してほしいね」
「お前の発言が信用できるという保証はあるのか?」
「酷いことをいうもんだな」
そう言いつつ、ベラクールは捕縛されたアングリフたちを部下たちに連れてくるように命じた。
そして、連れてこられたのは手を後ろ手で縛られている5人。
その内アングリフを含めた4人は血と土塗れ、また傷塗れのボロボロの状態で縛られており、一人だけ無傷の者がいた。
身長や身体の起伏からして外見で判断するならば少女だろう。
その少女の着ている衣装は他から見ても違うと分かるほど煌びやかだ。
顔が認識できないが秋貴はそれを見て誰なのかを理解すると、知らず安堵していた。
(ヒオウ、だよな? 良かった、生きてたんだ!)
もしかしたら、秋貴と唯一情報を共有できる存在。
そして、島津秋貴という一般人として接することができるかもしれない存在。
その存在でもあるヒオウが生きていたというだけで、込み上げてくるものがあった。
だが、まだ油断はできない。
改めて秋貴は気を引き締めると、ベラクールに告げた。
「縛っている縄を解いて、こっちに渡してほしい。全員一緒にだ」
「分かってるよ。そう急かすな……ほらよ、さっさと行きな」
秋貴に言われて嫌そうな顔をしつつも、ベラクールは言われた通りに全員の縄を解き、秋貴たちの方へと歩かせる。
アングリフたち4人はボロボロになった身体でフラフラと覚束無い足取りで歩いてくる。
どう見ても疲労困憊気味だ。
口を何度も開閉しているのも、限界を感じさせる。
そんな中で無傷であろう少女は、人種族であろう兵士の肩を支えていた。
他の兵士たちと比べても足取りはしっかりとしているその姿に安心して、息を吐く。
何とか間に合った。そんな思いが胸の内にある。
後は彼女と生き残っている者を連れて、まだ見ぬグランディア帝国へと送り届ければこの進軍も終わりだ。
そんな安心しきった表情を浮かべていた秋貴だが、ふと少女がこちらを見て何かを伝えようとしているのに気づいた。
だが、声が出ないのか秋貴にまで届いていないのか聞こえない。
何を伝えようとしているのか、疑問に思っていた秋貴だったが、そこで不意にウォーレスが呟いた。
「……逃げて?」
「え?」
何を? と秋貴が聞こうとウォーレスに振り返った時だった。
「『刺し貫け
ウォーレスへと振り返ったその後ろで、ベラクールの声が何かを唱えたと思った瞬間、何か聞いてはいけないものが耳を揺さぶった。
「………………は?」
秋貴は、まるで錆び付いた機械のようにゆっくりと前を向く。
そこには、ベラクールから秋貴までの直線上に、地面から
どうやらベラクールは魔法を使って秋貴に攻撃をしたようだった。
しかし、それにはエリスが察知していたのか、いつのまにか手に持ったハルバードを地面に振り下ろして棘を壊していた。
もしエリスが阻止しなければ秋貴に向かって土の棘は猛威を振るっていただろう。
だが、秋貴はそれに気づいていない。
当然だ。秋貴の視線はそこに釘付けだったのだから。
「たしかに俺は人との約束は守るっていったがな」
何か小馬鹿にしたような煩わしい声が秋貴の耳に入ってくる。
「獣どもと一緒に仲良くしてる奴らを俺が人と思うわけないだろ?」
それすらも聞こえないかのように秋貴は震える身体を総動員して、その場所へと向かおうとし、白馬から転げ落ちようとしたところをウォーレスに支えられて事なきことを得る。
「お前らみたいに獣どもと共存しようとする奴らをこの国ではなんていうか知ってるか? 」
ゆっくりと、それに秋貴は近づいていく。
嘲笑するような声を出す誰かは自分の言葉に酔っているのか、再び魔法で狙ってくる事はない。
「
笑い声が煩い、そう思いつつ歩く。
そして、秋貴はそれにたどり着く。
目に映るそれは、異様なオブジェにも見えた。
全員がどこかしらを土の棘に貫かれている。
頭と胸の真ん中を貫かれている兵士が3人。即死だったのだろう。
力なく棘にぶら下がっている。
アングリフは生きているようだが、足を貫かれてしまって身動きができていない。
何とか棘を壊そうとしているが力が出ないのかうまくいっていないようだった。
そんな中でも、秋貴は一つしか見ていなかった。
彼女は、背後からお腹を貫かれていた。
即死とまではいかないが、明らかに致命傷のそれ。
生命力の源でもある血液が土の棘を伝って流れ落ちていく。
その光景を呆然と見ている秋貴の横に、いつのまにかウォーレスが来ていた。
ウォーレスは静かに腰に差していた刀を抜くと、少女とアングリフに刺さっていた棘を紙のように切る。
アングリフは、切られた棘が刺さったままウォーレスに受け止められ支えられる中、弱々しく何度も頼むと言い続け、それから直ぐに意識を失ってしまった。
そして秋貴は、切ったことで支えを失うかのように倒れこもうとする少女を、咄嗟に受け止めていた。
その手の中にはようやく、助けようと思っていた少女がいる。
しかし、喜べることなんて一つもなかった。
「ウォーレス、魔法を使って治療を……」
秋貴はすがる様にウォーレスを見る。
だが、アングリフを支えている男は首を横に振るだけだった。
「帝、ここでは魔法の威力は弱くなっております故、魔法でこの傷を治す事はできませぬ」
(なんで……)
こんなに理不尽なのだろう。
秋貴はそう思わずにいられなかった。
自分からここに来たわけではない。巻き込まれて来てしまっているのだ。
なのにこの少女の最後が、こんな無残なものになるなど間違っている。
少女の力無く垂れたその手を、秋貴は強く強く握りしめた。
「カハッ!」
「だ、大丈夫かっ!?」
すると、そこで意識が戻ったのか血を吐いて少女が咳き込んだ。
だが、意識が戻ってもそれは一時的なものだろうというのが少女の顔色で分かる。
秋貴は、それでも必死に声を掛けた。
「……か……たす……て……」
「あ、ああ! 大丈夫だ! 助ける!助けるから!!」
秋貴が声を掛ける。少女に生きていて欲しいがために、嘘を言ってしまう。
だが少女には聞こえておらず、また目が見えていないのか震える手を空に伸ばしながら、彼女は蚊の鳴くような声で言い続ける。
たすけて、と。
「……か……たす……て。……た……け、て……」
(ああ、畜生。俺は本当に馬鹿だ。大馬鹿だ!)
悔しくて涙が溢れてきそうになる。何もできない自分に嫌気がさす。
人を助ける医療の知識なんて全くない。
もしかしたらどこかで習ったのかも知れないが、興味がないことを真剣になんて聞いているはずがない。
だからこのままどんどん命を失っていく少女を眺めていることしかできない。
「…………て……」
「……ごめん。…………ごめんな」
そして、少女は手を伸ばしながら同じ言葉を言い続けて暫くし、息を引き取るようにその命を終えた。
そこで、今まで見えていなかった顔がようやく見えた。
腰まである茶髪を纏めて緩い三つ編みにした、藍色の瞳の少女。
その表情は縋るように、また懇願するようにも見えていた。
だが、最早その瞳は虚空を眺めて動くことはない。
秋貴は、そんな彼女を抱き締めて謝罪する。
早く見つけられなくてごめん。助けることができなくてごめん。治すことができなくてごめん。
そのどれもが、まるで自分を許して欲しくて言っているように思えて自己嫌悪に陥ってしまう。
だけど、出る言葉はそれしか無かった。
「ふん、お別れは済んだか? いい加減待つのも限界なんだ」
「…………」
その声に秋貴は顔を上げて、ベラクールを見た。
そこには、エリスとゴットハルトが秋貴を守るようにベラクールと対峙している姿があった。
秋貴が誰にも害されないようにそうしてくれていたようだが、そんな事を彼は気にしていなかった。
(こいつが……)
心臓の音が煩いほどに鳴っている。
息苦しくてめまいを起こしそうで、秋貴の全身が怒りによって震えている。
(こいつが、殺した)
もの言わぬ少女を抱きしめ、この元凶を作った男を睨みつける。
秋貴にとってそれは、初めて見せる殺気でもあった。
それを一身に受けた男は、不愉快そうに眉をしかめる。
「その目、気に食わんな」
ベラクールはそう言うと、持っていた槍を上に掲げる。
その動作が、どういった意味を持つのかは相手の騎士たちを見れば明らかだ。
「残念だったな。もう少し早く辿り着いていればお前たちの方が有利だったようだが、今はもう増援が来たことでここには4000の兵がいる」
ベラクールのいう通り、今ここで対峙している秋貴の兵は2000。
例えウズメの軍団がいたとしても相手の方が数が勝っているだろう。
「それが、どうした」
だが、秋貴はそんなものに怯まない。
こんな事をする相手に怯えることは絶対にしたくない。
だから、秋貴は少女の亡骸を抱きながら真っ直ぐベラクールを睨みつけた。
「お前たちがどれだけ数が多かろうが関係ない」
そう、関係ない。
ここには秋貴を守ると、立ち塞がる障害を打ち破ると誓った将軍たちがいる。
そして彼らに、この先を迷わず進んで欲しいと言われていた。
なら、秋貴が言う言葉は決まっている。
「ウォーレス、エリス、ゴットハルト」
「「「はっ!」」」
秋貴の言葉に、3人の将軍はそれぞれ武器を構えた。
一人は刀を、一人はハルバードを、一人は槍を。
そして、それに倣うようにウルスラグナ皇国の兵士たちが一斉に武器を抜き放つ。
「さぁ、戦おう! 悪辣な行いをするあいつらを、一人残らず打ち破れ!」
「「「ウオオオォォオォォオォッッッ!!!!」」」
どこまでも響くような咆哮を上げ、ウルスラグナ皇国軍2000人はレニエアルド皇国軍4000人へと突撃する。
戦いの火蓋が、切って落とされた。
FANTASY OF WAR ~異世界戦国物語~ 本田 徹甲 @index1010
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