第8話 進軍経路による分岐地点
アングリフたちがガルド隊によって混乱した敵の隙をついて逃げ始めた時、秋貴率いるウルスラグナ皇国軍は城塞都市シグルドリーヴァの麓の森まで出ていた。
「ここにゴットハルトが待っているって話だけど……」
「今しばらくお待ちを。じきにここに来ます故」
「サムライがいるなら私は離れていいか? 奴に会うと面倒で仕方がない」
白い軍馬に相乗りされながら呟いた秋貴に、後ろで手綱を持っているウォーレスは答える。
その際、一緒にいるエリスは心底嫌そうに顔を歪めながら溜息を吐く。
端整な顔を歪ませるほどにエリスはゴットハルトに会いたくないようだ。
だが、ウォーレスはそんなエリスにキッパリと言った。
「それは承諾できぬ」
「どうしてだ?」
「あの堅物には、お主がいてくれた方が何かと扱い易いのでな」
「……貴様、さりげなく酷い事を言っているぞ?」
「それは少し冗談として、今後の進行する経路についてどうするか話し合いたいのだ」
冗談に半眼となっていたエリスに対して、ウォーレスは誤魔化すように手を振りつつ理由を話す。
エリスは肩を竦めて先を促した。いちいち構ってられないという事なのかもしれない。
そうした態度を取られても意に介さないのか、ウォーレスは分かったとでもいうように頷き話を続ける。
「我が軍は、現在7千という大軍。その軍の進む場所によってはグランディア帝国と争っていたと思われる者たちに補足される可能性は高い。そうなればグランディア帝国の者たちを助けるのにも難しくなってしまうかもしれませぬ。だからこそ考えなくてはならないのです。いかに早く、見つからず、グランディア帝国の者を救えるかを」
「うん、どちらも必要なことだね。難しいだろうけど……」
秋貴も、それを聞いて肯定するように首を縦に振る。
ウォーレスが言う事は、あくまで理想的に行ければという前提の話だろう。
だがそれくらいの気持ちでいかなければ、もしかしたら助けられなくなるのかもしれない。
ならばそれを実行するしかない。
「っと、どうやらゴットハルトが来たようですな」
「ん? あれは……ルイとロイも一緒か」
と、そこでウォーレスとエリスの二人が、3頭の軍馬が駆けてくるのを見てそれぞれそんな事を言った。
3頭の中で先頭を駆けているのは、逆立てた金の短髪に人を射殺さんばかりの鋭い目つきの30代くらいの男。銀の重装鎧に赤いマントを付けたその姿は、顔以外で見れば騎士そのもの。
秋貴はその姿を見て直ぐに分かった。間違いない。ゴットハルト・ノイラート、十将軍の一人だ。
そして、その後ろの二人はエリスのいう様に彼女直属の副将軍であるルイとロイだろう。
ロイは人種族で、中肉中背の赤い髪に青い瞳をした男だ。見た目的にもまだ若く、もしかしたら秋貴と年が近いのかもしれない。
その男が、何やら駆けながらも隣の女性と言い争っている。
その言い争っていると思われるもう一人は、頭に二本の立派な角を持っている。鹿の獣人だ。
茶色と白色が混じった長い髪を編み込んで整えており、銀の瞳はどこか冷たい印象を思い浮かばせる。
どちらもゴットハルトのような重装鎧ではなく、シンプルな銀の鎧を付けていた。
そんな3人は、秋貴の前へくると軍馬を降りて秋貴の前で跪く。
先ほどまで言い争っていた2人も、いつの間にか口論をやめてゴットハルトに静かに倣っている。
そこで、馬上でのやり取りは流石にあれかなと思ったのか、秋貴はウォーレスによって白馬から降ろされ対面する。
「遅くなり誠に申し訳ありません、陛下」
「だ、大丈夫」
そうかしこまる様に告げるゴットハルト。
返事に若干どもってしまったが、相手はそれに気付いていないのか特に何も言われない。
ウォーレスやエリスが一緒にいる事で、中身がゴットハルトたちの
一先ずは安心、ということになるだろうか。
ゴットハルトはそのままの姿勢で、それは何よりでありますと口上を述べている。
その姿は忠誠を誓う騎士そのものであるともいえるだろう。
なのに、その後ろの二人は何やら無言でやり合っていた。肘で小突き合っているのは、今はそれしかできないからだろうか。
それを見て何故だかエリスは複雑な表情をしつつ「仲が良いのはいいことだが、ここでするには些か節度に欠けるな」と自分を棚に上げてそんな事を呟いている。
仲が特別いいようには見えない秋貴だったが、エリスにしか分からない事があるのだろうと思いゴットハルトに先を促した。
ゴットハルト自身は、後ろで何かをしていることに気づいていないのか、跪いた状態で顔を上げて話し始めた。
「現在、この麓周辺での不審な者はおりません。ですが、出来るならば軍を二つに分けて進むことを進言いたします」
「? なんでかな?」
「はっ、7千という大軍は一度に動くとなれば速度が落ちることは明白です。それならば少しでも速度を速めるためにも軍を二つに分け、山脈に向かった方が効率的かと……」
ゴットハルトは固い口調で秋貴にそう進言する。
秋貴はそれに考える。ウォーレスが言っていた理想的なものは、敵に見つからず、また速く動くこと。
だがこの状況であれば、もしどちらを優先するかというのなら速度だろう。
見つかったとしても、進軍速度が早ければ追いつかれる間に対策を講じることができる。
また、二つに分ければ捜索する範囲も広くなる。
だから、秋貴も目の前の騎士の進言に頷いた。
「分かった。それじゃあ軍を二つに……そうだな、山脈の北に向かう軍と、西側に向かう軍に分けよう。戦力もなるべく半分になるように編成していきたい」
「はっ!」
秋貴の言葉に、ゴットハルトは
二つに分けるとするならば色々と各将軍の特性を考えて選ばなければいけない。
そう思いつつも秋貴は3人には一緒に来てほしいと考えていた。
理由としては、バランスが良いからだ。
ウォーレスは秋貴の護衛として、エリスは攻撃するときの要として(ルイとロイはそのサポート)、ゴットハルトは現在この中で地理に詳しく、二人の間をとって臨機応変に動くことができる。
そう考えると、この3人は性格的には色々と合わなそうではあるが、戦力的に見ればこれほどバランスの良いものはない。
「とりあえず、ウォーレス、エリス、ゴットハルトは一緒に来てほしい」
秋貴の言葉に、3人はそれぞれ肯定するように礼をする。
3人の誰もが、自分が付いていなくて誰が付くんだという気持ちがそれぞれの姿から垣間見えた。
あまりにもその自己主張の強さに苦い笑みが浮かぶ秋貴。
だが、そういった彼らだからこそ秋貴も安心して色々と任せられる。
そして後の一人を秋貴はどうするのか考え、それを決めた。
一緒に来ることになるその最後の一人を決めて、とりあえずその事を直接伝えようとルイとロイに呼びに行かせた(その後の二人は進軍の準備のためそのまま離れた)のだが、
「戦ですかっ!? それならこのボクにお任せください! それはもう見事な
「ウズメ、落ち着け。陛下の御前だぞ」
「相変わらず、ウズメは戦となると嬉しそうであるな。まぁ、我とて分からぬでもないが」
「そうか? 戦争など面倒で対して面白くもないものだと思うが……」
ウズメのテンションの高さに秋貴は圧倒された。
ゴットハルトはそれを見てウズメに対し、秋貴に礼をしろと言いつつ頭を押さえる。
ウォーレスとエリスは二人して、やれやれとでもいうようにお互いが首を振っていることからこれもまたいつものやり取りなのだろう。
そして、言動や額の角を除けばまるで子供のようにはしゃぐ彼女は、現代で見ればそこらにいる明るい少女にも見える。
(うーん、それが敵を舞うように倒していくっていうのが想像つかない)
アメノウズメというキャラをイベントで手に入れた時の説明には、神刀流という剣舞と抜刀術を合わせた流派を彼女が使うという事が書いてあった。
正直、秋貴にはこんなに騒がしくはしゃぐ彼女が華麗に舞う姿が思い浮かばない。
ゲームではただ攻撃するだけのモーションだったので『舞う』というのを具体的には見た事は無い。
まぁ、それも見ればどんなものか分かるだろう。
そう思いつつ、秋貴はゴットハルトに押さえられて呻いているウズメに話しかける。
「ウズメ、今回君は俺と共に来て戦ってほしい。その際は、遊軍として動いてもらう形になると思う」
遊軍。それはすなわち決められた役割はなく、時機によって様々な行動を必要に応じて行う部隊。
ウォーレスたちの役割は、3人でほぼバランスよくできている。
そこで後は自由に動ける部隊を用意して、急な事態に対応できるようにしたかった。
それに、そういうのはゲームの時のウズメがやっていた役割と一緒だ。きっとこなしてくれるだろう。
そうしたことも踏まえて伝えた時、ウズメは押さえられている筈の頭を押し返す様にガバッと上げた。
その目は戦と分かってキラキラしていた瞳よりも更に輝いていた。
「遊軍ですかっ!? それは良いですね! まさにそれはボクに相応しいです!」
「いい加減にしろ」
若干その表情に引き気味になった秋貴に、更に詰め寄ろうとしたところをゴットハルトによって拳を叩きつけられた。
あまりにも力が入っていたのか、ウズメは両手で頭を押さえてその場で
「君はまずその癖を早々にどうにかしろ。陛下の前では常に静かにしていろといっていただろう」
「ゴ、ゴメンナサイ……」
嘆息するゴットハルトは、厳つい顔の割にはその言動からどこか面倒見が良さそうな感じがしてくる。
秋貴としてもグイグイくるウズメに若干引き気味だったが、今はそんな事を言っている状況でもないため流すことにして口を閉じたままだ。
それを見計らったのか、ウォーレスが口を開く。
「その辺りでとりあえず戯れ事は止めにして……。では帝、他の将軍たちにもこのことを伝えてまいりましょう」
「後は二つに分けた軍をどこに向かわせるか、だな」
エリスがウォーレスに同意しつつ、顎に手を当てて考え込む。
二つに分けた軍をどうすれば上手く運用できるか、果てはグランディア帝国と接触するためにはどうするかを決めなくてはいけない。
秋貴もそこをどうするか考える為に、ウォーレスから受け取っていた地図を開く。
地図を見れば、西に行くのであれば山脈の南側から入る事になる。その際には森の中にある砦を背後にしていくことになるのでそこを警戒しなくてはいけない。
北に行くとなると、そこはまだ先が良く分からない。山脈の東側を沿って通り、北側に回り込む事になるが、それ以降どんなものがあるかはまだ未調査なのだ。
あるか無いかで考えるのなら、最悪を想定していた方が事態の収拾速度にも違いがでるだろう。
なので普通なら秋貴は西から山脈に入った方が比較的安全であるかと思うのだが、秋貴は敢えてウォーレスたちに告げた。
「俺は、北に向かいたい」
「帝、その理由を伺いたく思います」
当然、ウォーレスたちは疑問に思うだろう。
秋貴は頷くと、その理由を話した。
「西は背後にどこの者か分からない砦はあるだろうけど、それでも俺たちの国にまだ比較的近い位置だ。撤退するときにはその距離が安心できる要素にもなるかもしれない。それとは逆に北に行くとなると地図がまだそこまで正確には出来ないから、何が何処にあるかなんてわからない。でも、考えたんだ」
秋貴は一呼吸置いて口を開く。
「可能性として挙げるんだけど、もし森の中にある砦の兵とグランディア帝国の兵が争っていたとして、グランディア帝国の兵が押し込んでいたらどうなるだろう?」
「ふむ、そうなったらあの森の砦に近いところまで来ているかもしれない、か」
エリスがその質問に答える。
秋貴は肯定するように頷いた。
「うん。でもそうなったなら俺たちに情報が来ていると思うんだ。でも、来ていないんだとしたら……」
「グランディア帝国が押されて北に逃げているという可能性があるということか」
「まぁ、それは北と南に分かれて争っていたっていう限定した話だから一概には言えないけど」
説明してから苦笑する秋貴に、将軍の4人はそれぞれ首を振った。
「帝のいう可能性も考えられますな。もしかしたら、西と東のどちらかに逃げている、またはすでに山脈を抜けてしまっている事も考えられますが、そんなことまで考えてしまってはキリが無い。なら我らはそれを考慮しつつ進むまでですな」
「私としては主には安全なところにいて欲しいのだが、行くというのなら付いていくだけだ」
「このゴットハルト、陛下が御命令すればいかようにも従いましょう」
「ボクとしてはどこに行っても楽しめるから問題ありませんよヘイカ!」
そう言ってもらえた秋貴は、感謝するように頷く。
もしかしたらこの考え自体が見当違いになっていることもあるだろうが、決定するのは秋貴一人しかいない。
だが、そうした不安になりそうな気持ちを彼らは後押ししてくれる。
ならもう今は迷うな。自分で言った事の責任は、他人に押し付けることは出来ないのだから。
秋貴は緊張で喉を鳴らすが、その気持ちを表すかのように真っ直ぐに彼らを見つめて頷いた。
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