第7話 闘争の果て……。



陽が出始めた朝のこと。

そこには山脈を囲むように半円状になって陣をく人種族だけの兵たちと、囲まれたアングリフらグランディア帝国の兵士たちが向き合っていた。

アングリフたちの背後は崖になっていることから、人種族たちの兵はアングリフたちを囲むように半円の陣を展開している。そしてアングリフの懸念する敵の魔法兵は、彼から見ても分かるようなローブ姿で、正面後方の位置に配置されている。


考えられるのは、相手の魔法兵が一斉に魔法を放ってアングリフらに被害と混乱を与えてから兵を出してくるという基本的な作戦だ。

兵の数は、敵が約6000人でグランディア帝国は約500人。

もしかしたら何か違う作戦を相手が考えているのかもしれないと思っていたが、どうやら5500人もの兵数の差があるためにその必要性は感じなかったようだ。

これだけの差があれば小細工を使わなくても正攻法で勝てる。そう言われている様にも感じてしまう陣形だった。


「全く、実際に見てみても嫌になるほどの劣勢だな」

「それは分かっていた事だろ?」

「それもそうだな」


近くにいたガルドの返しにアングリフは軽く笑う。

最早、この後始まる戦いで話す事はなくなるだろう。

だがあえてその事に二人は触れなかった。まるでいつもの事だとでもいうように、ガルドはアングリフに向かって手を振った。


「んじゃあ、俺様はもう行くぜ。アングリフ軍団長、後は任せたからな」

「ああ、ヒオウ陛下は必ず守る。だから何の憂いもなく戦ってくれ」


了解、そう気軽に答えたガルドは自分の部隊へと向かって去っていった。

そろそろ始まろうとしているのを肌で感じる。

今は横隊陣形だが、相手が攻めてきたと同時にガルド隊300人が矢印のような陣形で突撃する手筈となっている。

この突撃には全て獣人や亜人など足の速い者や比較的怪我が少ない者が中心となっている。

また意識があるが走る事もできない重傷者も、連れていけない事を分かっているのか残ってアングリフら本命の足止めをしようと体に鞭を打って参戦している。

まさに総力戦だ。


「さて、上手くはまってくれるといいんだが……」


そうポツリとつぶやいたアングリフは、王のいる後方へ下がっていく。

その時が来るまで、少しでも不安を無くす準備をするために。



その時が来たのは、それから一時間後だった。

相手の半円となっていた陣形が、Vの形になり進んできた。相手の奥深くまで攻め立てると左右から包囲されてしまうこの陣形は、アングリフたちが行う作戦を考えると相性の悪い陣形だ。

だが、これは基本的な陣形という事で予想できていた。相性が悪いという事も分かっている。


あの陣形を崩すのに考えられる事は2つ。1つは、囲まれないように同じ陣形で挑むこと。しかし、これには同程度の兵数が必要になってくる。兵力差が明らかな状況ではそんな事をしても横に広がったせいで厚みを失い、瓦解してしまう事は分かり切っている。


ならばとるべき手段はもう一つ、一点に集中的に攻め立てて包囲を破るというものだ。これは側面からの攻撃に対して非常に脆いが、敵より少ない兵数である場合の正面突破に効果がある。

そういう意味で賭けともなる作戦ではあるが、それでも相手の意表を突くのにこれほどの作戦はなかった。


それを実行する為にガルドたちはいつ突撃するのかを伺っている。

敵の真ん中後方には魔法兵がいるが、まだ魔法を放ってきてはこない。そのまま進んでくる。

どうもまだ魔法などの射程圏内にはいないようだ。


「さて、お前ら覚悟はいいか?」


ガルドは部隊の戦闘に立ちながら敵を見据えながら言った。

既に戦闘態勢に入っている周りの部下たちは、その返答として言葉ではなく武器を構えることで答える。

チラリと部下を見たガルドは笑う。

そして、ガルドは敵も味方にも聞こえるように、そして仲間を鼓舞するかのように叫んだ。


「我らは誇り高きグランディアの戦士! この危機を切り開くは停滞ではなく進む事にあり! いくぞ!! 突撃ぃ!」

「「おおおおおおおぉぉぉぉっ!!」」


その言葉と同時にガルド隊300人は陣形を矢印の形に変え、ときの声を上げて敵陣に突撃を敢行した。

ガルドが敵陣を見ると、アングリフとガルドが思っていた通り逆に攻勢に出られるとは思ってなかったのか陣形に乱れが出ており、少なからず動揺しているのが分かった。


そして、後方にいる魔法兵も同じなのか射程圏内であると思われる距離に達しても放ってはこない。

まさかこれほど上手くいくとは思っていなかったガルドは、笑みを深くして先頭をひた走る。


「さぁ、最初に俺様の餌食になる奴はどいつだっ!?」


腰から抜き放った剣を掲げて敵陣へと突撃していくその姿は獣人特有の速さもあってか、まるで軍馬に乗った騎士のような迫力があった。

このまま敵へとぶつかれば、かなりの打撃を与える事ができる。

それを確信できたガルドの口が深い笑みを作った時だった。

突如後方から爆発音がしたかと思うと、仲間の悲鳴が聞こえた。


(なんだ!?)


ガルドがそう思った瞬間、ローブを着ていた敵が一斉にそれを脱ぎ捨てる。その姿は、鎧を着た重装備の兵士そのもの。ではない。


(まさか、俺様たちが反撃してくるのを知っていたのか!?)


魔法兵の攻撃は真横からきていた。

ということは、ガルドが思った通りこうなる事を考えての配置としか思えない。

既に引き返せない所まで来てしまっているガルド隊は、魔法兵に対して何もできることはない。

ただ魔法の餌食になるしかなく、このままでは何も出来ずに全滅してしまう。


(くそったれ! こうなったら固有魔法を使って……)


できることなら、使うと1日魔法を使えなくなってしまう固有魔法は敵とぶつかってからにしたかったが、そうも言っていられない。

使わなければここで死んでしまうのだ。

すぐに決断したガルドは、自らの固有魔法を使おうとした、その時、突如ガルド隊の身体を暖かい光が包み込んだ。


突然の事に驚きを隠せなかったガルドだが、このには身に覚えがある。

それは、アングリフが持つ固有魔法だ。

あの白獅子の固有魔法は、認識出来る味方に障壁を纏わせること。

それは、固有魔法だけあってほぼ全ての魔法と遠距離からくる攻撃を無効化するものだ。

その固有魔法を使ったということはアングリフもガルド同様、敵の魔法兵が放った魔法でガルド隊が窮地に追い込まれると分かったからだろう。


知らず拳に力が入った。

固有魔法を使ったということは、アングリフは翌日のこの時まで魔法を一切使えず、行動にもかなりの負担を負いながら逃げることになる。

それは、王を守るのがより困難になる事を意味した。

どうしてそれをここで使ったのか、今は遠くにいるアングリフに詰め寄りたい思いがあるが、それ以上に思うことがある。


(くそっ! 不甲斐ねぇ)


ガルドは苦々しい思いとともに舌打ちする。

アングリフは、ガルドが固有魔法を使おうとしていたことに気付いた。

だが、ガルドの固有魔法は多人数相手にはあまり効果的とは言えず、また、仲間を助けるような補助的なものでもない。

ここで忘れてはならないのは、彼らが逃げる為に行う最も重要な一手がこの突撃にある事だ。

それが最初の段階でつまづいてしまってはその後のことが全て水の泡になってしまう。

現に、魔法兵による側面からの攻撃で突撃していたガルド隊の陣形に影響を与えてしまっていた。


だからこれ以上の被害を抑え、敵を混乱させる為にもアングリフは固有魔法を使わざるを得なかったのだ。

それくらいの事はガルドも分かっているからこそ自分に対して悪態を吐く。

なら、これ以上不甲斐ない姿をアングリフに見せない為にも、ガルドは声を張り上げた。


「これ以上、軍団長の手を煩わせるな!! 進み続けろぉ!!」

「「おおおぉぉぉぉぉっ!!」」


側面からはまだ絶えず魔法が放たれる。地面がその影響で弾け、抉られ、元の形からかけ離れていく。

だが、直撃を受けているであろうガルド隊はそれらを意に介した様子も見せずに声を上げて駆けていく。

アングリフの固有魔法が、魔法障壁が敵の放つ魔法をことごとく弾いた。


もはや魔法では止まる事はない。あのグランディア帝国最強と言われるアングリフの固有魔法なのだ。

それに対して絶大な信頼を寄せているガルド隊は、もう目の前しか見えていない。

目の前に魔法で作られた炎が、雷が、水が落ちてくる。だが、止まらない。


そんな些細なことで足を止めることなどグランディア帝国の恥だというように、ガルド隊の誰もが鬨の声を張り上げる。

目指すものは誰一人としてたがえていなかった。

既に、敵とあと100mの所まで来ている。魔法も流石にそこまでくると放つ事はできなくなったらしい。

明らかに魔法の数が減っていた。

ガルドが獰猛な笑みを浮かべる。これで敵の懐に入ったと確信したからだ。


その表情は、間近で見た敵にとっては恐ろしいものに見えただろう。

ここまで来れば、後は力で押し切るのみだ。

ここまで散々やられ、追い詰められた鬱憤を、また倒れた仲間たちの無念を晴らすようにガルドは敵の先頭に立つ兵士にぶつける勢いで突っ込んだ。


「行くぞ! 思い知れえええぇぇっ!!」


そして、ガルド隊は敵陣の真ん中へと勢いを殺すどころか増して切り込んでいく。

決死の撤退戦の一手が、成功した瞬間であった。



――――――――――――――――



「成功したか」

「そのようです。ガルド副団長ならば、あそこまで行けばやってくれるでしょう」


敵陣の中央が、かなりの勢いで食い破られていくのをアングリフは眺める。

相手の予想外の攻撃に固有魔法を使わざるを得なかったのだが、それだけガルド隊に果たす役割が重要だった。

そして、それが功をなして混乱と動揺を生じさせているのもわかった。ガルド隊はその役目を果たしたのだ。

近くにいる女将兵も一緒に見ていたが、それからまるで振り切るようにアングリフに顔を向けると毅然とした表情で言った。


「では、アングリフ軍団長。ヒオウ陛下を連れて撤退を」

「ああ、お前たちは北を目指せ。こっちは南を目指す」

「分かりました」


女将兵は一つ頷く。アングリフも彼女に頷き、切実な思いを込めて告げた。


「頼んだぞ」

「はっ」


今度は深く礼をとってから、女将兵はその場を立ち去った。

アングリフも、直ぐに行動する為に移動する。

そこには丁度、王が人種族の女兵士たちに支えられて出てくる所だった。

だが、相変わらずアングリフ等人とは違う種族の者が近づくと怯えるのは変わらない。

白獅子に気付いた王は、近くにいる人種族の兵士の後ろへと咄嗟に隠れてしまうことからもそれが伺えた。

それでも、アングリフは近づけるギリギリのところで止まり、膝をついて言った。


「ヒオウ陛下、ご安心を。じきに安全な場所へとお送りいたします」

「………」


返答はない。しかし、それでもかまわないと白獅子は思う。

刻一刻と迫る状況なのだ。

時間をかけてしまえば、より今の状況が悪化するのは目に見えている。

そして、その考えは当たっていた。


「軍団長! 敵兵の一部がこちらに向かってきます!」


ガルド隊が中央を食い破っている中、左右に位置する魔法兵と騎士や重装備の兵士が、ガルド隊を包囲する者と後方に位置するアングリフらへと向かう兵に分かれたのだ。

その数は、アングリフたち本命と囮を合わせて約200人に対し、敵はおよそ1000人。

ガルド隊を殲滅するのに全軍で囲むことはせず、一部をこちらの殲滅に当ててくることからもアングリフたち全員を生きて返さないというのが伝わってくる。


「分かった」


白獅子は伝えてきた兵士に頷くと、残っている兵士たちに声をあげた。


「重傷のものは言った通りここで奴らの足止めを。動ける者は崖を降りて撤退だ!」


それを聞いた兵士たちは素早く行動に移す。


「急げ! 手間取る分敵が近づくぞ!」


もはや、一刻の猶予もないとばかりにその動きは素早い。

彼らの王も、近くにいる兵士に抱きかかえられ真っ先に崖から降りていった。

王はその際かなり大きな声を出していたが、それに構っている余裕は今のところ誰にもなかった。

そして、それに続くように兵士たちもそれぞれ崖を駆け下りていく。


崖下には前日の夜に軍馬を隠しているので、それに乗って安全な所へと運ぶ手筈となっており、また、幸いにも崖の下は木々が生い茂っている為に追っ手を撒くのに好都合でもある。


すると、敵の騎士が次々と崖から降りていくグランディアの兵士たちに気づくと、逃がさないとばかりに突出するように駆け出してくる。

森の中で追いつこうとするよりも、今ここで追いついた方が殲滅するのに容易だと考えたのだろう。


「ちっ、意外に来るのが早いな」


舌打ちするようにアングリフは用意した弓を構える。

なるべく多くの仲間が逃げられるように、ギリギリまで足止めをしようと考えての行動だ。


「お前たちは先に行っていろ! 俺も直ぐに追いつく!」


その姿に、共に残って足止めをしようとする者もいたが、白獅子は先に行くように促しつつ、敵へと矢を放つ。

そして重傷の者は、迫りくる敵兵たちの脅威を感じつつ崖下に降りていく仲間たちを笑顔で見送るように手を振った。その笑みは、自分が死ぬことを受け入れたからこそできる表情でもあった。


「ここは任せろ! 陛下の事は頼んだぞ!」

「俺たちの分まで必ず守ってくれよ!!」


そして口々に言い終わると、満足に動けない彼らは激痛を堪えて迫り来る敵騎士に向き直る。

片腕片足となった者は、力の入らない手に剣や槍を持ち体一つでぶつかる様に敵騎士へと突撃したり、座り込んだまま震える手で矢をつがえて、一人でも道連れにしようと何度も何度も弓を射る。

最早立つことも出来ない者は自身の命を削る様に、この後の事を何も考えてないことが分かる程の魔法を撃ち続ける。


だが、そんな彼らを嘲笑うかのように、片腕で剣や槍を持って騎士へと突撃した者が敵の持つ突撃槍にくし刺しになり、また凶器と化した速度で迫る軍馬に踏み潰される。

弓を射る者は敵騎士の鎧によって矢が跳ね返され、同様に鎧を付けられている軍馬にも中々当たらない。

魔法でさえも、狙いが定まらず簡単に避けられて詰め寄られてしまう。

既に死に体である彼らは、普段なら簡単に出来ることがもうできなかった。だから、蹂躙されるように敵騎士たちは持っている突撃槍や剣で止めを刺そうとする。


ほぞを噛む気持ちで、アングリフはそれを見ながら矢を放ち続ける。

明らかにそれは戦いになってはいなかった。相手にならないとばかりに軽く撫でられるだけで終わる命。

足止めをしている者たちは、それほど身体が弱っていたのだ。

だが、例え戦いにならなくとも彼らは諦めない。

自身が栄誉あるグランディア帝国の一員であることに誇りを持ち『任せろ』と言ったのだ。

ならばここから先へは、例え死体となろうとも食い止めなければ陛下を連れていった者たちに顔を向けられない。

だから、


「い、かせるかぁ!!」

「っ!!?」


突撃槍によって串刺しにされた者は、それでも手放さなかった自身の槍を敵騎士へと突き、相手と一緒に武器同士で繋がったまま落馬する。

軍馬によって踏みつけられた者は、その圧殺するほどの威力に身体中の骨を砕かれる。だがそれと同時に、手に持っていた剣で軍馬の下腹を切り裂き、軍馬を殺して機動力をぐ。


弓を射っていた者は迫りくる騎士を引き付け、眼前に迫った騎士によって剣で切り殺される一瞬、その身を犠牲として軍馬の顎下を射抜く。

魔法を使う者は、近くまで来た敵騎士を自分諸共じぶんもろとも持っている最大の火炎魔法によって火あぶりにする。


まさに、捨て身だった。

誰もが自分の命を使い、自らの大切なものを守ろうとその身を捧げた。

それが、その行為が相手には異常に見えただろう。もう助かる見込みがないと思われるような怪我をした者も均等に足止めをしようとするその姿は、騎士たちからは動く死体そのもののようにさえ見えた。


「くっ、こいつらどうなってやがる!?」

「死にぞこないがっ! さっさとくたばれ!」


先に突っ込めば今度は自分がやられるかもしれない。

グランディア帝国の兵士たちの気迫と、その戦い方に恐怖を覚えてしまった騎士たちは罵りつつも追いかけようとした足を止めざるを得なかった。

そうした恐怖が最初の時の勢いを殺し、後ろから続くように来ている重装備の兵と魔法兵を待ってから突撃すれば良いと思考させる。

それこそが、グランディア帝国の兵士たちの狙いだと分かっていても。


そして、ギリギリまで弓を引き続けたアングリフは、部下である彼らのその奮戦を見て思う。


(ああ、これこそが陛下が誇るグランディアの戦士だ)


例え死のうとも前へと進む。それこそがグランディア帝国だ。

アングリフは彼らを目に焼き付ける。悲しむ事はない。いずれ会う事になるのだから。

だから彼らの為にも生き残り、その後の物語を土産話にできるように崖を降りる。


「お前たちの勇姿しかと見届けた! その忠義、決して忘れんぞ!」


足止めをする彼らに最後の言葉を残して。



――――――――――――――――――



それからは本命と囮に分かれての逃亡の始まりだった。

アングリフは馬に跨ると、崖から降りる前とは違う兵士に軍馬を相乗りされながら駆けている王に追いつき、ついていく。

兵士が変わったのは、馬を操る技術が優れているものを選んだ結果なのだろう。

見るからにその手綱捌きは卓越していた。

王の煌びやかな衣装が風に煽られている。それほどの速度を木々の合間を抜けながら出していた。


だが、それは追っ手も同じようだった。

アングリフたちが崖から降りることも想定していたかのように、足止めされた敵の騎士とは別の騎士が山を回り込んで追いかけてきたのだ。

しかも、かなりの手練れだと馬を操る姿から分かった。


「風よ、我が敵を切り裂け!!」

「くっ!」


追手の騎士たちは巧みに馬を操ると、駆けながら魔法を発動させた。

すると掌に風が集束し圧縮していたかと思うと、今度はそれを解放するかのように風の刃が複数出現し、アングリフへと迫る。

後ろから迫る複数の風の刃に、アングリフは何とか身体を捻り躱したりするが、それでも完全に避けることができず軽く切り裂かれる。


更に続けて水の弾丸であったり、土の塊であったりと様々な魔法が放たれた。

それらは障害となっている生い茂っている木々を貫き、へし折り、破壊しながらもその威力を衰えさせぬまま逃げるアングリフらへと迫っていく。

その魔法によって、王を守る為に後ろを固めて走るグランディア帝国の兵士達の何人かが身体を切断され、穴を開けられ、砕かれて命を落としていく。


それでも、誰一人として王の傍を離れない。

あるいはお返しとばかりに魔法を撃ち返している者もいる。

必ず王を守るという気概が、彼らにはあった。


「陛下を守れ! 奴らに渡すな!」


アングリフはそう叫ぶ。彼もまた撤退するときに担いだ弓で後ろを振り向き、一瞬で狙いを定めて矢を射っていく。

木々の合間をすり抜けたその矢は、追いかけてくる騎士が乗る軍馬の目に当たった。

それが脳髄にまで達したのか、ぐらりと揺らぐ。即死だ。

その即死した軍馬は勢いの付いた状態で前のめりになり転倒する。

乗っていた騎士もそれによって投げ出される形で落馬し、地面に強打したのかそれからピクリとも動くことはなかった。


だがそれを見ても他の追手は意に介さず、手を緩めない。

むしろ、その屍を跳び越えて絶えず追ってくる。

アングリフの部下が次々に魔法や矢を放ち落馬を誘うが、それでも相手の追撃が終わる事は無い。


「くそっ! 」

「軍団長! 追手の数が多すぎます!」

「分かっている!」


山脈で多数の敵兵を足止めできてはいても、それでもやはり数の多さは相手に分がある。

だが、やり遂げなければいけない。

そうしなければここまで来た意味がない。


「このまま応戦しつつ逃げるんだ!」


アングリフはそう叫びながら部下と共に逃走を続ける。

追手の数は多少減っているが、それでもまだアングリフたちよりも多い。

だが、敵の追撃はあるが距離は縮まってはいない。

木々の合間を縫って走っているので速く駆ける事ができていないようだ。

それでも、その木の障害にも終わりはある。

現にアングリフの前方、微かに見える約100m先は森から広大な草原に変わっているのが見えた。

今はこうして離れているが、もしこの森を抜け出してしまうと王を相乗りして駆けている分どうしても速度では相手に負けてしまい、追いつかれる。

そうなると白兵戦になるだろう。

そしてそうなった場合、時間をかけた分だけ更なる増援が来てしまいかねないことから、アングリフたちは必死になる。

追う者と逃走している者による馬を駆けながらの魔法の撃ち合いは続く。

しかし、ここにきてアングリフは言い知れぬ違和感を覚えていた。


(なんだ? 何かがおかしい……)


追われながら、アングリフは冷や汗を流す。

未だ敵はこちらを追いかけながら派手に魔法を使っている。

だが、どれも致命的とは言い難いものでアングリフたちに甚大な被害は出ていない。

それでも、森を進むにつれて彼の本能が警鐘けいしょうを鳴らす。

そして、森を駆け抜けて出た時、その警鐘は現実となった。


「団長!! 新たな増援が!」

「何!?」


前方を駆けていた部下の焦燥した声に、後方にいたアングリフは驚いてその部下が指し示す方向へと目を向けると、一人だけ色が赤い鎧をつけた騎馬集団がアングリフたちへと向かってきていた。

赤い鎧を付けた騎士は、ざんばらに切ったであろう茶色の短髪に同じ色の瞳、無精髭を生やし、見る者が見たら騎士というよりも傭兵のように思われるであろう男だ。

その男が、まるでこうなる事が分かっていたかのように嘲笑を浮かべている。


(嵌められたかっ!?)


内心舌打ちするが、アングリフは即座に部下へと指示を飛ばす。


「慌てるな! 敵がいないところへ進め!」

「了解!」


指示に従い、部下たちは追手のいない方向へと向きを変えていく。

アングリフもそれに付いていき、まだ距離がある赤騎士たちから目を離した。

それが仇となった。


「燃え尽きろ。『放つは我が灼熱の白炎はくえん』」


赤騎士の集団に背を向けた瞬間、その赤騎士がアングリフたちに手を向けて詠唱したかと思うと、腕を渦巻くように白い炎が現れ、まるで蛇のように動きながら逃げる彼らの先頭を巻き込みつつ、前を塞ぐようにその白炎が回り込んできた。

運よく白炎に当たらなかった者は、そのあまりの熱さに蹈鞴たたらを踏む。

そうしている間にも地面の草木は燃え広がり、炎の壁とでもいうように彼らの進もうとしていた行く手を遮った。

また白い炎に晒された者は声を上げる事無く、もはや骨すら残らずに消滅している。

それが赤騎士の魔法の威力を物語っていた。

そして逃走経路を塞がれたことで逃げ切ることができなくなったアングリフたちは、とうとう追手に追いつかれた形となった。


「王を中心にして陣を組め。こうなれば戦うしかない」


アングリフのいう通り、すでに逃げることは不可能となった。

彼らはそれでお互いに頷き合うと馬から降りて王を中心に円形となり、防衛を固める。


「やっと観念したか、獣どもめ」


そうしたアングリフたちの下に赤騎士は槍を肩に乗せ、嘲笑しながら近づいてくる。

どうやら、赤騎士は追撃してきた騎士たちの隊長格らしい。

他の者が赤騎士に従うように後ろに控えていることからそれが分かる。


「お前らは、何故俺たちを襲ってきた?」

「は? 何故だって?」


隊長格というのなら、少しは話が通じるだろうかとアングリフは今まで疑問に思っていた事を赤騎士の男に聞く。

それに対しての返答は、馬鹿にしたような笑いだった。


「何故って、このレニエアルドは人間様の国だからだよ、獣ども。それを誰の許可もなく入ってきたんだから殺されても文句は言えないよなぁ?」

「お前たちの国に入っていた事には申し訳ないとは思うが、それに対してお前たちがした行為は到底許されはしないぞ!」

「獣に許してもらおうなんぞ、はなっから思ってもいないんだよ」


アングリフの怒りを肩を竦めて受け流す赤騎士。

どこまでもアングリフたちを馬鹿にしている。

赤騎士以外の者たちも嘲笑うかのように笑いだし、その姿がアングリフの部下たちに殺気を抱かせる。

誰もが赤騎士たちを射殺さんばかりに睨みつけ、一度アングリフが号令を掛ければ即座に飛び掛かるだろう。


だが、アングリフは言わない。こちらから仕掛けてしてしまえば王を守ることができなくなってしまう。

赤騎士という隊長が来たことは彼にとっては誤算ではあったが、だからといって自分から下手な真似はしないように白獅子は注意を払う。


「おい、そこの白い獣。お前だ」

「…………なんだ?」


と、そこで赤騎士はアングリフに槍の穂先を向けて話しかける。

白い獣呼ばわりしたことにより、アングリフの背後で一瞬殺意が膨れ上がったが、抑えるように手を出して答えた。

何か勝機がないかと考えるためには時間が欲しいので、アングリフはなるべくゆっくりと話しつつ頭を回転させる。


(固有魔法でまだ魔法は使えず、身体も思うように動かんが、奴らは追い込んだと思って油断している。そこを突くにはどうするか……?)


なるべく顔を動かさないように目だけで周りをさりげなく探る。

未だに背後では白炎が燃えており、退路はない。

既に50人ほどにまで減ってしまったアングリフたちに対して、赤騎士たちは増援を含めて500人はいるだろうか。

考えても絶望的な状況でしかない。

そうしている間にも、赤騎士は気分が良いように喋りだす。


「お前らの後ろに、何とも良い服を着た奴が隠れているが、そいつは一体お前らの何なんだ?」

「…………」


自分のことを問われたことに、微かに反応を見せる王を全員が庇うように囲む。

それが答えだと理解したのか、赤騎士は殊更に気分が良くなったようで笑い出した。


「ははははっ! これはいい! 俺が当たりを引いたようだな。ネルソン・レジミール様に差し出せば褒美を貰えそうだ!」

「させると思うか?」

「ふんっ、この兵力差でよくそんな事が言えるものだな。やはり獣だけあってそんな頭も無いらしい」


呆れたように鼻で笑う赤騎士。

だが、次には何を思い出したのか歪んだような笑みを見せた。


「ああ、そういえばお前たちの仲間が正にそんな無謀なことをしたばかりだったなぁ。最後まで見なくてよかったのか? お前たちの仲間が無様に死ぬところを」

「貴様………!!」


その言葉にアングリフの握る手が震え、あまりの力に皮膚が破れたのか血が滴り落ちる。

決死隊となったガルド隊を侮辱され、激情が内側に吹き荒れる。

仲間を大切にするアングリフだからこそ、その言葉は到底許せない。

いかに冷静になろうとも、それに関しては心穏やかではいられなかった。

だが、それでもアングリフは怒りの表情を無理矢理笑みに変え、お返しとばかりに言った。


「まぁ、確かに残念だったな。最後まであそこにいれば、お前らが情けなく蹴散らされていく様を見られたのにな」

「ほう……」


スッと、赤騎士の目が細くなった。

先程までの嘲笑うような表情は鳴りを潜め、代わりに怒りが湧き上がっているのが見て取れた。


「貴様ら獣どもに我らレニエアルドの兵士たちが負けるものか。あそこで無謀な突撃をした馬鹿にも、ここに居る貴様らにもな」

「ははは! お前たちに有利な状況だから粋がるのは分かるが、それではお前の底が知れるぞ、赤いの」

「………もういい」


それからは、どこか興醒めしたかのように赤騎士は近くの部下に話し始める。


「おい、あの白い獣と後ろで守られている奴以外は殺せ。白い獣には、面白い見世物をさせてやりたいからな」

「分かりました。それでベクラール隊長、戦利品については………」

「ああ、分かっている。それについては各々の自由にして良い」

「ありがとうございます」


部下からベラクールと呼ばれた赤騎士は、手をぞんざいに振りながら答える。

面白い見世物と言ったが、どうせロクでもないことだとアングリフは会話を聞いて心の中で吐き捨てる。

そして、今度はアングリフに向かってベラクールは冷たい目を向けて言い放った。


「ああ、そうだ。貴様らには良い情報を教えてやろう。俺が率いている兵はまだまだいるぞ?」

(ちっ、そうだろうな)


その情報を聞かされたアングリフは、本当の可能性が高いと推測した。

追い詰めている中で嘘を言うという事がベクラールにとってメリットになるとは思えない。

それに、追ってきた敵は全て騎士だった。要するに、軍馬に乗った機動力のある騎士たちを先行させて、後で合流するようにしたという事だ。


「………」

「まぁ、流石に後続が来るのを待つのもあれだからな。ここにいる奴らだけでも十分な戦力だ。じゃあ、後は簡単だよなぁ」


ベクラールは手に持った槍を掲げると、それを合図と受け取ったのか、周りに控えているベクラールの部下が軍馬に乗ったまま突撃槍や剣を構えた。その更に後方では軍馬から降りて同じように剣を構える騎士もいた。


(くそっ! 時間が足りんかっ)


アングリフはそれを見て内心舌打ちをする。油断しているからこそ隙を探していたのだが、そもそもこの兵力差でそれを見つけるのは難しい。

ましてや、その探る時間も長いわけではなかった。

遂には何も思い浮かばなかった自分の軍略の才の無さに唇を噛みしめる。

だからこそ、彼は自分の部下でもあり仲間である彼らに謝罪する。


「すまん。お前たちの命、ヒオウ陛下の為にここで使ってくれ」

「元よりそのつもりです団長。なに、ヒオウ陛下を守るという栄誉が誇りの私たちにとってそれは褒美というものです」

「そいつの言うとおりですよ団長。それにいい加減、アイツらの侮辱にも腹が立っていたところです」


だが、伝えられた部下たちは笑っていた。

明らかに死地であるこの状況の中であるにも関わらず、彼らのその覚悟の在り方にアングリフもそこでフッと軽く笑う。

なら、伝える言葉はこの一言だけでいい。


「感謝する」


そして、彼らは王を守る為に武器を構える。

例えこの防衛が無駄なことであろうとも、与えられた役割を彼らは放棄せずに忠実に遂行する。

それこそがグランディア帝国の誇りある戦士であると言わんばかりに。


その姿を最後の抵抗だとベクラールは思ったのか、くだらないとでも言うように鼻で笑う。

所詮は狩られる獣だ。

そして、そんな哀れな獣たちに向かって赤騎士は、上げていた槍を振り下ろした。


「蹂躙しろ!!」


その号令によって矢が放たれたように迫る騎士たちに、アングリフたちは途端に飲み込まれていった。






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