エーデルワイスの密

粟国翼

エーデルワイスの密

 白井花しらいはなはヤリ●ンだ。


 あだ名は精子。


 挨拶代わりに男と寝るのは日常茶飯事。


 20本相手に飲み干して腹を壊したのは伝説の話。


 齢17にしてどうしょうもない●●Ⅹ狂い。



 毎日一人は食わないと調子が悪くなるといい、まるでノルマでも課せられているみたいに片っ端から男を食い尽くす。



 性に対して奔放な花を誰にも止める事なんて出来ないし、学校中の男子はいつ自分にお声が掛かるかとドギマギしているんだから始末におえない。



 無論、そんな花は同性からなんて好かれる筈も無い。


 当然だ、中には彼氏を喰われた人もいる。



 いつかバチが当るよ。



 そう言った私に花があどけなく笑ってみせたのはつい2時間くらい前の事。






 「ほら、いわんこっちゃない」





 私は、階段の踊り場で横たわるどうみても突き落とされたとしか思えない幼馴染を見下した。




 倒れる花。


 揉み合った後のように乱れたセーラー服。


 脱色に失敗したくすんだ金髪のボブカットが、真っ赤に染まってガーガーと大いびきをかく。


 

 素人目にも分かる、コレはかなり不味い。



 「誰か! 先生を呼んで!」



 集まった野次馬は、私の声に誰も動こうとしせずそれどころかクスクスと嘲る声まで聞こえる。



 なんて人望の無い。



 自業自得だと思いながら私は校則で持ち込みの禁止されていたスマホを取り出して救急車を呼んだ。





 『かずちゃん大好き! 結婚して!』



 まだ清かった花が、そんな残念な冗談をかましてきたのは小学校3年の夏休み。

 

 朝のラジオ体操の帰り道だった。



 『花、女の子同士は結婚できないのよ』



 私がそういったら、花は『けち~』といいながら花束のつもりだったのかそこら辺から摘んだとしか思えない草の塊を土手に放り投げる。



 ホント笑えない冗談。


 

 あの時の私の気持ちが花にわかるだろうか?


 大好きで、大好きで、でも間違ってる気持ちに気づいて毎日泣いて暮らしてた時にそんな冗談をいわれて。

 

 悪ふざけだって分かってるのにそれでも嬉しくて、赤くなった顔を見られないように下を向いて。


 我慢できなくなって走ってその場から逃げた私を花が追いかけて、背中に飛びついて二人して土手に転げ落ちて手首を折ったのは人生最悪の思い出。


 その後、ギプスをはめた私をみて花ったら『ごめんね! ごめんね!』大泣きして。



 

 「あの時と立場が逆ね」



 大学病院の脳神経外科。


 

 豪勢な個室のベッドの上で、見事にまる剃りにされた頭に包帯をぐるぐる巻きにして横たわる花。



 アレから一週間。


 急に、花の母親に病院に来てほしいなんて電話貰ったから死んだんじゃないかって勘繰って此処まで肺が爆発しそうなくらい走って今なんて涙と鼻水で視界なんてぼやけて顔中ぐちゃぐちゃ。



 きっと、今の顔はかなりヤバイ。



 「全く人騒がせな……」



 すぅすぅ寝息を立てる花。


 小学校の頃は、いつでも一緒だった私達。


 でも、中学に入ってクラスが離れてからというものあまり顔を合わさなくなって何となく廊下で見かけても声をかけなくなった頃……花が男子の先輩と付き合ったと聞いた。



 コレで良かったんだ……この気持ちは忘れようって。



 勉強に委員会に部活に没頭して。



 あっという間に中3になった頃、久しぶりに会った花はすっかりヤリ●ンになってた。



 何をどうしたそうなるのか……エスカレーター式に高校に進学した花は暴走したみたいに片っ端から男を漁る。



 そして、その結果がコレだ。


 本当にどうしょうも無い。



 「ん……」



 ベッドの花がもぞりと動いて目を薄くあけて私を見た。



 「あ~かずちゃんらぁ~」



 え?



 ふにゃっと微笑んだ花は、懐かしい呼び名を呼んで私の手をぎゅっと握った。


 


 「花、顔拭くね」


 「んー」



 昼休み、校舎の屋上。


 焼きそばパンのソースでベタベタの花の顔を、持参したウエットティッシュでふいてあげる。


 

 「もう、こんな所まで汚して……ちゃんと食べられないなら焼きソバぱんは禁止よ?」


 「やー! 花、焼きそばパン大好きなのー!!」


 「そう、じゃぁこのプチトマトもちゃんと食べて」


 「う"~……」



 まるで小さな子供のような花。



 そう、目覚めた花は頭の中がすっかり子供のようになってしまっていた。


 頭をぶつけて記憶や人格がどうにかなるなんてまるでファンタジーみたいだけど、目の前で起きてしまったのだから仕方ない。


 まぁ、花の場合は記憶喪失と言うよりは幼児退行というのが正しいだろうけど。


 

 花の母親の話によれば、現在の花は大体7歳くらい。



 つまり、体は17歳なのに頭の中身はすっかり子供に戻ってしまったのだ。


 

 時間がたてば元に戻る可能性もあるとは言っていたけれど……。



 あれから半年。


 花は一向に元には戻らなかった。



 「うぁ~まじゅ~」


 「吐いちゃだめよ! 後3っつ!」



 ゴクン!



 吐き気を抑え、花は大嫌いなプチトマトを飲みこむ!



 「うう~~~!」


 「よ~し、よ~し……いい子ね」



 私は、ようやくカツラがいらないくらいに伸びた髪を撫でる。


 手術のお陰で脱色で色艶のなくなった髪がそられ、生え変わった短いけど触り心地の良い真っ黒な髪。



 プチトマトを飲み込んで黒い宝石みたいな瞳に涙を浮かべてふにゃっと笑う花。



 ああ……子供の頃と同じ。



 男に触れられる前の、きれいな花がそこにいる。



 「かずちゃん、トマト食べたよ?」



 花は、私にぎゅっと抱きつく。


 

 「え、うん、そうね」


  

 花が、頬をぷくっと膨らませて不機嫌そうに上目使いにじっと私をみる。

 


 「たべたよ!」


 「えっとね、花……」



 しまった_____ドサッ!



 向かい合うように座っていた花が、覆いかぶさるように私をコンクリートの地面に押し倒す。



 いくら頭の中が子供でも、その肉体は17歳……力が強い。



 「ちょっと待っ____ぶぶっ!?」



 青臭いトマトの味が口に広がる。


 せっ、せめて歯ぐらい磨きたかった。



 私を押し倒した花は、自分の唇を押しつけて……コレは子供のころよくしてたキス。



 別に、いやらしくなんかない只唇を重ねるだけ。



 女の子同士のふざけあい。



 子供の頃、花の母親に注意されてからしなくなった日課。



 最初は、流石に高校生にもなってと私も拒んだけど『花の事嫌い?』っと涙を溜める花に根負けして『何か良いことをしたら』と条件をつけてキスを許可したのだ。



 子供に戻った花は、子供なりに良い事をしてご褒美のキスを奪う。



 

 ちゅ。



  ちゅ。



    

 「ちょっと!」



 いつもは、こんなにしつこくないのに!



 「だいすきぃ……」



 押し退けた花は、顔を赤くして涙をぽろぽろ零す。



 「かずちゃん、ここが苦しいよぉ!」



 花は私の手をとって、自分の胸にあてる。


 バクバクと手の平に伝わる心音と、しゃくりあげる花の涙声。



 「ここにね、だいすきがいっぱいつまってるの! ちゅうしてもぎゅーってしても無くならないのぉ……たすけてっかずちゃん!」


 

 「花……」



 「それにねっ、かずちゃん見てるとお腹の下のところがきゅうきゅうしてむずむずす____」



 「ダメ! ダメよ!」



 私は、自分のスカートに手をいれようとした花の手を捕まえる!



 上気する顔、とろんとした目。



 ああ、頭の中はすっかり子供でも体は毎日最低一人は食ってたヤリ●ン。


 突き上げる性衝動に戸惑う小さな花を私は、力一杯抱きしめる!



 


 「ごめんなさい」



 「かずちゃ?」



 「大丈夫、大丈夫よ花……私がずっと一緒にいるから!」



 そう言った私に、花もぎゅと腕を回す。



 「ほんと? ずっといっしょ?」



 私は、コクコク頷く。



 大好き、大好きよ花。

 


 あんなことまでして、やっと手に入れたんだもん絶対に手放したりしない。

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エーデルワイスの密 粟国翼 @enpitsudou

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