晴れた空
ああ。
くだらなくて笑ってしまう。
私はあんな小さな女の子にも期待していたのか。
今思えばそうだった。彼に期待することしか、彼女の務めを果たせなかった。彼の望みなんて考えたことがあった? クリスマスの約束だって。優しい彼の事だったから、たしかに私の希望に応えてくれたけれど。対して私は、彼の望むものを考えていた?
えなのことだってそう。えなのあの笑顔が、自分に一方的に与えられたものだと勘違いして。えなはたしかに私を公園に連れて行こうとした。でもえなは……。母親を探していた。
えなは私の心を読んでくれて、遊ぶことをねだったんだ。
そう気付く、夢を見た。
クリスマスに見た夢がこうであれば、いたたまれない。私はコートを掴んで外に飛び出した。えなは母親と会えただろうか? プレゼントをもらって、美味しいケーキを食べて、幸せになれた? でもえなには母親なんて–––。
「嫌嫌いや」
公園に向かって、歩みを早めながら、私は買ったばかりの手袋で顔を覆った。朝だというのに人は多かった。みんな、昨晩と同じように幸せそうに歩いている。
…今思えば、あの時点で目をそらすべきだった。
彼が、いた。いいや、彼じゃない、あの人が。
一人で歩いていた。昨日と同じコートのポケットに手を入れて、なんとなく人を探しているようだった。
その人が私な訳がないでしょ、私!
違う、彼には彼女がいるんだ……こうしてすれ違って、私達は別れたんだ。私が勝手だったから。
それに今私はえなを探してる。あの話はもう過去のことだから。
私はマフラーで必死に顔を隠して、公園に入った。正面から歩いてくる彼と目を合わせないように、俯いて歩くと、後ろから声が聞こえた。
「「胡桃!」」
彼? いや、えな? いや、二人とも、同じタイミングで、私の名前を…?
怖くて怖くて振り向けない。えながいる。でもあの人がいる。立ち止まって、考える。聞き間違いでもあって欲しくない。ああどうしよう。神様。私は私の過ちを、どうすれば。
「ごめん!」
次に、彼の声だった。
驚いて、驚いて驚いて驚いて、私は思わず跳ねながら振り返ってしまった。いつのまにか、明るい冬の朝日が、私達を照らしていて、今更、空が晴れ渡っているのだと知った。
どうしてあなたが謝るの。私が謝ろうと思ったのに。…いいや、私には謝る勇気なんてなかった。
でも、あなたに謝られたら!
涙が溢れてしまう。
好きなんだもの。クリスマスに別れるなんて、ちっとも縁起が良くない私達だけど、仲が良かった。どんな事も話せる、気の遣わない人だった。だから…結婚だって、考えた。それなのに勝手すぎる私があの人を困らせた。気を遣わせてしまった。なんて酷いんだろう、私–––––。今だって、彼はまだ気を遣っているかもしれない。
彼の横には、えながいて。でも、彼はえなの存在に気付いていないようだった。
「……私も、ごめんなさい」
あっけに取られながら、ぼろりと溢れる言葉。
彼が、私の方に走り出した。笑いながら抱き締めてきた彼の向こうに、ニコニコ笑う、えなが見えた。
彼は優しい。気を遣う。だから、今までこんなに強く抱きしめてくれることはなかった。
でも、信じられないほど、とても嬉しい。
「……えな」
もしかして––––。この幸せを、えなが、あの妖精のような少女がくれたのなら。
あなたは、えな、あなたは–––。
えなは、公園の方へ歩いて行き、すっと消えてしまう。魔法のように、煙の如く消えてしまった。「さようなら」、鈴の音のような綺麗な声は空の方から聞こえて、私は空を見上げてみる。
真っ青に澄み渡る空の中、キラッと光るなにか。
その光は白く、流れ星のように煌めいていた。
「…それじゃあ、行こうか」
「……うん」
今でも私たちは、仲良く隔たりなく付き合いを続けている。
たまに喧嘩する事だってある。些細なことでぶつかって、私も彼も、突き放したくなってしまう時だって、これからも、もしかしたらあるかもしれない。
でも大丈夫だと、私は確信している。
なぜって? たしかに、いつもの勝手な私だとすぐ別れちゃうかもね。
そんなことない。だって、今空にいるあの子は、
永遠の幸せを届けてくれたクリスマスの妖精さんだから。
透き通る蒼い空、白い雪。そしてクリスマスの妖精 みずみやこ @mlz
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