<ファイシス編>エピローグ

それぞれの宇宙で......

<ロボの帰還>


 帰還したロボ、いやエアクスはどう顔を出せばいいのか困惑した。

 思考処理を働かせようと、明確な解答を算出できない。

「あれから一二四時間が経過した。エアクスからの連絡は!」

「ありません!」

 人類軍総司令部は藪を突いたような大騒ぎ。

 情報と言葉が飛び交い、誰もがエアクス探索に力を注いでいる。

 各将校やオペレーター、果ては同期のニアロイドの誰もが身を案じていている。

 どう顔を出せばいいのか、困惑の思考パルスを走らせる最もたる原因は、日頃からニアロイドを嫌悪する、眼飛ばす、戦場荒らしだからと、様々な理由で距離を取る人間も状況打開のために奔走している姿をツインアイに映したからだ。

「反応の消えた地点を重点的に捜索させていますが痕跡一つ発見できていないとのことです!」

「くっそ、最後のモイライサーバーが見つからない以上、エアクスが行方知れずとなれば、やはりモイライの仕業としか考えられん」

「……――っ! 司令、エアクスの反応を確認しました!」

「どこだっ!」

 しまったと、エアクスは全身が強制冷却される感情パルスを走らせた。

 ボディに搭載された位置情報システムが自動更新の後、オートでエアクスの現在地を総司令部に伝達していたからだ。

「そ、総司令部の扉前です!」

 誰であろうと総司令部にいる目が一斉に入口へと集中する。

 視線に逃げ場を失ったエアクスは観念しては片手上げて入室した。

「おう、今帰った!」

「何があった! 報告しろ!」

 総司令の逆鱗に触れると徹甲弾が容赦なく飛んでくる。

 以前、結婚しないことを冷かせば胸部装甲を凹まされた。

 ニアロイドの装甲でなければ風穴が空いていただろう。

 当時を思い出したエアクスが即座に身を正して報告するのは当然の流れだ。

了解ヤー。絶望を糧にする宇宙に囚われ、他の宇宙で戦うヒーローたちと共闘の末に宇宙の主を撃破。そしてただいま帰還したってのコノヤロー!」

 最後はもうやけっぱちだ。

「……ならばそのデータをサーバーにアップロードしろ」

「はいはい、データ転送開始」

 論より証拠はペーパーメディアだろうと電子データだろうと変わらない。

 エアクスは総司令部のサーバーと量子接続を開始する。

 転送されるデータの中には最後のサーバー〈ラケシス〉が含まれている。

 データ閲覧でどのような流れになるか、安易に予測できた。

「こ、これはっ!」

 総司令部にいる誰もが転送されたデータにどよめき、目を見開いていた。

「さて、これからが大変だな」

 これから先、世界に待ち構えているのは戦後復興だ。

 争いがない平和な世界となれば、今度は平和を維持し続けなければならない。

「争い続ける以上に平和を維持するのは大変だ。けどよ、こっちの仲間と一緒にやり遂げてみるぜ。だからよ、ゼロ、モルフォ、二人との再会、ロボではなくエアクスとして楽しみにしているよ」

 エアクスはデータ閲覧で騒然とする総司令部から立ち去った。

 これからのために、世界の平和を守るために、人類とニアロイドが互いになにをすべきか、幾多のプランを構築しながら。


<モルフォの目覚め>


『や、やめんか、痛い、痛いっ!』

『ええい、問答無用です!』

 男女の喧騒が愛那の鼓膜を通じて意識を揺さぶり通す。

 ゆっくりと瞼開ければ、白き蝶が黒き蝶を一方的に体当たりで攻撃する光景が映る。

『愛那を連れ去り、よもや乱暴しようとするなど万死に値します!』

『だから誤解だと言っておろう! 私たちはただこの個を起こそうとしただけだ!』

『言い訳無用の問答無用! あの個の力を使うまでもなく私たちが消し去ってくれます! こっちとら愛那のお陰で少しずつ力を取り戻しているんですからね!』

 ルチェ・アゲハとハオス・アゲハの二匹の蝶だった。

 愛那を子や娘ではなく個と呼ぶのは彼の蝶たちが一種の集合体であるためだ。

「あれ、ここ……?」

 愛那は自分の変身が解けていること。今いる場所が近所の公園。そのベンチであることを知る。

『愛那、目覚めましたか! ですがもう少し休んでいてください。この黒い塊をいますぐ片づけますので!』

『あの宇宙にいなかったから勘違いしおって。頼む、この分からず屋の白いのに言ってくれ!』

「ルチェ・アゲハ、スト~ップ!」

 頭上に光を集わせ放とうとしたルチェ・アゲハを愛那は制止した。

『何故です? まさか――あなた、こんな黒いのに毒されたのですか! どこをですか! 胸ですか! いや、腰回りもどこか少し……――』

「ああ、もう落ち着け!」

 制服の隙間に入ってあれこれ調べ出したルチェ・アゲハを愛那は追い出した。

『むむ、バストサイズがなんと……』

「黙りなさい!」

 愛那はスカートのポケットから破壊魔法のカードを取り出した。

 流石のルチェ・アゲハも、その魔法は受けたくはないのか、素直に言葉を受け取れば宙で滞空する。

「あ~もうどう説明したものかな~」

 三つ編みの毛先をいじりながら愛那は考えた。

 ルチェ・アゲハに事情を説明したくとも、敵対するハオス・アゲハの力を借りて元の宇宙に帰還したと知れば、烈火熾烈に激昂する反応は安易にたどり着ける。

「まあ、話さないと始まるものも始まらないか」

 そうでしょう。ゼロくん、ロボくん?

 愛那は遠い宇宙にいる仲間の名を口ずさみ、真なる融和への一歩として仲間のルチェ・アゲハと対話に入るのだった。


ゼロ


『――司、おい、零司――っ!』

 懐かしき草花の匂いが鼻孔をくすぐり、耳朶をうるさい声が揺さ振り続ける。

『ようやく目覚めたか』

 左腕の腕時計からZiの嘆息する声がした。

「あれ、俺は……」

 零司は靄のかかる思考を振り払うかのように頭を振るう。

 うっすらと木々の隙間より差し込む日の光、懐かしさを感じさせる草花の香りが、零司の意識を覚醒へと導いていく。

「ここは、近所の……」

 起き上がり周辺を見渡せば、幼き頃、遊び場とした近所の裏山ではないか。

 確固たる証として零司の背後には長寿を誇る楠がそびえ立っている。

「帰って来た……」

 北斗零司は元の世界に帰還した。

 感慨深く呟いたと同時に一抹の寂しさが飛来する。

「夢じゃないんだよな……」

 指先を右頬に触れながら零司は思い出す。

 夢ではない。夢なんかでは終わらせない。

 目的の相違により衝突したことも、和解したことも、すべて起こり得た現実だ。

『ああ、残念ながら夢ではない。君は箱庭の宇宙<ファイシス>にて世界の異なるヒーローたちと共に戦い、そして絶望に勝利した。まあ私は戦闘データを閲覧しただけだがな』

 零司からすれば、今の今で目を覚まさなかった語り部がない口で言うか、とつっこみたかったが、やかましくなるので口を噤んだ。

『今、君が思っていたことを当ててやろうか?』

「やれやれ」

 阿吽の呼吸で零司の思考を先読みされたのか、Ziの口調が少々尖っている。

 毎度の長いお説教が始まるのかと辟易する中、パーソナル・リンクスに着信が入る。

 網膜に投影される着信者名は〈北斗壱子〉。

 みんなの笑顔を守るきっかけとなった愛すべき妹からであった。

「はい、もしも……」

『お兄ちゃん、今までどこ行ってたの!』

 愛しき妹の怒鳴り声は零司の鼓膜を貫き、恐怖を芽生えさせた。

『突然、飛び出したかと思ったら丸々一週間、何一つ連絡しないなんて、なに考えてるの! おじいちゃんはおじいちゃんで、腹が減ったら帰って来るとか言ってあてにもならないし、こだまはこまだで、お兄ちゃんと連絡一つとれないからご機嫌斜め。あれやこれやとつまみ食い多発で大変なのよ! もう今回ばかりは私、かなり頭に来たから!』

「え、一週間?」

 データログによると、およそ七二時間、日数換算で三日間のはずだが、世界のズレなのか、一週間もの日数が経過していた。

『君が目覚める前だが、明治郎と連絡が取れた。妹くんの言う通り、零司が消えて一週間経過しているのは間違いないようだ』

 Ziの尖った口調は丸みを帯びているも、その丸みは憐れみや憐憫の意味があった。

『明治郎にはデータ転送で詳細を伝えてある。彼は理解を示してくれるだろうが……』

 祖父は理解も納得もしてくれるだろう。

 ただし妹と幼なじみは別だ。

 妹たちは兄がそのヒーローであるのを一切知らない。

「あ、あのな、愛しき妹よ、これには深くて、でか~い訳が……」

 絶望を糧とする宇宙に取り込まれ戦っていました、など理由にしては言い訳にすらならないが、零司は真実を言えぬとも言わずにはいられない。

『言い訳なんて一切聞きたくない! 私言ったよね? かなり頭に来たって! 一週間、私たちに心配かけさせた罰としてお兄ちゃんには一年間ご飯抜き!』

 兄、零司、餓死の危機。

『それだけじゃない。心配かけた罰として毎週土曜日にはケーキバイキングに連れて行ってもらいます! 後、広辞苑の中に隠してあるヘソクリの現金二〇万円を没収して生活の足しにするからね! 私が知らないと思ったか!』

 絶対に抗えぬ絶望襲来――

 電子マネー化すれば、ばれる危険性を考量して紙幣で隠してきたヘソクリは既に妹の掌中にあった。

「い、壱子、た、頼む、そ、それだけは――っ!」

 抗おうと抗うには無駄と呼べる絶望だった。


 ウゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウッ!


 獣が腹から声を響かせる如く、不快なサイレンが近隣一体に鳴り響いた。

『零司、妹くんの謝罪は後回しだ! 奴らが出たぞ!』

「ああ、もうこんな時に!」

 このサイレンは天の血族出現警報だ。

 パーソナル・リンクスが詳細な位置情報を零司の網膜に投影してくる。

『お兄ちゃん? もしもし、お兄ちゃん!』

「悪い、壱子! 話は後だ! また後で!」

 通話を切ろうとした零司は思い出すように言った。

「もし俺のヘソクリに手をつけたら隣のクラスの関山くんから今時珍し手書きのラブレター貰ったって祖父さんに言うからなっ!」

『さ、最低、なんで知っているのよ!』

「妹が兄の秘密を知っているように、兄もまた妹の秘密を知っているのだよ!」

 孫娘に激甘な祖父が知ればどうなるか、想像は容易かった。

 同時に、妹から更なる処罰が兄に下されることもまた――

 妹の更なる怒りが携帯端末越しに響こうと通話を強制切断する。

「Zi、行くぞっ!」

 零司は腕時計を掴み取れば、変身シークエンスに入る。

 元の世界に帰還したことで、欠落していた各システムはネットワーク経由のバックアップにより復元されている。

 それは枯渇していたゼロブラッドの回復にも繋がった。

 ならばこそ、問題なく変身できる。

『また呼び捨てとは失礼極まりないぞ』

 毎度のお叱りを零司は無視して腕時計を腹部に添えてバックルとした。

零変身ゼロヘンシン!」

『ZRebuilding Armor Installing!』

 零司の身体は白きアーマーに包まれ、一人の戦士、アーマードセイバー・ゼロとなる。

「来い――シールド・ウェポンⅢ」

 天高く右手を突き上げて叫んだ三秒後、二等辺三角形のシールドが側面より噴射炎を轟かせて現れる。

 右手で飛来したシールドを掴み取ったゼロは背面に接続。

 シールドが生み出す推力で更なる加速得て、センサに表示された現場へと急行する。

 遠視センサが現場の映像を自動拡大。

 天の血族の一人が逃げ惑う人々を襲わんとしていた。

「そこまでだっ!」

 ゼロは加速を追加した蹴りで怪人を蹴り飛ばして着地した。

 激しく横転する怪人を前に高らかに告げる。


「天に穢れし魂よ、虚無ゼロに還れ!」


 アーマードセイバー・ゼロは、北斗零司は戦い続ける。

 みんなの笑顔を守るため。

 みんなの笑顔を奪う者から守るため。

 この力をみんなのために――

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