くらげりろん

弓チョコ

『運命』


「この寮に来たのが『運の尽き』だったな。ルールを配る。破ると反省文の提出を求めるからな。きちんと読んでおくように。まず初めにこれだけ言っておくが、1年生は夜8時以降外出禁止だ」

「……鬼の寮長と名高い、新橋このみ先輩よ」


 入学早々、ざわめく1年生達。



 この世は運でできている。人生が成功するかどうか、良きパートナーと巡り会えるか。家族に囲まれて死ねるか。それら全て『運』の一言で片付けられる。

 子は親を選べない。その時点で、最初から運だ。優しい親か。真面目な親か。虐待する親か。そもそも片親か。子は自分の意思ではそれを決められない。それが何を意味するか。育つ家の『経済力』に差が出るということ。良い教育も充分な躾も、買い与えられるものも選べる選択肢も、それで決まる。

 勿論、ドン底から自力で這い上がった人も居る。だがそんな人は例外だ。この広い世界で、一体どれだけの人が例外になれると言うのか。それら含めて『運』である。

 運命からは、決して逃れられない。何故なら運命とは結果論だからだ。『運命を変える』ということは『あり得ない』。何故なら、それはそう感じるだけで、『運命だと勝手に決め付けていた結末を変えたと思い込んでいるだけ』で、『そもそもそうなる運命だった』からだ。死刑から逃れたとして、逃れる運命だっただけだ。

 これは事実だ。誰かの主観や思い込みでは全く無い。運命が結果論であり、過去を変えられない以上『運命からは逃れられない』。運命とは、『既に終わったこと』を論じることでしか我々には知り得ないのだから。


 だが、人間の『感情』は、それを否定する。



「『――この日、こうしてふたりは運命の出会いを果たした。』……うわぁー。ロマンチック~!」


 稲岡もえぎはソファベッドに寝転びながら読む小説を朗読し、感想を口に出した。それは単なる独り言なのだが、少しは耳を『傾けて欲しい』人物がひとり、この場に居る。


「……」


 朝霧くらげは黙々と、テーブルで何やら書き物を進めていた。


「ねえ、くー。運命って信じる?」


 もえぎは遂に話し掛ける。今読んでいる恋愛小説を語りたくて仕方無い様子だ。


「……はぁ?」


 だがくらげは冷たく言い放った。


「いや、運命だよ。運命の出会いとか。もしかしてあたしがくーと出会ったのも運命だったりして。なんてね、なんてね!」


 嫌にテンションの高いもえぎを見てテンションが下がった。


「そういえば、寮長も男子の先輩と付き合ってるらしいもんね。あの鬼の寮長がノロノロで。やっぱ運命の出会いはあるんですよ~」

「……あのね、もえ。信じるも何も、運命とは『意志に関わらず人にもたらすもの』なんだから、人生に於いて世界中の誰といつ出会おうが、それら全て運命の出会いでしょ」

「…………え?」


 はあ、と溜め息を吐く。夢見がちなもえぎだが、まさか運命の言葉の意味を知らなかったとは。だがこのままでは会話が成り立たない。くらげは補足をした。


「世間で言われる、『運命の出会い』の意味での運命なら、『その出会いによって生活や考え方に大きく影響を受けた』という点では、あるんじゃないの。それを『運命の出会い』と呼ぶならね」

「…………くーちゃんさ」


 淡々と説明し、また書き物へ戻る。その様子を見てもえぎこそ、溜め息を吐きたくなった。


「なんか夢無いよね。言ってることも意味分かんないし」

「そうかな。普通だと思うけど」

「占いとか嫌いでしょ」

「嫌いじゃないよ。『占い師』の『手口』と『魂胆』と『実態』が嫌いなの」

「それ、嫌いってことじゃん」

「女子は好きだよね、そういうの」

「いや、いやいや! くーも女子だよ!? どしたの!?」


 くらげはもえぎと目を合わせず、せかせかと書き物をしている。返答もどこか適当になっている。


「さっきから何してるのさ?」


 もえぎはソファベッドから降りて、テーブルを覗き込んだ。


「……都合の良い『運命』を信じなくても、『占い』を嫌ってても、ふわふわした『夢』が無くても。生きてて楽しいことを教えてあげる」


 くらげはペンを置き、立ち上がった。


「?」

「外出るよ、もえ。寒いから用意して」


 もえぎへ振り向いたくらげの瞳は、いつもより輝いているように見えた。


「……へっ?」



 現在、2月の下旬。まだ雪は解け始めない。現時刻、午後11時半。そろそろ寝ようかと思っていた頃である。


「さむっ! ちょっとどこ行くのさ」

「いいから、こっち」


 パジャマにコートを着ただけのもえぎは身体を震わせながらくらげを追う。くらげは腕時計を気にしながら、やや急ぎ足で夜の街を進む。


「そっち林だよ?」

「ここから行くの」


 一体どこへ向かっているのか。分からないまま付いていく。くらげの確信めいた表情と行動に、意味が無い筈が無いと、もえぎもそこまで引き留めず付いていく。

 やがてふたりは、街を一望できる高台へ到着した。


「ここは?」

「もう結構集まってるね」


 辺りを見回す。周辺に数人の人影があり、中には望遠鏡を持った人も居た。服装や年齢はバラバラだ。学生服の青年、コートの女性、白衣の中年男性など。


「? 今日、何かあったっけ」


 もえぎは携帯を開く。だがネットニュースには、特に関係あるようなことは書かれていない。SNSでも、この場所が話題になってはいない。


「仕舞って、もえ。余計な光は要らないから」

「だから、何だってのさ。いい加減――?」

「しっ」


 くらげは唇に指を立てて、もえぎの質問を遮った。そのまま人差し指を、天空へ向ける。


「…………はな」


 呟きかけた瞬間、口が止まった。

 花火ではない。爆発はしない。

 その『夜空を飛翔する光線』は。『地平の向こうから立ち昇る光線の束』は。



 流れ星は知っている。上から下だけではなく、色んな方向に流れる流星群があることも知っている。

 だが、『逆さまの滝のように』『広範囲で上方へ落ち続ける』など、それこそ夢にも思わなかった。


「…………!」


 もえぎは言葉を失った。開いた口が塞がらない。頭に沸いてくる疑問は光の濁流に洗い流され、ただくらげの隣に立ってそれを眺めていた。

 視界に飛び込む、目眩いほどの光。幻想的のひと言では纏められない光景を、もえぎはその目に焼き付けた。


「……この為に生きてるんだよ、私は」


 くらげはぽつりと呟いた。その目からは涙が溢れていたが、もえぎは気付かなかった。

 この流星群は5分ほど続いた。



「『昇竜群』って言ってね。『竜の群れが天空へ昇る』と昔に例えられた現象。約10年に1度の周期。派手さの割りに知名度は低いから、よっぽど詳しくないと知らないやつだよ」

「……凄い。凄いよ、くー! ありがとう!」


 やがて夜空はいつもの静けさを取り戻し、逆にもえぎは興奮を隠せない。はしゃぎながらくらげに抱き付いた。


「凄いでしょ? 運命でも偶然でも奇跡でも、なんでも良いしどっちでも良い。『今』『私が』『感動している』その事実だけあれば、『そんなの』どうでも良いんだから」


 くらげも得意気に語る。今日この日、この場所で昇竜群を見れたのは偶然とも言える。だが、『見れた』のだからもはやどうでも良い。運命だなんだと余計な装飾はしなくて良い。


「こら」

「!」


 そこへ、ふたりへ声を掛ける足音があった。振り返ると、女性がひとり立っていた。


「……寮長?」


 もえぎが首をかしげ、そしてはっとして口を抑えた。


「稲岡に朝霧。1年生は夜8時以降の外出は禁止だと、最初に言わなかったか?」

「うっ。……ごめんなさい」


 もえぎは素直に謝った。くらげに連れ出された、などとは言わないし思ってもいない。


「ありがとうございます、新橋寮長」


 くらげは感謝して頭を下げた。もえぎの頭上に疑問符が浮かぶ。


「なん――……。……全く。お前のそういう所が気に食わないと、上級生に陰で言われているぞ」

「知っています」


 そんなこと、くらげは意に返さない。寮長は今、声を掛けたのだ。こんな所に居るということは、彼女も昇竜群を見ていたということ。とっくにふたりに気付いていたのだが、その場で言わずに『見せてくれた』のだ。寮長は厳しいと思われがちだが、実は優しいのだとくらげは知っている。そしてそれを感謝したと瞬時に悟れるほど、聡明な女性なのだと。


「ふたりとも、後で反省文の提出だ」

「書いてきました」

「はぁ?」


 くらげは『さっき部屋で書いていた』反省文を取り出し、寮長へ手渡した。


「…………」


 受け取り、それを眺める寮長。やがて気付くのだ。この下級生は、『全て』織り込み済みでここへ来たのだと。寮長も、ここへ来ることすら。


「ちょっ! さっき書いてたのこれ!? ズルい! あたしも――……!」

「……確かに受け取ったよ。そこまでされちゃね。『今日は気分が良い』から許してあげよう」

「え?」


 寮長は原稿用紙を掲げた。『2枚』ある。


「……くー?」


 きょとんとして、もえぎはくらげを見る。彼女は少しだけ気恥ずかしそうに、そして誇らしげに俯いた。


「……私が連れ出したんだから」


 寮長は去っていった。その先には例の彼氏が居るのだろう。寮内の模範的生徒である筈の彼女が恋人とここへ来ていたのだ。3年生に門限は無いとは言え、彼の手前では流石に強く叱れないだろう。


「私達も帰りましょ。寒いし」

「くーちゃん! 大好き!」

「はいはい」



「いや、あんなの見れるなんて。運が良かったね!」

「……違うよ。あれを見る為にこの学校に入ったんだから。運じゃない」

「え、そうなんだ。……ね、他にもあるの?」

「なにが?」


 帰り道。もえぎはくらげの言葉を思い出した。


「さっきさ。『この為に生きてる』とか言ってたじゃん。あんな凄い現象、他にもあるんじゃないかなって」

「……あぁ」


 ふたりはルームメイトになって半年以上経つが、実はいまいち、もえぎはくらげのことを掴みきれていない。何が好きで、ひとりの時は何をしているのか。将来の夢はあるのか。そんな話は、思えばしてこなかった。まさか済ました顔でルールを破るとは思わなかったのだ。


「宇宙へ行くの。私の夢。10年前に初めてあれを見てからね。『竜が天へ昇るように』私も空へ」


 くらげは、運というものを深くは考えない。結果でしか論じれないなら、考えることに意味は無い。

 『未来』と『未知』に『浪漫』と『感動』を求めて『努力』する少女である。

 昔、昇竜群を見て夢を決めたことが、運命かどうかなど『どうでも良い』し、意味の無いことを論じても生産性が無い。そんな無駄な装飾文で自分の感動を下手に演出されたくは無い。

 くらげは、もえぎより現実的に夢見る少女なのだ。


「……私とルームメイトで『運が良かったね』、もえ」

「えっ!」


 最後におどけてそう言った。

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