撤退<エピローグ>
俺は今、ベッドに寝ている。
フォーレス城の地下で俺を助けたブライザは、あのあとアムの加勢には行かずにブンドーラに戻って来た。
俺が目覚めたのはそれから十六時間後のこと。状況を把握した俺はブライザに対して「なぜアムを助けに行かなかったのか」と頭が変になるほど突っかかった。そして、フォーレスに向かおうとしたところで殴られて意識を失い、再びベッドに寝かされたのだ。
「おい、ラグナ。そろそろ機嫌を直せ」
俺を殴って意識を奪ったブライザは、ベッドの横の椅子に座っていた。
目が覚めてから十分。俺はブライザを無視し続けている。
「動けないラグナとあの少女を連れたままアムを助けに行けるわけないだろ。それにアムがお前を逃がしたのなら、戻って来られたら迷惑じゃねぇか」
だからと言ってアムを置いてくるなどという行動を取れるものではない。それをしたブライザに対して俺は猛烈に腹を立てていた。しかし、それ以上にアムが心配でならない。気が気でない俺が辛うじてベッドに横になっていられる理由はリンカーの言葉にある。
(アムは生きている。だから早く助けに行くぞ!)
奇跡の闘刃リンカーは遠く離れていてもアムと繋がりを持っている。だからリンカーにはアムの生存を感じることができるというのだ。俺も前世で奇跡の鎧だった頃はそうだったに違いない。
だが、現在そうでないことが悔しく、リンカーに対して嫉妬していた。
「ラグナ。お前、俺がアムを置いてきたことを怒っているんだろうが、俺だってはらわたが煮えくり返る思いなんだぜ」
俺が視線で『何に対してだよ』と訴えると、ブライザは俺を指さした。
「お前がもっと強ければ。もしくはしっかりしていれば、一緒に逃げるくらいはできたかもしれないってな」
そう指摘されてようやく頭が冷静になった。
「だが、お前が弱いのは仕方がない。厳密には弱いわけじゃないだろう。ただ奴らより力が劣っていただけだ。俺がアムの隣に立っていたら今回のような事態にならなかったとは言えない。奴らが俺より強ければ同じことだからな」
「ならどうすれば良かったんだ?」
「さぁな。そのときの状況で選択肢は無数にある。その選択肢を選んだ末にたどり着いたのが今だろ? きっとアムが選んだ選択もあったはずだ」
だが、アムは悪くない。
「もしその選択に後悔があるならそれを糧にしろ。より良い選択肢を増やす必要があるなら力になってやる」
より良い選択肢を増やす。それには戦闘経験と戦闘能力の向上が必要だ。
アクヤに勝てないまでもアムが六人の少年少女の闘士たちを無力化するまで持ちこたえられたなら。
フォーレス王が聖闘女アクヤの従者だという可能性を考えられていたなら。
アクヤの攻撃が奇跡の鎧を無効化する理由に気が付けたなら。
戦況を正しく判断する能力と、それを分析してどこかで撤退と判断し、決断する意思、そして行動する力があったなら。
こういった能力があれば選択肢が増え、その中に危機を乗り越えるモノがあったかもしれない。
「俺も助けに行こうかと迷った。行くべきではないとは思ってはいたが、行こうとしていたんだ」
表情を曇らせたブライザがそのときのことを話し始めた。
「グラチェに話してアムの救援に行こうとしたんだが、グラチェは動かなかった。オレにはリンカーの声は聞こえねぇからよ、グラチェの感じからしてリンカーがなにか言ったんだろうと判断したんだ」
「リンカー?」
(ふん!)
あとでわかったことだが、リンカーがグラチェに『撤退だ』と伝えたらしい。リンカーにとっても苦渋の提案だったのだろうが、それがアムからの厳命だったという。
「だけど、ブライザならアムと協力して勝てたかもしれないだろ。少なくともアムを助けて逃げることができたかもしれない。なにもせずにその可能性を捨ててどう思ってるんだ?!」
「そう思うのはお前が奴らと闘ったからだ。奴らの強さを知っているから俺とアムならなんとかなったかもと思うんだよ」
その通りだ。その返答に異論はない。
「それに俺が奴らとやり合ったことでブンドーラとの繋がりを知られれば、アムが回避しようとするフォーレス対ブンドーラという図式ができあがっちまう。それはアムに対する裏切りだろ」
これにも反論はできない。
「もうひとつ付け加えるなら、ラグナがアムの立場だった場合。お前はアムに助けに戻って欲しいと思うか?」
「……思わない」
そんなこと思うはずがない。
「というわけだ。だから俺はお前たちを連れてここに戻った」
今さら考えても仕方がない。ブライザが取った行動が正しいかどうかではなく、間違ってはいないことは理解している。
俺が言い返さなくなったところで、ブライザは立ち上がって部屋の扉を開けた。
「今お前がすることはなんだ? 心と体、ついでに頭を鍛えることだろ? 幸いにもアムは生きているっていうじゃねぇか。丸一日以上たってるのに生きているっていうなら、奴らにもなにか考えがあって生かしている可能性はおおいにある」
「そうだな」
ブライザはニヤリと笑ってみせた。
「だから一秒でも早く体を治せ」
「今寝ているのはお前が殴ったせいだ」
「しこたま暴れるから」
「加減しろよ」
「本気のお前に加減する余裕はない」
ブライザは硬く握った拳を見せてから部屋を出ていった。
こうして部屋にひとりになって思い返すと涙がこぼれそうになる。その目をひと拭いして俺は布団を被った。
「なにもかもが中途半端だ」
俺はきっと強い。そこらの上級闘士と比べて遜色ない実力がある。それはお世辞を言わないアムの言葉から察することはできる。だが、その強さに自信がない。自信はないのに向上する欲がない。それはアムが強過ぎるからだろう。
護るという気持ちはあっても彼女より弱い自分にそれができるのか? その必要があるのか? 俺はアムを護るほど強くなれるのか? という思いが向上心を鈍らせていた。
奇跡の鎧が自分の意思で纏えないことに疑問を抱いても、窮地に陥ればどうにかなると取り組んではこなかった。
二十年の時を超えて再会した俺とアム。もう二度とあんな別れを迎えるものかと、紛い物でない、奇跡ではない強さを求め、俺は修練に打ち込んだ。そして、季節は移り変わっていく。
~偽りと真実の章~ 前編 【完】
偽りの英雄 聖闘女アムサリア ながよ ぷおん @PUON
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