敗北

 気付くと俺はなにかに深く埋まっていた。焼けたすすや生臭さの混ざった匂いが妙に鼻を突く。


 肩から胸にかけて斬られた傷は出血こそ止まっていたが、動かせば激痛が走った。きっと興奮状態が覚めたからだろう。


 薄暗い。なにかに埋まっていてよくわからないが、俺の体の下に柔らかい物を感じる。


「なにがどうなって……」


 そして、不意に思い出した。


「アムっ?!」


 聖闘女アクヤにやられ、フォーレス王に追われた俺を、少女が担いでアムが開けた穴に飛び込んだのだ。


(起きたか、無力な半人前)


 憎まれ口を叩くのはリンカーだ。いつもよりもトゲがあると感じるのはリンカーの感情の問題だろう。


「おい、アムはどうなった?!」


 最後の一瞬、アムはアクヤの法術に撃たれていた。


(知るかよ。おれはアムに投げられた勢いで、おまえたちと同じ穴から落っこちたんだ)


「そうか。なら、アムを助けに行かないと」


(まずは俺をここから出せ)


 痛みに耐えながら体を覆うなにかをかき分けて起き上がると、少女が俺の下敷きになっている。


「おい、生きてるか?」


 体を軽くゆすってみるが意識はない。だが、呼吸していることは確認できた。


 俺を助けるために跳び出したのだろう。しかし、その結果アムを置き去りにすることになってしまった。


(その子がいなかったら、おまえは奴らに取っ捕まって、アムの脚を引っ張ることになっていたはずだ。まぁ最初から引っ張りまくっていたけどな)


 リンカーの言うことに返す言葉もない。最初こそ武装兵を倒したが、聖闘女アクヤに圧倒されたあげく、乱入してきたフォーレス王に翻弄され、この少女によってギリギリ脱っすることができたのだ。


 その少女は、見る限りでは外傷はなく、気を失っているだけのようだ。


「ここは城内に入るときに見えた……ゴミの山」


 見上げると、二、三十メートルの高所に俺たちが落ちてきたであろう穴が見える。もし、この場が硬い地面であったなら、下敷きになったこの子は助からなかったかもしれない。


「ゴミがクッションになってくれて良かった」


(いいから早くおれを出せよ)


 天井を見上げている俺を口やかましい兄弟が急かした。


 ゴミの山をかき分けてリンカーを感じる方をまさぐると、硬い棒状の物が手に当たる。


「これ……だな」


 痛む体で引っ張り出したそれは、なにかの骨だった。


「まさか、人間の骨だなんてことはないよな」


 最悪の想像をして身震いしたのは、フォーレス王国が人体実験をしていると聞いているからだ。


(こっちだ役立たず)


「探してもらってる側のくせに……」


 これがアムの心から生まれたと思うと不思議でならないが、彼女がフォーレス王に向かって毒づいていたことを思い出し、あれがそうだったのだろうと思い直した。


 ゴミの中から引き抜いたリンカーに俺の剣を探させて回収したが、意識の戻らない少女をどうするかに困ってしまう。このままここに置いておけないが、連れていくわけにもいかない。俺たちは闘技場に戻らなければならないからだ。


(その子はどうするんだ?)


「とりあえず、ここから下ろさないと」


 少女を抱えて背負おうとしたのだが、俺はめまいを起こして山から転がり落ちてしまった。


 法術法技の乱発と度重なる鎧の力の発現が心力を弱らせ、多大な流血が肉体の力を奪った。心身の限界を迎えた俺の体はもう動かない。


(立て、貧弱ラグナ。追手が来たらどうするんだ)


 ここに落ちて俺がどれだけ気を失っていたかわからない。今のアムにはリンカーがいないのだから急がなければ。だが、どれだけ力を振り絞っても体が動かないのだ。


「アム。今……行く」


 動くのは口だけ。そんな俺の耳に聞こえてくる声がある。妖魔も妖魔獣もいないフォーレス城の地下施設跡地には誰もいないはずなのに。


(うるさいな、何度も呼ばなくても聞こえてるし、わかってるって)


「……ナ、……ナ、……グナ、ラグナ! おい、ラディアっ!」


 古い名で呼ぶ声が俺の意識を引き戻した。開いた目に飛び込んできたのはブライザ組のおさで、二十年前の旧友ブライン=スライザーだった。


「生きてたか親友」


「二十歳になろうかって俺に四十過ぎたあんたが親友とかいうなよ」


 ようやく覚醒してきた意識でそんなことを言い返していた。


「もうひとりの親友はどうした。アムはどこにいる?」


 俺は闘技場に続く階段を指さした。


「あそこからフォーレス城内に入れるんだな」


「アムは聖闘女とフォーレス王のふたりを相手に……」


「お前はそのふたりにやられちまったんだな。その子はなんだ?」


「アムが俺を逃がそうとして……。この子が俺を抱えて……。だから早くアムのところに……行かないと」


「だいたいわかった」


 ブライザはリュックからゴワゴワした布を出して俺の剣とリンカーを巻いて腰に縛った。そして、俺と少女を脇に抱えて立ち上がって歩き出す。


 その先には薄黄緑色の体毛を持つエルライドキャルトの牙獣グラチェが待っていた。


(ブライザが来てくれたならなんとかなる。アムと俺とブライザとグラチェならきっと奴らに勝てる)


 フワフワの体毛に少女と俺を乗せたブライザが何事か伝えているが、グラチェは動かない。


(なにやってるんだ。早くしないと)


 リンカーが荒々しく叫び、グラチェがブライザの袖を咥えて引っ張る。それに対してブライザがなにか言っているのだが、その声もだんだん遠くなり、いつしか聞こえなくなった。


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