秘技

 アクヤの四重法文で錬成された形象法術の威力は凄まじく、アムの法術を物ともせずに打ち破ってしまった。そのまま直撃した法術に飲まれて観客席の壁を破壊し、アムは瓦礫に生き埋めだ。


 いや、生き埋めならまだいい。あれほどの法術を受けて生きていられるのか。


 俺は自分の体の痛みを忘れて瓦礫に向かってい進むと、少し離れた場所から「しぶといな」というアクヤの声が聞こえた。しかし、そのアクヤは俺を見ていない。


「こやつにトドメをさしてもよいのか?」


 フォーレス王のこの問いに対してアクヤは俺を一瞥することなくうなずいた。


 アムを助けるどころか自分の身すら護れないなんてと悔やむ俺に、フォーレス王がハルバードを振り上げる。


「メガロ・ザンバー」


 瓦礫を粉砕して飛び出した斬撃がフォーレス王の剛撃を体ごと弾いた。法技を放ったのは瓦礫の下でその命すら危ぶまれたアムだ。彼女は再崩落し始める観客席から飛び出して、フォーレス王の前に立ちはだかる。


「おい、大丈夫か?」


「平気さ、今のラグナほどじゃない」


 アムはそう言うが鎧の半分を失っており、見るからに強がりだとわかる深手を負っている。


(よくもアムを傷つけやがったな! おまえら揃ってなます斬りだ!)


 アムを傷つけられたリンカーは激昂げきこう。そのリンカーを生み出したアムは静かにアクヤを見ていた。


 さっきの法術の撃ち合いはアムが完全に押し負けた。四つの法文に心力を分散してあれほどの威力を出すアクヤの法術の力と技能は生半可ではない。いったいどうすれば。


「そろそろこの見世物も終了の時間だ」


 アクヤの従者フォーレス王が二メートル近いハルバードを担ぎ上げ、間髪入れずに振り下ろす。直後に重々しい金属音とその波動が俺の体を震わせたが、物理的衝撃は届かない。それは、アムが攻撃を受け止めたからだ。


「終わらせられるのか? おまえの力で」


 アムは余裕とも受け取れる言葉を返してみせ、そのまま力任せに押し返す。彼女は大きなダメージを負ってはいても、フォーレス王に後れを取らない地力があった。


 バタバタした足取りで転倒を回避したフォーレス王の背後で煌々とした法術の余剰光が立ちあがる。フォーレス王の攻撃は次の一手のための時間稼ぎであり、奴はその時間を稼ぐだけの力を持っていた。


「終わらせるのは私だ。受けよ、これが聖闘女の秘技だっ! ネバーエ・ホート・ジー」


 かかげた手のひらから立体法術陣が浮き上がる。異常な輝圧を発する法術陣の光は隠滅の力を持っているのがあきらかだ。三層に分かれた法術陣はアクヤの心力を受けて紋様が光を強めてゆく。


「一層が肉体を清め、二層が心を清め、三層が魂を清める。貴様のように汚れた存在がこれを受ければ、なにも残らないかもしれんな」


 アクヤは一メートル程度ある球形の立体法術陣を手のひらに構えて突進し、俺とアムに向かって突き出した。


「受けよ、浄化の光を」


 俺は咄嗟にアムの前に跳びだしてアクヤの法術陣の盾になった。ブロックした腕にアクヤの秘技が接触した瞬間、背後に立つアムが法技を放つ。


「ギガンティック・ザンバー!」


 聖なる光の侵食を受けた俺を大きな衝撃が襲う。その衝撃は質は違えど破壊魔獣エイザーグの怨念の咆哮に似ていた。


 アムの盾になったことに意味があるのかわからない。その力が体、心、魂を打ち抜いた感覚があったからだ。俺でさえこれほどの衝撃を受けた聖闘女の秘技を、陰力体のアムが受ければどれほど苦しいだろうか。


 俺の頭上を通過したリンカーから超巨大な斬撃が放たれた。しかし、その斬撃はアクヤには当たらず彼女の髪を大きくなびかせただけ。渾身の法技は狙いを大きく外して闘技場の隅にある緑色の大きな箱を破壊した。


「ア……ム」


 背後のアムの力がたちまち衰えていく。その存在感も薄くなっていくようだ。

 そんなアムはなにを思ったか後ろから俺を思いっ切り蹴り飛ばした。踏ん張れない足でつんのめって突っ込む俺をアクヤは苦も無く避け、その隙をついて斬り込んだアムの攻撃を受け止める。


「ラグナっ、あの穴から逃げろ!」


 その穴とは、アムが破壊した緑色の大きな箱の下に空いている筒状の穴のことらしい。


 起きあがりざまに振り向くと、剣を交えるアムは聖闘女の秘技を受けてズタボロだ。まるでウォーラルンドで森の妖精ウラの攻撃から魔女を護ったときのようだった。


「早く行け! キミを護りながらでは闘えない」


 衝撃の言葉だが言い返せない。事実アムは俺を護るために無駄に攻撃を受けたのだ。


 言い返せないが逃げろと言われて逃げられるものではない。あれほどの傷を負った状態ではさすがのアムもアクヤに対して逆転勝利は難しいのだから。


「逃がさん」


「させん」


 俺を追おうとするアクヤの行動を阻止するために、立ち位置を入れ替えたアムは背中越しに「逃げろ」と指示を飛ばした。


「お前を置いて逃げるわけには」


 笑う膝に鞭打って立ち上がった俺は、大昔に似たようなことがあったことを思い返すそれは、身をていしてエイザーグを足止めするリンカーがアムに逃げろと言ったことだ。


「ヴァルブルガ、奴を逃がすな」


 ヴァルブルガ=アイク=フォーレスことフォーレス王はアクヤの言葉を受けて俺に迫る。


「ちくしょう!」


 負傷したうえに力を削がれた俺は、おぼつかない足取りでアムが空けた穴に向かうしかなかった。


 もう頭の中は真っ白に近い。なにをどうすればいいかわからず、ただ『アムの足手まといになってはいけない』、『捕まるわけにはいかない』、『殺されるわけにはいかない』としか考えられなかった。


 ふらつき倒れそうになった俺にフォーレス王の手が伸びてくる。振り回す剣もハルバードによって阻まれた。


「ストーム・ザンバー」


 全方位を薙ぎ払う法技を放つアム。俺を襲うフォーレス王を妨害するための攻撃だ。


「ぬおう!」


 荒れ狂う斬風がハルバードを煽り、フォーレス王はそれに耐えている。だが、アクヤを目の前にして、この行動は無謀だった。アクヤはそれを見逃すほど甘くない。彼女の猛撃がアムを襲う。


 俺は転げてフォーレス王の手を逃れたが、痛みで思うように動かない体では逃げ切るのは難しい。そんな俺に向かって踏み出したフォーレス王の足に剣が突き刺さった。


 痛みに耐える息を漏らすだけで剣を引き抜いたフォーレス王の隣を横切って向かって来たのは、俺がここに飛び込む切っ掛けとなった少女だった。彼女は体当たりするように俺を抱え上げる。


「あそこから脱します」


「貴様、裏切るか!」


 怒号を上げて俺たちの逃走を阻止しようとするフォーレス王に向かって、あろうことかアムはリンカーを投げつけた。


 アクヤを前にリンカー無しでどうすんだと考えたとき、俺を抱えた少女はアムが開けた穴に飛び込んだ。


「アムーーーー!」


 伸ばした手の先でほほ笑むアムにアクヤの光の法術が放たれた。

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