剛と柔の闘い

 聖闘女は真の英雄。その後継者のアクヤ=クァレージョ。そして、聖闘女ということすら否定された偽りの英雄アムサリア=クルーシルク。ふたりの闘いが始まろうとしていた。


 拮抗した力量の闘いは長引くことが予想されたのだが、この闘いは思いのほかあっけなく幕を閉じることになる。


 剛の法剣を剛の剣技で振るうアムに対して、比較的細身な短剣に近しい法剣を柔の剣技で受けるアクヤ。速さと体捌きでアムの猛撃を回避する中で、その法剣は何度かリンカーの破壊的な攻撃を受け止めている。


 クレイバーさんの作った俺の愛剣を十合程度で破壊した邪聖剣クリア・ハート。今は元通りリンカーが宿り、そのときよりもさらに力強さを増しているように感じる。その剣を受け止めるアクヤの法剣の等級はリンカーに劣るモノではないのだろう。彼女の剣技の腕前も相まってアムと互角に斬り結んでいた。


「シューティング・ウィンド」


 ほんのひと間合い離れた瞬間に撃ち出されたアクヤの風の刺突法技を、下がることなく切り上げるアム。それでも体勢を崩さず闘い続けるアクヤは、アムに対抗できる強さの持ち主であることがよくわかる。


 そんなアクヤの攻撃は突き技が多めの独特のリズムで、攻めと退避でアムの連撃を抑え込んでいる。


 剛剣を打ち込むごとに回転力を上げていくアムのリズムは、アクヤによって見事に封じられていた。とはいえ、アムが不利なわけではない。


 ウォーラルンドの英雄ヘルトが振るう縦横無尽の槍と渡り合ったことを考えれば、アクヤの剣技に後れを取る理由はない。


 鎧のヒーリング効果によって少しずつ痛みが引き始めた俺は視線だけで闘技場内の状況を探った。


 闘技場には若い闘士が倒れ、アムが斬った魔獣が転がっている。観客席には数十人の見物人がいるが戦闘能力という点では障害にはならないだろう。城の兵士は倒した武装兵以外はいない。あとはニヤケ顔でふんぞり返っているフォーレス王だけだ。


 となれば城の兵が集まる前にアクヤをどうにかすれば俺たちの勝ち。つまり短期決戦。そのためには俺が戦線に復帰してアムに手を貸すか、自分を護るか逃げ切るだけの回復が必要だ。


「アムは嫌がるかもしれないけどな」


 闘士の決闘というならば卑怯と言われる行為だが、侵入者である俺たちに対して相手が一対一の闘いを望むはずもない。今はたまたまこまがないだけのこと。

 観客は本日の目玉の大勝負と言わんばかりに騒ぎ始め、ときおりその声援を法技の音が切り裂いていた。


 剣術・法技はアムが一枚上手で押しており、アクヤは際どいところでしのいでいるように見える。それが作戦による演技ではないことは闘いの流れと表情から読み取れるのだが。


 リーチが短い法剣のアクヤは、アムの周りを回りながら前後にステップを踏む超接近戦のスタイルだ。アムは押しては引き、引いては押す、変幻自在とも言うべきスタイルである。


 リンカーは俺の法剣とほぼ同じデザインの両刃の長剣だが、少しだけ刀身と柄が長い。そんな法剣を自在に振り回して超接近戦で受けて立っている。むしろ接近戦を望むようにアムは前へ前へと出て闘っていた。


(なぜだ? あれだと得意の高機動戦闘にはならない)


 その理由に気付くのは、この少しあとだった。


「卑怯だが的確な戦略だ」


「賊に情をかけてやる義理はないからな」


「だが、やらせん」


 力の乗った水平斬りによって防御法術は弾け散り、法剣で受けたアクヤを吹き飛ばす。好機とばかりに心力を高めるアムなのだが、なぜかその目は俺に向けられた。


「エクス・シルド・アブソール」


 俺に向かって発現されたのは攻撃ではなく法術の盾だった。ジャリーンという濁った音は法術の盾が強撃を受けた現象だ。身を固めながら振り向くと、明滅する法術の盾がハルバードの一撃を防いでいた。


「フォーレス王!」


 さっきまで椅子に座り、娯楽とばかりに観戦していたフォーレス王が闘技場に降りていたのだ。アムの法術の盾を揺るがす一撃を放ったフォーレス王は、再びハルバードを振り上げて後ろ脚を踏ん張った。


「ぬおりぁぁぁぁ!」


 王座で日々を過ごす者では出せない声と気勢が俺の心身を震わせる。袖から見える隆起した前腕の筋肉が、王位の冠を被っただけではない本物の闘士であることを示していた。


「ラワルド・デストール」


 初めて聞いた法文がハルバードに力を与え、法術の盾を破壊して俺を殴り飛ばした。いくらか勢いが落ちたとはいえど、大質量のハルバードを受けた俺は天地もわからない状態で闘技場を転がった。


「これが聖闘女の従者だ、アムサリア」


 遠くでそんなことを告げるアクヤの心力が高まり、アムもそれに応えて法文を唱える。


「セイング・ガイア・ドラゴーン・ブラスト」


「エクス・ブラスト・スピアーラ」


 壮大に広がるアクヤの心力と荒振り猛るアムの心力が法術を錬成し、うつ伏した俺の視線の先で撃ち放たれた。


 アクヤの四重法文から発現された大地の竜は、爆発する槍の雨に撃たれながらも突き進み、わずかな拮抗さえ見せず唸りを上げてアムに食らいついた。その勢いのままに闘技場の壁へと突き刺さり、大地の力を解放させて観客席を崩落させてしまう。


 アムは逃げ遅れた者たちと一緒に崩れた瓦礫の下で生き埋めになってしまった。

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