不敵
変わらずゆったりとしているように見えるが、無駄のない動きから繰り出されるアクヤの攻撃は反応し難い。しかし、鎧の強化のおかげで俺はどうにか耐えしのいでいる。
クレイバーさんから贈られた剣も聖闘女アクヤの剣に劣ってはいないと、握る柄から感じられた。
時間を稼ぐために守備固めに入った俺を見るアクヤ。その鋭い視線にわずかな変化があった。
「それをされると少し厄介だな」
追い払うように振るった俺の攻撃を下がって避けたアクヤは、突き上げた二本の指を振り下ろす。
「セイング・ファイム・ジャベリン」
投擲された炎の槍に迎撃が間に合わない。鎧は光の飛沫を発してその力に抗っているのだが、俺の心身は法術の槍の衝撃と炎によって痛烈な痛みを受けていた。
「ごあぁぁぁ」
「ラグナ!」
今度は物理攻撃ではなく法術の力を打ち消せなかったのだ。いや、確かに打ち消す光の飛沫は出ている。なのにこのダメージはどうしたことか。
動きが悪くなった俺に接近してきたアクヤの剣が肩、腕、足と次々と斬りつけ、冷気を帯びたような心力が傷から伝わってきた。やはりアクヤの攻撃に対しては鎧の護りが本来の力を発揮していない。
「ランド・メイラ」
大地の力を使って張られた法術の鎧がいくらか斬撃の力を削ぐのだが、心力の消耗が俺の戦意を弱めていくのを感じた。
(そろそろ心力が尽きる)
そう自覚できるくらい心身の疲労を感じたところに、アクヤはトドメと言わんばかりに法術を撃ちだした。
「セイング・エルス・プレシャー」
鎧を透過するかのように感じる猛烈な気圧に押しつぶされ、俺の体に強い衝撃が与えられた。
「ラグナー!」
消えそうな意識を必死で引き戻すと、目に入ったのは振り向くアムとそのアムに襲い掛かる五人の闘士たち。そして、法技を振りかぶるアクヤの姿だった。
「セイング・ヘビー・セイザー」
「ゴーラ・エルス・ストーム」
ふたりの聖闘女が同時に法技を発現させる。
朦朧とする意識の中で聞こえた声によって意識を取り戻した俺ができたのは、その声の方に体を倒すことだけだった。直後、アムが作った陰力の暴風が幼い闘士たちを飲み込み、俺の胸を切り裂いたアクヤを巻き込んで吹き飛ばした。
「ア……ム」
振り向いたアムと目が合うと、アムはその表情を激変させて俺に走り寄ってくる。
焼けるような痛み、脈動に合わせてズキズキと傷口が疼く感覚。今までに受けた傷の中で一番深いことがわかる。
「大丈夫だ、死ぬほどの怪我じゃない。意識を保て!」
(痛いよ。かなりの出血だ。これが死ぬほどの怪我じゃないってホントか?)
アムは腰のポーチから瓶を取り出してコルクのフタを口で引っこ抜き、俺の傷口に掛けた。
「この傷の深さに法術聖水じゃ効果は薄いだろ」
そう伝えているのだが声は出ていなかった。
「キミはわたしを護るためにここにいるんだろ?! それがこんなところで倒れてどうする!」
喉の違和感、肺が縮むような苦しさに俺はむせ込んだ。
「しっかり意識を保て、でないとこれが飲めないぞ!」
アムが何事か叫んでいるが内容が理解できない。
彼女の顔もぼんやりしてよく見えないが、なにをしているのかはわかった。アムは法術聖水を口にしているのだ。
「それをアムが飲んでどうするんだ?」
声にならない声でそう伝えた俺にアムの顔が近付いてくる。
「…………んーーーー?!」
薄く霧がかった世界が突然鮮明になりそのまま空を貫いた。続けて、めいっぱい目を見開いた俺の口に法術聖水が流し込まれ、勢いのままに飲み込んだ。
「よし、意識はハッキリしたな。あとはそれを保って回復を促せ」
(今、なにをした?)
そんな疑問を置き去りにしてアムは立ちあがりアクヤに向かって数歩前に出た。
不殺のために手加減をしたであろうアムの法技だったが、それを受けたアクヤは何事もなかったように立っている。
距離はすでに間合い。互いに隙のある棒立ちだが、どことなく誘っている感じがあった。
「今のラグナへの攻撃は手を抜いたのか?」
「殺す気で斬ったが全力ではない。耐えられたならそれはそれで構わない。その結果の貴様の行動を見たかったからな」
やはり俺はアクヤが本気で闘うほどの敵にはなりえなかった。
「貴様の従者はなってないな。聖闘女と従者は強い繋がりがあり、主を護るためにより以上の力を発揮するものだ。だが貴様らにはその繋がりが無い。つまり、貴様は真の聖闘女ではないということだ」
「また偽物か……。次から次に偽物を証明する材料だけは湧いてくる」
アム、ここは一度退こう。声には出せないが俺は伸ばした手でアムに訴えた。
(仲間がやられてこのまま退けるかってんだっ。それに最後はアムとおれの見せ場だ。おまえは寝てればいいんだよ)
言葉ではなく意思を拾ったのであろうリンカー。この言葉のあとにアムは小さくうなづいた。
法術聖水による傷の消毒と細胞の活性。微量ながら心力と体力の回復。出血は少しずつだが治まっていくはずだ。奇跡の鎧のヒーリングの効果と併せて傷が癒えていくのを感じるが、この戦闘に復帰するのは不可能なことは明白だった。
(観客席を登ってあの出口まではかなりの距離だ。俺が自分で動けるようにならないと逃げきれない)
今は自分の不甲斐なさを棚に上げて最善の手を考え行動する。それは傷の治療と体力の回復だ。
単純な戦闘能力ならアムが負けるとは思えない。しかし、伝説の聖闘女リプティから連なる、自称真の聖闘女アクヤ=クァレージョの能力はまだまだ未知数。楽観視していい相手ではない。
「薄汚い力で我が国の闘士を汚染したことを後悔させてやろう」
「殺すのは良くても汚染するのはダメなのか? 汚れは落ちる。だが命は戻らんぞ」
「命は糧だ。残った者に受け継がれる」
「同じ教団出身とは思えない狂人じみた教えだな。国民全員がそんな考えだったら闘いの絶えないこの世界で安寧な暮らしなど送れはしない」
「国とは小さな組織に過ぎない。我々は世界の安寧のために動いている。真の安らぎを得るために、今は闘うときなのだ」
互いの言い分をぶつけ合いつつも、水面下では言葉でも武力でもない力が交錯している。
「ならばわたしは、おまえの言う大きな世界のために犠牲になる小さな者たちを護ろう」
アムの体を黒い霧が覆った。そして、その霧は密度を増して俺の鎧に似通った黒い鎧となって彼女を包んだ。
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