弱点

 原理はわからないが奇跡の鎧は俺の心力により、あらゆる攻撃を減衰または無効化させている。その力の源が切れたのであればアクヤの攻撃の衝撃が大きくなるのはしかたのないことなのだが……。


「もう一度試してみるか。エルス・ドラゴーン・エッジ」


 俺が立ちあがるのを待ってから、アクヤは再び形象法術を発現させた。


 風によって作られた竜が目に見えるのはおかしな現象だが、おそらくそれは空気の密度で光の屈折が変化することで視認できるのだろう。だが竜が見えるというのはどういうことか? 切羽詰まったこの状況の中で頭に浮かんだのは、どこかの世界の竜の力を呼び寄せたのだろうという結論だった。


 直上から物凄い勢いで風の竜が喰らいつくと空圧と風刃が襲い、俺をきりもみさせて地面へと埋めていく。鎧から激しい光の飛沫が発せられ、圧力や摩擦や風の斬撃を打ち消すことで致命傷は受けないまでも、水の竜のときと同様にそれなりのダメージが俺の体に届いていた。


「ぐぅっ、くっ」


 圧が収まり素早く体を起こせたのは心身の耐久限界ギリギリ手前だったからだ。


 アクヤは形象法術に耐えたことに驚きを見せていたが、法術を無効化するほどの力は発揮されてはいない。さらに言えば、アクヤの剣や徒手空拳に対して、ほとんど減衰効果がない。


(俺の調子がおかしいのか、それともあの聖闘女が特別なのか……)


「これじゃぁあいつの正確な強さが量れないぜ」


 こう毒づいたとおり、俺の役割はその一点にある。俺の力量でアクヤに勝てるとは思わない。だから、アムが六人の闘士を無力化するまでアクヤの力を消費させ、手の内をあきらかにする。


 俺は少し後ろに下がってアムに意識を向けると、彼女は少年闘士のひとりを踏みつけながら、残りの五人と立ち回っていた。


 アムにしては手こずっている。もちろん斬り倒せないからなのだが、それでもまだひとりしか倒せていない。


「アム、大丈夫か?」


 横目でチラチラと見ながら掛けた声に応えたのはリンカーだった。


(アムはこいつを護りながら闘うので忙しいんだ。おまえは死なないように時間を稼げ)


「護りながらって、踏みつけているそいつのことか?」


(このガキどもは、仲間諸共攻撃すれば、アムがそれを護るということを利用してやがる。とんだクソ野郎どもだぜ!)


 リンカーの愚痴に意識を向けた俺に強い気勢が届いた。


「油断が過ぎるぞ」


 その言葉を発してから攻撃してくるアクヤは手を抜いていることは間違いない。それでも俺は圧倒され、速さと技についていけずに斬り叩かれ続けた。鎧は小さく光を放つが、やはり本来の減衰力は発揮されていない。


「くそっ!」


 俺はこんなふうに毒づくことしかできなかった。


「対法術の重複錬金が用いられているだろうが、それほどではなかったか。物理防御も中の上。もっと特別な力もあると感じだのだがな。我らの軽化重装けいかじゅうそうの鎧と同じで中途半端な欠陥品のようだ」


(違うっ!)


 これもまた言葉には出せなかったのだが、違うのだ。奇跡の鎧は法術法技だけでなく、エイザーグという魔獣の物理攻撃も減衰させる力を発揮してきた。物理攻撃だろうと法術だろうと咆哮だろうと関係ない。関係ないはずだ。


 遠い昔の闘いの記憶を思い出している俺に向かって、アクヤがおもむろな動作で剣を動かした。そのゆっくり静かな動きに反して感じる圧は高まっていく。


「アクア・フロー・セイザー」


 冷たく静かな声で発せられた法文によって、高速で流れる水の膜がアクヤの法剣を包んだ。


 観客の歓声が消えるほどの集中力の中でさえ、無駄なく流麗な動きで振り下ろされた剣に迎撃も回避も間に合わない。反射で差し出した手甲にアクヤの凍てつく殺気と強力な法技が光芒を引きながら接触した。そこから体中の神経を逆なでる刺激が駆け抜けた瞬間、鎧は強い光をまき散らしてアクヤの法技に抵抗してみせた。


 初めてのことに驚いたのかアクヤは目を見開いて俺から大きく間合いを開けた。


 俺も少々驚きつつ手甲に視線を向けてみると、そこには極わずかな傷はある。衝撃こそ大きかったが、法技の力に対してはこれまでのように強い防御効果を発揮した。


(助かった)


 とはいえ、今の一撃を防いだことによる心力の消耗は大きい。俺は呼吸法によって精神の安定と集中力を向上させて次に備えた。


「おもしろい……。たいした鎧だ」


 フォーレスの聖闘女は今までと違って少しだけ抑揚のある声と微笑でそう言った。


「本来の性能は物理攻撃の減衰と法術法技の無効化といったところか? 瞬発力や継続力のある攻撃によってはその限りではないだろう。だが、それほど強力な法具であれば纏う者によっては無敵と思える強さを発揮できるのかもしれんな」


「俺じゃぁ役不足ってことを言いたいのか?」


「いや、恐らく貴様だからこそなのだろう。それほどの力を発揮するにはどれほどの心力が必要かということを考えれば、私の法術と法技を防いだ貴様の心力はそうとうなモノだ」


『欠陥品』と評したさきほどとは一転して、今度は高評価を口にするアクヤ。嘘や冗談といったわけではないようだが、続く言葉で再び俺は緊張を余儀なくされる。


「その鎧を欠陥品と言ったことは訂正しよう。あるのは欠陥ではなく弱点だ」


(弱点?!)


「その様子だと気付いてはいないのだろう。相手が私でなかったら勝負はわからなかっただろうが、やはりこの勝負は私の圧勝だ」


 圧勝というのはさすがにハッタリを感じる。弱点があるという言葉に動揺はあったが、そのあとの言葉で冷静さを取り戻せた。


(もう少しだけ時間を稼ぐ)


 防戦のアムだがきっとなにかを狙っている。それを成すまで持ちこたえれば俺たちの勝ちだ。


 こう自分に言い聞かせ、俺は震える膝に喝を入れた。

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