品定め
「聖騎士見習いの闘士たち。最後の試練を与える」
アクヤと名乗った先代聖闘女の言葉に、闘技場の周りに設置された松明がバチっと弾けて燃え上がった。同時に固まっていた見習い闘士たちもビクリと体を震わせる。
「神聖なるフォーレス城に忍び込んだ
アムの威圧を受けて固まっていた者たちは再び強い意志と殺気を発して構えを取った。
「それが世のためのおこないか? 聖闘女のやるべきことだというのか?」
アムを包囲しながら間合いを詰める闘士たち。心力は高められ気を鋭く尖らせる。すべてがアムを倒すことだけに注がれ、見習いと称された彼らの闘志は一流の域に達している。
さすがのアムもこの六人を相手に不殺の闘いは厳しいだろう。彼女に加勢しようとしたとき、強烈な気勢が俺に向かって放たれた。それを受けた俺は素早く後ろに下がって向きなおる。構える法剣を向けた先に立つのは、突き刺すような視線の聖闘女アクヤだ。
「聖闘女を語る者の従者よ。貴様は私が相手をしよう」
(流れ的に逆だろ?! お前がアムの相手じゃないのかよ!)
「それはありがたくない申し出だな」
表層では冷静に返してみせた俺に、アクヤはさらに冷たい視線を突き刺した。彼女が登場してから終始感じる恐ろしくも奇妙な感覚。それが一体なんなのかはわからない。
「アクヤよ、わたしと闘わないのか?」
六人の闘士を背にしてアクヤに問うアムの行動は、見習い闘士たちよりもアクヤひとりのほうが警戒すべきだと示しているのだろう。
「私の興味はその男の鎧にある。法術を無効化するほどの力を有しているように見えた。いったいどういった法術を施しているのだ?」
武装兵の鎧は物理攻撃に特化した対応がなされた防御法術が施されていた。アクヤの言い方からするとフォーレスの企みに法具の製作も含まれているのだと予想できる。
「さてね、生まれ持ったモノなんで仕組みまでは俺もわからない」
「生まれ持ったモノとはどういった意味だ?」
「そんなことを敵に対してホイホイ答えてやる義理はないぜ」
「そうか。ならば実戦の中で聞くまでだ」
アクヤのこの言葉が開戦の合図となってアムの背後に三人の闘士が詰め寄った。ほぼ同時に鳴り響いた四つの甲高い音は、アムが三人の少年闘士たちの剣を跳ね返した音と、俺がアクヤの剣を受けた音だ。
「ぬぅっ!」
華奢な体が振るった剣とは思えない衝撃に、鎧を纏った俺の体が押される。
(重いっ)
予想を上回るアクヤの剣の重さに焦り後ろに引いた俺に向かって、今度は開いた手のひらを向ける。
「では、さっそく試させてもらうぞ。アクア・ドラゴーン・スプラッシュ」
彼女の背後に朧げなモノが浮かんだ途端、それは白いしぶきを上げて飛び出した。
「形象法術?!」
ぐるぐるとうねりながら迫る水の竜。その竜が大口を開けて俺に喰らいついた。
押し潰す圧力と衝撃を全身に受けながら俺は闘技場の壁に叩き付けられると、さらに水の竜は激しく爆発する。その衝撃は減衰されてはいたが、これまで受けた中では群を抜いて強烈だった。
「ぐっ、形象法術なんて初めて見たぜ。本当にあったんだな」
聖霊仙人ハムや森の妖精ウラが使う小型の聖霊幻獣とは違う。他の世界の獣の力を呼び寄せて具現化するとも言われる特殊な法力呪術らしい。だが、書物にそういった記述を読んだことがあっただけで実際に見たことはない。開始早々聖闘女アクヤの実力を見せつけられた。
(法術にかんしてはアム以上か)
とはいえ、それに耐えたこの鎧はやはり大したモノだと、自分自身のことなのにどこか他人ごとのように感嘆した。
「この法術に耐えるとはその鎧の力は本物か」
敵の誉め言葉に不敵に笑う余裕はない。こんな大発現力の法術を何度も打ち消すほどの余力はないのだ。すでに妖魔獣グレイモンキールとの闘いから何度も力を使っているのだから。
俺は法術を使わせないためにアクヤに接近戦を挑む。それをわかっているのか、アクヤはあえて受けて立っているようだった。
いくつかの法術が常時発現する奇跡の鎧。力を強化する【トルクス・エンハンサー】、瞬発力を強化する【アクセラル・エンハンサー】、反射神経を強化する【リフレクス・エンハンサー】などだ。
こういった強化によって俺の戦闘能力は普段よりも高くなる。しかし、最初こそ俺の剣を受け捌いていたアクヤだったが、次第に回避することが多くなっていった。
「なかなかの剛の剣だが貴様の強さにはなっていない」
お父さんとアムは剣技をメインに法術を交えて法技で決めるという似たタイプの闘士だ。そのふたりによって鍛えられた俺の剣が俺の強さになっていないとアクヤは言う。その言葉を切り散らすように振るう剣が空を斬る数を増すほどに、俺の心に焦りが滲んでいく。
接近戦を挑んだ俺にバックステップによって距離を取らせたのは、動揺と焦りだった。
「エルス・スパイラル・アローラ」
高速飛翔する七つの風の矢。そのすべてを対処してみせた直後のアクヤに、俺は突進しつつ法技を放つ。
「エルス・ファルッシュ」
風の矢を斬り払ったアクヤに高速連続斬撃が閃くが、剣閃は剣閃によって阻まれた。
「リズムが悪い」
俺の法剣より取り回しの良い長さであるアクヤの法剣によって法技は軽々と打ち返されて攻守が入れ替わる。
「トライアングル・スタァブ」
同時と思わせるほどの速さで繰り出された突きが肩と腹と胸を打つ。そのとき感じた違和感が俺の反撃を鈍らせ、アクヤはそれを見逃さずにふところに飛び込んだ。
「せいっ!」
体を小さく回転させて打たれた肘の衝撃が波紋のように全身に広がってくる。膝の力が奪われ後方にたたらを踏んで転倒した俺は追い打ちを警戒するのだが、アクヤは覇気のない視線を向けながら立っていた。
「わたしの法術に耐えたことには驚いたが、それ以外はたいしたことはなさそうだ」
なんだとっ! この言葉に反論したい気持ちはあったが、それは口に出せない。出さなかったのではなく出せなかったその理由は、奇跡の鎧が聖闘女の繰り出す刺突斬撃をほとんど減衰させなかったからだ。このことが俺を混乱させた。
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