名乗り

 作戦がハマり、一気に勝負を決めた俺はすぐにアムに視線を移すと、アムは闘いの合間で俺をチラ見しながらも、高速で突かれる槍をすべて対処していた。


「そんなに心配そうな顔をするな。ヘルトに比べれば取るに足らない槍さばきだ」


 槍使いは決して弱くはない。むしろ一般目線で見れば高い実力を有している。


 しかし相手が悪かった。上級などと言う枠組みをぶち抜いたウォーラルンドの英雄である槍使いヘルト。それを打ち破った規格外の闘士、聖闘女アムサリア。彼女の前に立って障害となりえる者がこの世界に何人いるのだろう。少なくとも今彼女と対峙する槍使いはその中には入り得ない。


「エクス・アリーズ・ラップ」


 槍使いの足元を氷結させてその動きを封じたアムは、地面にリンカーを突き刺して続けざまに法文を叫んだ。


「タァク・ロッグ・プレッシャー」


 左右の地面が隆起して岩石となって立ち上がり、武装兵を勢いよく挟み込んだ。

 だが、それだけでは終わらない。


「グラデ・ロッグ・ハンバー」


 さらに巨大な岩石が隆起して巨大なハンマーを形成すると岩石の板に挟まれている武装兵を叩き潰した。


「さて、フォーレス王。おまえの忠実な側近には長期休暇を与えてやった。今度はおまえがここに降りてきて彼らの代わりに働いたらどうだ?」


 怒っている。いつものアムの言葉じゃない。リンカーはアムのこの部分から生まれたのだということを理解した。だとすると、俺はアムのどういった部分なのだろう?


 そのアムに切っ先を向けられて挑発を受けるフォーレス王だったが、その表情は変わらない。


「調子に乗るな、聖闘女を語るぞくが。お主らごときが崇高すうこうな使命を持つ我らの邪魔をしたことを後悔させてやろう」


「ほう、やる気になったか?」


 アムの挑発に乗ったのかと思ったが、フォーレス王は椅子に座りなおした。そのときようやく俺はフォーレス王の横にいる者に気が付いた。


「だれだ……?」


 王の代わり観客席の階段を降りてくるその女性からは、冬の冷たい空気のようなてつきを感じた。半面、その空気はグッと引き締まっており不純物のないとても澄んだモノで、俺を困惑させる。


 闘技場に降り立ち俺たちに近付いてくる彼女は非常に無防備であり、線の細さと相まって、およそ闘士とは思えない。


 短く整えられた髪は青み掛かった黒。アムよりも少し華奢に見えるがよく見れば引き締まった体から相応の鍛錬の色が見受けられ、見覚えのある等級の高い軽鎧がそれを包む。


 俺より少し年上に見える大人びた顔立ちは切れ長で鋭い目つきが印象的だ。きっと誰が見ても美人と思うであろう彼女は、俺がこれまで会った闘士たちとは一線を画す雰囲気を持っている。そう、フォーレス王と同じように。


「貴様たちは私に会いに来たと言ったが、なぜ私のことを知っている?」


 優しげに聞こえる声なのになぜかその言葉は心に重く響いた。


「ということは、おまえがこの見世物の元凶である元聖闘女か。おまえのような奴が聖闘女とはなげかわしいな」


 少し大げさなジェスチャーで話すアムに彼女は表情を変えずに返した。


ではない、私は聖闘女だ」


 彼女の格好に見覚えがあったのはイーステンドの闘女が身に付けている軽鎧に似ていたからだ。


「で……、なぜ私がここにいることを知っている?」


「それはな……、同じ聖闘女だけが感じる予感のようなモノだ」


 えっ?! とんだハッタリに俺は一瞬表情でアムに突っ込んでしまった。


 それには気が付かなかったのか気にも留めていないのか、彼女はじっとアムを見ている。


「貴様が聖闘女だと? そんな戯言ざれごとを言う者がいることが嘆かわしい。聖闘女とは清く気高く美しい、世界のために大いなる使命を背負って闘うことのできる者だ」


 大先輩である三代目の聖闘女は、アムを聖闘女とは認めないという発言をした。これに対して言い返したのはアムでなくリンカーだ。


(不細工なおまえが言うな! アムの可愛さにかなう者がいるかよ)


 彼女を相手に不細工発言をする奴はこいつくらいだろう。だが、緊張感の薄れるリンカーの言葉は彼女には届かない。


「清く気高く美しく、と自分で口にするのはさすがにはばかられるが、世のために闘うという意志にかんして言えば胸を張って言えるぞ」


 このアムの発言を聞いて初めて彼女は表情をけわしく変えた。


「世のためだと? 今こうして我らの崇高すうこうなおこないを邪魔している者がなにを言う」


「そのおこないが崇高だと勘違いしているからわからんのさ。おまえの言う崇高なおこないのために、目の前で苦しむ者がいるのだ。その者に手を差し伸べることが悪だと言うのなら、わたしは喜んで悪となろう……とは思わない。おまえのおこないを悪だと証明するまでだ」


「リプティがそうであったのように聖闘女は世のために闘う英雄だ。小さな世界しか知らない者の英雄ごっこと一緒にするな。聖闘女とは貴様のように薄汚い力を持った者では絶対に成れないのだからな」


 彼女は侮蔑ぶべつの目でアムを見ている。


「英雄ごっこ……だと?」


 このアムの言葉から、俺は深淵しんえんの底に封じられた凶悪な力が沸き上がってくるような感覚を覚えた。


「やはり薄汚い力だ」


 その感覚は一瞬だったが確実に暗黒力とわかるほどの圧だ。それを受けてフォーレスの聖闘女が剣を抜く。同時に今までよりもさらに凍てつく空気がこの場に広がっていく。


 このやり取りを見ながらざわざわとしていた観客席の者たちは、その空気に当てられて凍り付いたように騒めきを消す。かくいう俺も体が硬直しているのに力が入らないといった戦闘にはそぐわない状態におちいっていた。


「名乗らんのか?」


 その空気の中でアムだけはいつもと変わない。


「名乗る意味があるとは思えんが、いいだろう。わたしは……、三代目聖闘女アクヤ=クァレージョ」


 感情の込められていない声で三代目聖闘女が名乗ると、その静かな覇気に砂埃が巻き上がった。

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