第5話
太陽が傾いてゆく。
家に帰らなければ。虎は思った。
結局2匹は長い間、黙って隣に座っていただけだった。
なぜ俺は何も話さなかったのだろう。
あれほど聞いて欲しいと思っていたのに、何も話さなくても隣にいてくれる狼の存在に心が満たされていた。
「そろそろ帰らないと。」
狼が言った。
出血は止まったようだ。
「今日は本当に助かったわ。ありがとう。
さようなら。」
ペコリとお辞儀をして、狼は歩きだした。
「あの!!」
思ったより大きな声が出た。
狼が驚いてこちらを振り返る。
「あ…ええと…」
何と言えばいいのだろう。
このまま、2度と会えないかもしれないと思ったら引き止めていた。
また会いたいと言っていいものなのだろうか?
そもそも、相手は本来ならば獲物として見ていた存在なのだ。
咥えて家に帰れば、妻と子供たちが大喜びで肉を食べるだろう。
けれど、目の前にいる狼をそんな風には見れなかった。
「また会えるかな?」
狼の瞳が揺れた気がした。
「約束はできないけれど…
でも、あなたとはまた会える気がする。」
そう言って狼は草原の中へと消えて行った。
空は青からオレンジへと変わっていた。
不思議な気分だ。
今までここにいた彼女は、幻だったのではないかとさえ思う。
「帰ろう」
虎は家への道を歩き始めた。
妻に、獲物をとれずすまなかったと謝らなくては。
お腹をすかせている子供たちに、謝らなくては。
「大丈夫。気にしないで。」
と言ってもらえたなら、どれほど楽だろう。
狼の微笑んだ顔が、ふと脳裏をよぎった。
本当にいつかまた会えるのだろうか。
彼女のことを、もっと知りたい。
なぜ…??
自分に問いかけてみる。
なぜ会いたいんだ?
なぜ知りたいんだ?
なぜまた微笑んでほしいと思うんだ?
俺は…
俺は、彼女に恋をしたのだ。
虎と狼 まゆぞう @saori1129
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