一万円、あげるんで。

けしごム

ここで歌うな。



♪「突然~現れた~キミ~」


あいっかわらず音程ハチャメチャ過ぎんでしょ!

マジで迷惑、公害、耳がおかしくなる!

ついでに頭もおかしくなりそう!!



♪「僕は~そんな寂しそうなキミに~惚れた~」 


あーあーあー、だーかーらー、お・ん・て・い!!!

なんなんだよ、そのなんとも言えない音程は!!!

不快極まりない!

絶対音感ないあたしでもメチャメチャ不快だわ!

絶対音感ある人ならすぐに倒れちゃうよ、あんた犯罪者になっちゃうかもよ!


♪「僕はキミを~誰よりも愛してるんだ~」


それに声がデカイんだよ!

なんでそうなるわけ、

てかなんでそんな音痴で路上ライブとかやるわけ!?

それも毎週金曜日に!

疲れている金曜日に!!

確かにここは人通り少ないけど、あたしが通らなきゃいけない道で路上ライブやるなっつーの!!!

これ、カラオケで60点もとれないんじゃない?

なんでこんな下手くそなわけ!?

どうすればこんなに下手くそに歌えるわけ!?

実は笑いをとるためにやってるとか?



♪「キミは~いつも僕の太陽で~」


いや、あの顔は真剣だわ!!


♪「キミは~僕の月でもあって~」


超絶真剣だわ!!

自分に酔ってる表情だわ!!

陶酔しちゃってるよ、ある意味酔っぱらいだよ!!!

それに、こんなに下手くそなのになんで箱置いとけるわけ!?

誰もこんなのにお金出さねーよ!!

出すかボケ!

てかお金出すからここで歌うのやめてほしいわ!

こっちは疲れてんだよ!

1日の終わりで疲れてんの!!!

それなのにこんなの聞かせられたらたまんないの!!!


♪「キミは~僕を救ってくれたんだ~」


誰も聞いてないよ!

てか迷惑そうな顔であんたのこと睨んでるよ!

気づいて!気づいて!

あたしも超絶しかめっ面であんたのこと睨んでるから!

気づけボケ!!!

目つぶって陶酔してないで気づけ現実に!

戻ってこーーーい!!!


♪「キミの~ためにぃ~僕は~いつまでもぉ~歌うよ~」


あーあーあー、音量あげるなぁ!!

てか、あんたに歌われても誰も嬉しくないから!

迷惑!大迷惑!超迷惑!超絶迷惑!!!

イヤホンして音楽流しながら歩いてんのにあんたの声の方がよっぽどデカく耳に入ってくるってどういうこと!?

ヘタだって自覚して!

自覚してくださああああい!!!

やっぱりね、いくら歌が好きでも公共の場で歌うには歌が好きって気持ちだけじゃだめだよ、うん!!!

技術がともなってないと!!!


♪「僕と出会ってくれてありがとう___」


お、終わった~~!!!

やっと終わった!!!

もう歌いませんよね!?終わりですよね!?


びくびくしながら後ろを振り返り、チラリと私のイライラの原因の超本人をみる。


ってばか!あほか!

まだ歌うのかよ!!!

まわり見て、まわり見てくださあああい!!

みんな嫌そうな顔してるよね!わかるよね!?

もーーーー、あたし、耐えられない!!!


くるりと方向転換をして、今にも次の曲を歌いだしそうな彼に向かって一直線に走る。


「待って、待ってくださあああい!」


私は手をぶんぶんふって、マイクを手にして口を開けた彼に自分の存在をアピールした。

私の存在に気づいた彼は、マイクを持つ手をおろした。

表情はまわりが暗くてよく見えない。


「あの、これっ!どうぞ!!!」

目の前の彼を睨み付けながら、一万円を彼の鼻先に突きつける。

目を丸くしている彼を見ながら彼を観察する。

こんなに近くでこの人みたの初めてかも。

意外と地味な人。

ピアスしてないし、髪の毛も染めてなさそうだし、ネックレスとかもしてないし、服もシンプルな暗めの色のものだ。

それに、どちらかというと自分には自信がないタイプのように見える。

見えるだけだけど。

まあでも、あんな大声でひっどい歌いかたしてるから自分に自信満々なんだろうね。


目の前の彼が言葉を失ったままなのを見て、イライラを彼にぶつけた。


「これあげるんで、もうここで歌わないでください!

ここじゃなければ歌ってくれていいんで!

少なくともこの駅の周辺はやめてもらえれば自由に歌ってくれていいんで!

お願いだから、そんな音痴な歌聞かせないでください!!!」


すっきりした!すっきりしたあああ!

かなりひどいこと言ったけど。

正直言って、罪悪感とか皆無だわ。


「えっ、えっと、?」


頭がついてけてないらしい。

そりゃそうか。

よし、今のうちに逃げるぞ!


「とにかく、そういうことなんで!!!

ほんと、あなたの声聞きたくないんです!」


彼の手に一万円を押し付けて一目散に逃げた。

後ろを振り返らずに逃げた。

あーーー、これで来週は静かに帰宅できますよーに!!!

ほんと、迷惑なんですよ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「あー、やば。」


翌朝起きて、ふと昨日の自分の行動を思い返してすぐさま後悔した。


うわー、、、。

あれは傷つくよね・・・、、。

さすがに傷つくよ、誰でも。


あーあ、はあ。

なんてことをしちゃったんだ私は。

サークルの女の子に陰口言われたから、避けられたから、先輩になんだか理不尽な注意受けたから、テストが上手くいかなかったから。

そんなイライラを彼にすべてぶつけちゃったんだ。

たしかに、毎週毎週うんざりしてたけれど、うわあ。

あれはだめだ、あれはだめだよ昨日の私!

ぽふっと布団に顔をうずめながらひとりで猛烈に昨日の行為を悔いる。

たしかにあの路上ライブはひどいしはっきり言って迷惑なんだけれども!

あれは良くなかった!良くなかったよ!

はああああああ。


葛城かつらぎ 媛実ひめみ18歳。

最低最悪の黒歴史(?)を作ってしまいました!!!



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「ほんとにいない・・・」


黒歴史をつくった1週間後の金曜日。

いろんな意味でびくびくしながらいつもの道を通ったら、本当にいなかった。

静かだった。

今まで毎週欠かさずここで路上ライブをやってた彼のことだから、私に言われたことが原因に決まっている。


「はあ」


罪悪感が大きな波となって押し寄せる。

この1週間、何回後悔しただろうか。

あんなにすっぱりとあの人を否定してしまった。

私に言われたことを気にせず今日も路上ライブやってたらちょっとは罪悪感とか薄れたけどなあ。

まあ、お金もらった(押し付けられた)手前、遠慮したのかなあ。

ううう。

というかあんなこと言われたら、落ち込んで歌なんて歌えないか。

そんな弱くないか。

どうだろう。

はあ。

なんであたしはいっつも、こうなんだろうなあ。


♪「突然現れたキミ、僕はそんな寂しそうなキミに惚れた」

何度も聞いた彼の下手な歌声が頭にこびりついて離れなかった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



どうしても自分がやってしまったことをそのままにできず、私は近くの駅に毎週金曜日に足を運び、彼を探すことにした。

謝りたかった。

謝りたいし、罪悪感から逃げたいという利己的なものもあると思う。

もしかすると結局は、自分のためなのかもしれない。

わかんないや。


3ヶ月くらい探し回ったけれど、見つけられなかった。

最後の方は金曜日以外も探したけれど、失敗だった。

あの日にあんなことさえ言わなければこんなことにならなかったのにね。

一万円失ったし、こんなに罪悪感で苛まれてるし、時間だって無駄にしてるし、ほんとアホだよなあ、あたし。




彼を結局見つけられず、また彼の顔に関する記憶もいつしか消え、罪悪感も日に日に影を薄め、あの日から4か月経って私はとうとう彼を探すのを諦めた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


それから約2年。

私は大学3年生になり、華のキャンパスライフ・・・とは程遠い大学生活を送っていた。



「もうほんっとに、やです~」


いつもはこんなことしないのに、ストレスと疲労のせいでテキトーに入ったちょっとオシャレなバーでべろんべろんに私は酔っていた。

若い男の店員がうんうん話を聞いてくれるのをいいことに、べらべらと喋ってしまう。


「大変ですねえ、学生さんは。

特に女性だと、きっとそういう面で苦労するんですよね。

無理しないでくださいね。」


にこにこと面倒くさがらずに私の話を聞いてくれる。

もうー、神です~、あなた神ですー。


「も~、優しいですね~~、ひっく、

ほんと、大学行きたくないですー、

もうやです~、

それに将来の夢だってないし~、私にできることなんて、ひっく、ないんですよぉ~、ひっく、

どうせ私はだめなんです~、ひっく、」



頭の片隅では迷惑な客とはわかっているものの、お酒の力が理性を優に上回りカウンターでグダグダグダグダ同じようなことを連発していた。


「大丈夫ですよ。

今は先のことなんて見えないかもしれないですけど、きっと大丈夫です。

僕だって、今こうやってどうにかなってますし。

それに、この仕事けっこう気に入ってますしね。」


ふっと、声色が一瞬だけ悲しげになった気がして、遠慮もなく私は尋ねた。


「おにーさん、なにか大変なことでも、ひっく、あったんですかー?」


「そうですねえ。

まあ、僕がいけなかったんですけど。

もともと歌うことが好きでシンガーソングライターになりたかったんですけどね。

なにしろ、自分でわかってはいるんですけど僕は歌がヘタなんですよ。

音程が全然とれなくて。

でも、家族とかは何も言わずに応援してくれてたのを良いことに、練習すればイケると思って懲りずに路上ライブとかやってたんです。

まあでも、誰も聞いてくれないしやっぱりダメなんだなあなんて思ってたんですけどね、

ある日、若い女の子、そうですね、あなたと同じくらいの年の女性だと思うんですが、言われたんです。

一万円あげるからもうここで歌うなって。

もちろん、雷に打たれたようなショック受けました。

次の日とか、ろくに食べ物食べられなかったですし。

でも、あの子があのとき言ってくれなければ僕はいまだにアホみたいにシンガーソングライター目指してました。

だから、あの子には感謝してます。

それからここで働きだして、楽しいしちゃんとした収入も得られているし。

ふふ、今となっては良い思い出です。

もらった一万円は、いまだに使えずに取ってあるんですけどね。

返したいですけどまあ、もう返せるときはないでしょう。

あの方の顔とか忘れてしまいましたから。

でも、あの一万円を見るとしっかりしなきゃ、と思えるので僕にとってすごく価値のある一万円札になっちゃってるんですよね。

人生何があるかわかんないです、ほんとに。

ですからきっと、あなたにも自分に合ったことが見つかると思いますし、仲良しの友だちも出来ますよ。

それにしても、あの方にもう一度お会いしたいものですねえ。

ハッキリと現実を突きつけてくださったのはあの方だけだったんです。

だからとても感謝しているのですが会えないですかねえ」



一気に酔いがさめた。

それ、絶対あたし。あたしのことじゃん。

あたしに決まってる。

ど、どうしよう。

それが私だと言うか言わないか。

どうしよ、どうしよう。

謝りたいけど、謝りたいけど。

私に気づいてないだろうし、私も話聞くまで全然気づかなかったし、言わなければそれはそれで良いのかもしれないけれど。

え、どうしよう。

謝らないといけないけど、はあ。

どうしよう!!!


「はは、強烈な人がいるものですね・・・、

おかげで酔いがさめました。

すみません、たくさん愚痴ってしまって。

おかげさまで楽になりました、

では、」


早口で言ってからお会計を済ませ、足早に店を出た。

少し戸惑ったような顔をされたけど多分バレてない、大丈夫。


たしかに、人生何があるかわからないね。

身をもって、たった今知りましたよ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「今日もいらしてくれたんですね」


にこっと例の彼に微笑まれ、なんとも言えない心境になる。

ここのバーには1週間に1度、毎週金曜日に通っている。

それとなく彼に私だと言うことを知らせようとしているけれど、効果はないみたいだ。

それもそうか。気づかないよね。


運命の(?)再会を果たしてから2ヶ月。

私は毎回ここにくるたびに彼にあのときの女は自分だと名乗り出て謝ろうと思うのだけれどいざ彼を前にするとできないのであった。

そしてなんだか、そんな状況に疲れて来てしまった。

軽く一杯飲んだあと、私は意を決した。

今なら私以外に誰もいないし、チャンスだ。



「次は、何をお召し上がりになりますか」


「・・・。」


「どうしましたか?具合でも悪いですか?」


「・・・、

♪突然現れたキミ

♪僕はそんな寂しそうなキミに惚れた

♪僕はキミを誰よりも愛してるんだ

♪キミはいつも僕の太陽で

♪キミは僕の月でもあって

♪キミは僕を救ってくれたんだ

♪キミのために僕はいつまでも歌うよ

♪僕に出会ってくれてありがとう」


まだ客が私以外に誰もいない店内。

小さな声で、でも彼にははっきり聞き取れる声で歌った。

この歌だけは今でも覚えていた。

何ヵ月も毎週金曜日に聞いてれば自然と覚えていた。

たしか、音も歌詞もこんな感じだったと思う。

まあ、彼はもう少し音程ズレて歌ってたけど。


おそるおそる彼を見てみると、一万円を突きつけたときのような顔をしていた。


「すみません、私なんですよ。

あのときあなたにひどいこと言ったの、私なんです。

本当にすみませんでした。

自分のイライラをあなたにぶつけただけだったんです。

本当に申し訳ありませんでした!」


言い終わった瞬間、すっきりして肩の荷がストンと消えたようだった。

やっと謝れた。


「そうだったんですか、、。

すみません、全く気づきませんでした。」


「私も、あなたからあのお話を聞かなければ気づかなかったと思います。

言い訳がましいですけれど、ずっと謝りたいと思っていたんです。

本当に、すみませんでした。」


「いえいえ、いいんですよ。

あなたはいろいろと苦労されてるようですし、僕の下手な歌なんか聞かされたらたまったもんじゃないでしょうから。

それに、この前も言ったと思いますけれど、感謝してるんですよ。

僕に現実を突きつけてくださってありがとうございました。」


頭を下げられて、逆に私が焦る。

いやいや、感謝することじゃないですから!


「それに、ふふ、僕のつくった歌を今でも覚えてくださっているのは嬉しいです。」


「えっ、あ、なんかすみません。

あ、えっと、お会計お願い、します!!!

それから、本当にあのときはすみませんでした!」


「謝らないでくださいよ、実際、僕の歌は下手なんですから。

あの、これまでここに通ってくださったのは、僕に打ち明けるためだったりするんですか?」


「・・・そうですね、でもなかなか言えなくて今日までずるずると来てしまいました」


「では、もうここにはいらしてくださらないのですか」


「えっ、それは、どうでしょうか、わからないです。」


「そうですか。

もしよろしければ、またいらしてくださいね。

僕、あなたのお話を聞いてあなたとお話しするの、けっこう楽しみにしてるんです。 

あ、別にあの、ただ、また来てくださったら嬉しいなあというだけなので、そんなに気になさらないでくださいね!

もしこの店を気に入っていただけてるなら、ということですから。」


「私のこと見て、嫌な気持ちになりませんか?」


「えっ、なりませんよ。

そんなことはありません。

僕の恩人じゃないですか、あなたは。」


「そんな大げさな。

恩人というより悪魔ですよ、わたしは」


「はは、面白いことをおっしゃいますね。

どこが悪魔なんですか、そんなわけはありません。

あのときはあなたのことをどんなに気が強い方なのかと思いましたけれど、あなたはとても可愛らしい方じゃないですか。

それに、なんだかあなたのお話を伺っていると少しでも力になりたいなあなんて思ってしまうんです。せめてお話を聞くだけでもしたいと思うんですよ。」


ふふふっと口に手を当てて目を細めながら私を見てにこやかな笑みを浮かべている。

一度、辛くあたってしまった人に優しくされることほど苦しいものはない。

なんでそんなに優しいんですか。

困るんですけど。

てか可愛らしい人ってなんですか、初めて言われたんですが。


「かかか、可愛らしいってなんですか。

ただのひねくれてる平凡な大学生ですよ。」


全力で否定したら、さらに笑われた。


「そういうところですよ、とても可愛い」


「か、からかわないでくださいよ。

たちが悪いですよ、そういう冗談は。

私みたいな単純な人はすぐ引っ掛かっちゃいますからね、あとあと面倒になりますよ」


「おやおや、それはすでに引っ掛かってくれてるということですか」


少し驚いたように私を見ながらカクテルを作っている。

なんだか目にあやしい光が宿っているような・・・。

私、おちょくられてますよね!?

いや別に、すでに引っ掛かってるとかそういうことではないですから!


こちらの心のなかも知らずに、次はなにをお飲みになりますかと若干白々しく聞いてくる。


「そういうことではなくてですね!

なんていうかその、いえ、なんでもありません!

とにかく、からかわないでください!

引っ掛かってるとか全くないですからね!

お会計!お願いします!!!」


完全に主導権を握られているのが悔しい。

というか恥ずかしくて今すぐここを出たい。

もう絶対来ないし!絶対来ませんから、ここ!


「男の人に慣れてないんでしょうか」


はいぃ!? 

そうですが何か文句でもあ り ま す か!!!

首をかしげて"いかにも僕は純粋です"というような瞳で私を見ている。

あなたそれ、演技ですよね!?

内心、コイツおもしれー、とか思ってるやつですよね?


「そうですね!

ほとんど男性とは普段話しませんからね!

話したいとも別に思いませんし!」


はいはい、どーせあたしは枯れてる非モテ女子ですよーだ、べーー!

ちょっと男の人に優しくされるだけでテンション上がっちゃう残念な女子ですよーだ。


「たしかあなたは、大学3年生でしたっけ?」


「はあ、そうですけれど・・・、

いきなり話そらしましたね」


「では、20歳くらいですか」


「そうですね、老けてるって言いたいんですか、」


「まさか。

そんなことを誰に言われるんです?」


「この前、浴衣買いにいったときに店員のオバチャンに言われたんですよ、他にもちょくちょく言われますしね!」


「はははっ、僕は全く思いませんけどねえ。

それにしても浴衣のお店のオバチャンって、はははっ、」


愉快そうに笑う目の前の彼を見て、むーっとなんだかムカついてくる。

そんなに笑わなくてもいいでしょーが!!!

僕は全く思いませんけどねえって、思ってるから笑ってるんでしょーが!!!


「あ、いや、すみません、ちょっと笑ってしまいました」


私のじとっとした視線に気づいたのか、こほんと咳払いをして少し焦ったように真顔に戻った。


「別に良いですよ、笑っても。

実際そうですし」


「あなたはもっと自分に自信を持った方がいいですよ。

それでですね、あなたは年上はイケますか?」


「・・・は?」


「年上は嫌ですか」


「・・・・・は?」


「年上と付き合うのは嫌ですか」


「・・・はいぃ!?」


「同い年の人の方がやっぱりいいんですか」


「はい?

なんの話ですか?

いきなりなんでこんな話するんですか?

話の脈絡がなさすぎて意味わからないんですけど」


「おや、これでもわからないですか、

やはりあなたは可愛いですね」


「はいぃ!?

それって馬鹿にしてますよね、私のこと!

いえ、まあ、いいですけどね、私は馬鹿ですし、馬鹿にされるのはいいんですけどね!?

おっしゃる意味が理解できないのでもう少しわかりやすく言ってもらってもいいですか」


「ちなみに僕は28です」


「はあ、そうですか。

えっと、お若いですね」


「あなたの方が若いじゃないですか、

もう、おもしろいなあ」


なんだろう、すごく納得いかない。

これが年上のヨユーというやつなのだろうか。

この人の手のひらの上で転がされてる気しかない。


「わかりやすく、ですか。

そうですねえ、僕とお付き合いしてくれませんか」


「・・・は!?」


「まだわかりにくいですか、ではなんと言えば良いんでしょうか、僕の」


「いや、わかりましたから!

突然すぎて戸惑ってただけですから!」


この人、絶対に楽しんでる!

私をおちょくって楽しんでる!


「そうでしたか、それは良かったで」


「どこが良いんですか!

店に来る女の人のことそうやっていつも口説いてるんですか!?

それともあれですか、私があなたに言ったことへの復讐ですか、やられたらやり返すみたいな。

もしそうなら効果抜群ですよ、おめでとうございます、

あなたの思惑通り私は今、すごくパニックですからね、

あなたの気が済むまでやってくれていいですよ、これであなたへの罪悪感も消えそうですから!」


「心外だなあ、僕がそんな軽い男に見えるんですか」


「見えないですけど、人間、見た目ではわかりませんから!

この前、すごく可愛くて優しそうな女の子が、『あのブス猫』とか誰かのことを言ってたの見ちゃいましたからね、わたし!」


「たしかにそうかもしれませんが。

ぷはっ、それにしても面白いですねえ、あなたは。

そういうところが可愛いのだとどうしてわからないのでしょう?」


完全に遊ばれている!

この人のオモチャになってしまっている!!

そうだ、それでこうやっていつも女の子を口説いてホテルにでも連れ込んでワンナイトとかやっちゃうんだきっと!

私は引っ掛からないんだからあっ!!!


「面白くないですよ!

面白くないですから!

大真面目ですから!」


「僕だって大真面目ですよ。

ではせめて連絡先だけでも交換しませ」


「しませんっ!!

わたし、知ってるんですからね!

こういうときにホイホイ男の人の言うとおりにしてあとで後悔する女の人が大量にいるってわかってますからね!

それで連絡先教えたらアレですよね、ばらまかれていろんなひとから迷惑メールとか来ちゃうんですよね!

私は引っ掛からないですよ!」


「そんな、参ったなあ。

そういう人もいるのでしょうけれど、僕は違いますって。

どうしたら僕はあなたに信用してもらえるのでしょうか」


「さあ?

何をしてもダメだと思いますけどね、

とにかく!帰ります!お金払います!おいくらですか!!」


「残念です。

非常に残念です。

せめて連絡先だけでも、と思ったのですが。

代金は頂きませんよ、なにしろ僕はあなたに一万円をもらってしまってますからね。

ではまた、気が向いたらいらしてくださいね。」


「いえ、払いますッ!!

払いますから!

払わせてください!」


「いえしかし、」


「は ら わ せ て く だ さ い!!!」


「そこまで言うなら、わかりました。」


しぶしぶと言った感じで1500円ですと言った彼。

むうう、遊んでるようには見えないけど。

で、でも!そもそも!私が告白されるとか正直ありえないんだから!

しっかりしろわたし!


「はい、ちょうどお預かりしました」


レシートも受け取らずにそそくさと店から出ようとしたら、呼び止められた。


「あの、これ受け取ってください。」


半ば強引に私の手に押し付けられた小さな紙を見ると、走り書きで電話番号とラインのIDらしきものが書いてあった。

それから、

長洲ながす 圭吾けいごと書いてあった。

この人の、名前かな。

男の人なのにずいぶん繊細で綺麗な字に一瞬だけど、目を奪われた。


「いえ、いらないです、」


「それなら捨ててくれていいので、お願いします、受け取ってください。」


「連絡しないですからね、絶対!

連絡なんてしませんよ!」


「わかりました。

でも、はい、そうですね、

それはそれで大丈夫です。

気が向いたらしてください。」


「じゃあ、すぐに捨てちゃいますからね、連絡なんて来ないと思ってくださいね!では!

いつも私の面倒くさいお話をたくさん聞いてくださってありがとうございました!!!

失礼しますッ!」


「あ、ま、待ってください!

お名前教えてください!

下の名前だけでもいいので」


「はい?教えてどうするんですか、」


「ただ知りたいだけですよ」


「絶対教えません。

自分の名前気に入ってませんし。

では!」


手に持った紙を握りしめながら逃げるようにして店を出た。

なにしろ男の人に対する免疫というか耐性がなさすぎて調子が狂う。

騙されないもん!!

それにしても、あの人に話聞いてもらうのはすごく好きだったのになあ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



宣言通り、私は一切、彼と連絡をとらなかった。

たまに、連絡とってみようかなどと思ってしまったことはあるけれど。

あのバーにも行っていない。

早くも最後にあのバーに行った日から半年が経とうとしていた。


「あー、疲れたなあ」


あの人にわたし、けっこう助けられてたんだなあと不覚にも思う。


「もうめんどくさいなあ」


すべてが。

すべてが面倒だ。

人間関係も、勉強も、全部がどうでもいい。

なんでこんなに、ひねくれてるんだろ。


「はあー。」


気にするまいと思っても他人の目を気にしてしまう自分が嫌。それに疲れるし。


「もう、どこか遠くに逃げてしまいたい」


勉強だって、なんだか入学してみたらやりたいことと違ったし。


そういえば今日は金曜日かあ。

1年生のころは、あの人の歌にすごくイライラしてたなあ、なんて思い返す。

今ではキャンパスが変わってしまってあの道は通らなくなっちゃったけど、行ってみようかな。

懐かしい記憶に浸るのは結構好きだ。

それがあまり良くない思い出でも、なんだか昔のことというのは今よりはマシだったように思えることが多いから。

プチ現実逃避だ。


思い立ったら即行動。

さっそく私はあの駅に行き、2年前は毎日歩いていた道を目指す。

まわりのお店とか、けっこう変わってるのかなあ。

美味しそうなイタリアンのお店とかあればそこでちょっと高級ディナーを楽しむのもいいかもしれない。

たまの贅沢だし、別にいいよね。


少し気分が良くなって、改札を出る。

懐かしいなあ、あんまり変わってないや。

駅を出て、どこに行くわけでもなくぶらぶらとさまよう。


とそこに、


「え。」


あの懐かしくもいやな思い出が詰まっている歌声が聞こえてきた。


「え?」


♪「突然~現れた~キミ~」


「は?」


なんで?またやってんの?

というかなんか、上手いわけではないけど2年前よりはよっぽど上達してるし。

えええっ、。

本人には気付かれないように立ち止まって少し遠くから彼を見る。


♪「僕は~そんな寂しそうなキミに~惚れた~」



てか、この時間あの人仕事じゃなかったっけ。

金曜日は休みにしてもらったとか?

少なくとも、私がバーに通わなくなってからここで再び歌いだしたように思える。

また夢を追いかけ始めたとか?


♪「僕は~キミを~誰よりもしてるんだ」


ん!?

歌詞が違う。

誰よりもしてるんだ、じゃなかった?


♪「キミは~いつも金曜日に現れて~」


絶対おかしい!


♪「キミは~僕の癒しとなって~」


2番とか?


♪「キミは~僕を救ってくれたんだ~」


♪「キミが僕を~見つけてくれるまで~僕は歌うよ~」


♪「バーで再会したキミに~僕は惚れたんだ~」


ちょっ、ねえっ、ちょっと!!!

はあああああああああ!?


彼を見ていたら恥ずかしくて仕方ないのに、それなのに、なんだか嬉しくてほっとする自分がいて。

そんな自分がなんだか気持ち悪い。

もういいや、遊ばれてもいいや。

ワンナイトはまずいけど、それ以外ならもうなんでもいいや。

どうにでもなってしまえ!!!



私は一万円を財布から取り出して、ちょうど歌い終えた彼に近づいた。


「あの、これっ!どうぞ!!!」


一万円を彼の鼻先に突きつける。

一瞬驚いたような顔をしたけれど、すぐさまぱあっと嬉しそうな表情に変わった。

いや、あの、わたしからまたダメだし食らうかもって思わないわけ!?


「これあげるんで!!!

そのっ、これからごはん食べに行くの付き合ってください!!」


相変わらず言い方がちっとも可愛くない。

もっと可愛いげのある言い方をできないものかとほとほと自分に呆れる。

でも、彼はそんなことはおかまいなくにこやかに笑ってくれた。


「もちろん、よろこんでお付き合いしますよ。」


「そ、それから!

私、葛城媛実って言いますっ!」


「教えてくださってありがとうございます。

ひめみさん。可愛らしいお名前じゃないですか。

よくあなたに似合ってますよ。」


面倒くさくてどうでもいいこの私の世界に、ひとすじの光が差した気がした。





              (おしまい)


ふたりのイチャイチャが見たいかたはぜひ↓


https://kakuyomu.jp/works/1177354054887596022/episodes/1177354054887677714




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