一万円、あげるんで。
「可愛いって、禁句です!
もう言わないでください!」
「なぜですか、事実だから良いじゃないですか」
「・・・はあ、」
さっきから10回は同じやり取りを繰り返している。
私と長洲さんは、イタリアンレストランにて美味しいディナーをとっているんだけれど。
長洲さんがとりあえずうるさい。
可愛いだの好きだのしか言ってこない。
やっぱり女慣れしているとしか思えぬ!ぬぬぬ!
「可愛いことをするひめみさんが悪いんですよ」
さらっと涼しげな顔をしてムール貝を食べる目の前の男の人。
長洲さんはペスカトーレ、私はカルボナーラだ。
「で!す!か!ら!可愛くありませんので!」
ぷうっと少し頬を膨らませて拗ねたような顔をする長洲さん。
そんな顔したって、私は騙されませんから!
「それから、ひめみさんと呼ばないでください!
名字で読んでください」
「なぜですか、僕はあなたの名前を気に入っているのに」
「なんでもです!」
ひめみ、という名前で親戚以外から今まで呼ばれたことがなくて戸惑っているだけなのだけれど。
ひめみ、というなんだか可愛い名前のわりに私が可愛げが全くないから、友達とかに下の名前で呼んでもらったことがなかった。
名前を呼ばれないことについては別に気にはしてないけど。
実際、私は名前と合うような性格、顔を持ってないし。
「じゃあ、僕のことを下の名前で呼んでいいので僕もあなたを下の名前で呼ばせてください」
「もっとダメですから!」
勢いよくフォークにぐるぐる巻きにされたスパゲッティーを頬張る。
「本当にあなたは、難攻不落ですねえ。
困りました」
実はとっくにあなたには惹かれてる、なんて言えるわけがない。
この人がおそらく私をもてあそんでるわけではないのだろうということはわかったけれど、怖いのだ。
今までしたことがない、恋愛というものの領域に踏み込むのが怖くて怖くて仕方ないのだ。
「でも、嬉しかったですよ。
僕に話しかけてくれて。」
心から嬉しそうに微笑む彼にまたもや調子が狂う。
男性の笑顔とかわたし、慣れてないんですよ!!
「まあ、なんていうか、気分です、ただの」
「なかなかひどいなあ。
あなたに見つけてもらえるかもしれないと思って毎週金曜日を休みにまでしてもらってるのに」
ちなみに、一万円は受け取ってもらえなかった。
というか奢るとまで言われてしまった。
もちろん拒否しているけれど、長洲さんは長洲さんで譲ってくれない。
「残念でしたね。
あと、私の方がうんと年下なんですから敬語使うのやめてくださいよ、
長洲さんがそれでいいならこのままでもいいですけど」
「けいご・・・、一瞬、僕の名前を呼んでもらえたのかと思っちゃいました。
ふふ。
うーん、まあ意外と今の話し方が話しやすいんですけどねえ。
敬語やめてほしい?」
突然ため口になって、ドキリとする。
う、正直言って、どっちもいいんだよなあ。
「私はどっちでも。長洲さんの話しやすいようにしてください」
「じゃあ今のままでいきますよ。」
お好きにどうぞ、と小さく呟く。
「そういえば、ひめみさんは今、好きな男性とかいるんですか?
もしいるなら僕は潔くここで引き下がろうと思いますが」
うっ。
いきなり痛いところを突いてきやがる。
あなたが好き、と言ったらどうなるんだろう。
その瞬間に、本気にすんなよばーか、とか言われたら私もう一生立ち上がれない気がする。
「あなたに言わなきゃいけないことですか」
その場しのぎの言葉をとりあえず発するけれどどうしたら良いかわからない。
「言わなきゃいけなくはないですけれど。
もしあなたに想ってる相手がいるならやはり僕は邪魔しちゃいけないかなと思いますからね。
もう2年もすれば僕は30歳になってしまうわけで、あなたからすれば年上すぎる気もしなくもないですから。
僕は年の差とか気にしないですけどね」
「その程度なんですか」
「・・・え?」
「・・・いえ、やっぱりなんでもありません。」
「好きな人を邪魔したくはないじゃないですか。
いくら好きでも、気持ちを押し付けるのは良くないと思うだけです。
あなたに彼氏がいようとも奪いたいくらいあなたのことは好きですよ。
でも、それはあなたを苦しめてしまうだけじゃないですか。」
やはり私はこの人には敵わないみたいだ。
こんな、まっすぐに言葉をぶつけられたら何もできないじゃん。
もうあなたに甘えることしかできなくなっちゃうじゃんか。
「私は。
長洲さんのシンガーソングライターで食べていきたいという夢は正直応援できないんです。
シンガーソングライターになったって、安定するかわからないし。
私はこういう人なんです、現実的に考えてしまうというか。
私を好きだと言ってくれる人の夢でも応援できないような、そんな人なんです。
それに、人付き合いだって上手くないし、人から嫌われやすい性格してるし、ひねくれてるし、素直に思ったことも言えなくて真反対のこと言っちゃうのだってしょっちゅうだし!
見ためも、性格もぜんぜん可愛くないし。
長洲さんが身をもってご存知なように、初対面の人にひどいこと言っちゃうような人です、私は。
いいんですか、こんな人で。
長洲さんなら、私なんかより可愛くて愛嬌があって一緒にいて楽しくて、夢を応援してくれる人と付き合えますよ。」
自分で言ってて悲しくなるけれど、言わなきゃあとあと私はきっと後悔する。
「媛実さん。
あなたのそんなところを含めて、まるごとあなたが好きだと言ってるんですよ。
それに大丈夫です。
シンガーソングライターはもう目指してませんよ。
やっぱり、人には向き不向きがありますからね。
僕には向いてません。
とにかく、僕は媛実さんが好きなんだ。
これでこういうことを言うのは最後にするから、真剣に答えてくれないか。
媛実さん。
君が好きです。
誰よりも愛してるんだ、って言っても過言ではないくらいに好き。
僕と付き合ってくれませんか」
「っ、私でよければ、お願い、します、
っ、圭吾、さん。
私もあなたが好きです。」
誰かに、好きだなんて生まれて初めて言った。
ありえないくらいに心臓がばくばくして、せわしなく脈を打つ。
「本当に、いいのか。
媛実さんとは年も離れてるけれど、本当にいいんですか」
「はい。
あなたが私よりうんと年上だということなんて全く気にしてないですよ」
「そうですか。
ふふ、すごく嬉しいです。
名前も呼んでくれましたし。ありがとうございます」
ほっと安堵の表情を浮かべ、長洲さんが
紅茶をひとくち飲む。
どうしてこうも、紅茶を飲むだけで絵になってしまうんだろう、この人は。
それになんだか、私ばっかり緊張してそうで納得いかない。
年上のヨユーというやつか、これは。
何となく、長洲さんが取り乱したところを見てみたくて頑張ってみる。
「圭吾さん、敬語とれるのもイイですね。
男の人って感じで。」
・・・私にはこれが限界だ。
カッコイイ、など私には言えない!
「そうですか、じゃあたまにそうしますよ。」
がーん、やっぱり全く効果はない。
にこにこしている彼を見て、これからの自分を心配する。
わたし、大丈夫だろうか。
「媛実さん。
可愛いです。
こんなに可愛い方が今日から僕の彼女だなんて、僕は幸せです。
その程度か、なんて言わせないくらいたっぷり愛しますからね。
覚悟しといてくださいよ。」
~~~~~~~~っっっ!!
かなわない、全くかなわない!
どうしてこうも、平然とした顔でストレートにこんなことを言えるんですか!?
「・・・・・」
「照れてるのもとても可愛いです」
「て、照れてませんから!!
もうっ、私はなんて人を好きになっちゃったんでしょう!
け、圭吾さんはかか、格好いいですから、わ、私以外にそういうこと、言わないでくださいね!
私にだって言わなくていいですけど!」
目を丸くして私を見て、口に手を当てて私から目をそらす圭吾さん。
あれ、もしかして照れた!?
「突然そんなこと言うのはズルいです。
大丈夫です。媛実さんにしか言いませんよ。
そもそも、媛実さんのことしか可愛いなんて思いませんから。」
照れながらもこんなことを言ってのけるだなんて!
もう、心臓がもちません!!
勘弁してください!
「別に私は可愛くなんてないです!
と、とにかく、好きですよ、圭吾さん。
____ほ、ほら早く店を出ましょう、食べ終わりましたしね!?」
「だから、突然そんなこと言うのはズルいですってば。
わかりました、どこかそこらへんでもぶらぶら歩きましょうか。」
ふたりして、真っ赤な顔をしてお会計を済ませたら店員ににこやかな笑みを浴びせられて私は恥ずかしすぎて沸騰しそうだった。
(おしまい)
そのあとのはなし。 けしごム @eat
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