Tell me that 『あのコの話』③



 放課後の海報研部室。

 いつも通り互いに斜向かいの席についてテーブルへと向かう千籠と茉莉。


「……ふあー……」


 相変わらず静かな南廊の一室の中で黙々と筆を進めている彼女を横目に眺めて、思わずあくびが出た。茉莉が彼に一瞥いちべつを向ける。


「なに?寝不足?夜更かしでもしてたの?」

「んー。昨夜ゆうべはちょっとね」

「男子ってどうせロクなことしないんでしょ?早く寝なさいよ」

「(……くっそ……こいつ……!)」


 いつの間にかこんなツンケンしたやり取りが定着してしまった二人。それもやはり初日のアレが関係しているのだろう。

 少し息を呑んでから、意を決して千籠が口火を切る。


「あのさ」

「……なによ」

「この前の、コーラスのことなんだけど……」


 一瞬だけその筆の動きを止めて、それでも視線は向けないままに茉莉がそっけなく答える。


「……うん。もういいから。忘れてってば」

「いや、あのさ」


 千籠はいつもの様に視線を逃がしたりはせず、彼女に向かって真っすぐと言葉を投げる。


「練習……してみたんだ」

「え?」


 今度はその手を完全に止めて、茉莉は顔を上げた。そこに驚きと困惑の表情を浮かべる。


「一晩だけの付け焼刃なんだけどさ。でも、結構できたと思う。五峰のお眼鏡に適うかどうかは保証しないけど」


 謙遜することもせずに前評判を積み上げる千籠。左手でその頭を掻きながらもやはり目線は逃げない。


「……って……ごめん、わたし……」


 直前についつい彼へと浴びせてしまった無遠慮な言葉を後悔する茉莉。


「いいよ。それとさ」

「……うん?」


 彼女の無礼などまったく気に留めない様子で千籠が付け加える。


「簡単に「」なんて言って、悪かったな」

「……千籠、くん……」 


 とうとう少しだけ目を伏せて謝罪した千籠。


「だからさ、よかったら」

「……で、でも、本当に無理しなくていいのっ!好みってあるし、それに……やっぱり、ちょっとよね……あれ。えへへ……」


 必死で言葉をさがす茉莉。初対面で見せた身勝手な振る舞いでどれほど彼に気を遣わせてしまったのだろうと、その罪悪感と羞恥から慌てて固辞する。無意識に自分が掛けてしまった呪縛から彼を開放するように自分の趣味を貶してみせた。


「……だな」

「えっ?こ、こども?」


 その様に却って自己嫌悪を覚え、ムッとした声色で反論する千籠。


「自分の好きなもの「ダサい」って。今どきそんなの流行んないだろ」

「……そ、そうかな」


 励ましにも聞こえるその言葉に戸惑う茉莉。


「俺が勝手に歌いたいんだ。そんで出来れば五峰に聞いてほしい。どうかな?」

「……うん……」


 部室備品のパイプ椅子に、何時の間にやら深く腰掛け両膝に手を置いてえらく縮こまった姿勢の茉莉。


「……じゃあ……聞かせて……」


 上目遣いにその頬を染めてとうとう素直な言葉を聞かせる。


 テーブルの上に投げ出したスマートフォンの画面を千籠が触ると、そこにはすでに例の動画サイトが表示されていた。さらにワンタップして、あの日と同じ楽曲の再生が始まった。イントロ部分はそのまま聞き流して、静かに深呼吸する。こちらの頬もいつの間に真っ赤になっている。そんな彼の様子をとても興味深く、そしてどこか心配そうに見つめる茉莉。


「(……これでドン引きされたらとんだだな。でもこれでいいんだ)」


 すると再び画面をタップして、千籠はスマホの再生をめた。


「(これから先溜息をつくなら、それは俺でいい)」


 それに驚いて茉莉が彼の手元に注意を奪われた隙にとうとう千籠は歌い始めた。すべて吹っ切れたような大きな声を出して封切られたそれは、それ単体で聴いたところでおよそ意味を為さない、無骨で珍妙な響きを纏った『ベース・ヴォーカル』のフレーズだった。


――ドゥーン バルドゥーン ダウンフーン

――ドゥーン バルドゥーン ダウンフーン


――ダウフーン ドゥーンバルーン ドゥーンフン


――ドゥーン ヒアーミィねえ ベイビィプリィズねえってば

―― バドゥトゥーン ディドゥーン……


 バース(メロ)、ブリッジを経てまもなくサビ(コーラス)へと差し掛かる。


 実際に歌い始めてみると、顔から火が出るほど恥ずかしかった。

 昨夜練習するパートを選ぶにあたって、電話越しの譲二の熱心な勧めに折れて『ベース』を選択した千籠だった。父の弁によればこのパートこそが『ポピュラー』の醍醐味でありカッコよさの凝縮体なのだという。

 しかし今のこの状況は一体なんだというのだろう。

 悪戯に喉を潰した低い声でを唱えている自分の姿を思うと泣きたくさえなった。これの一体何処がカッコいいというのか。そして想定しうる限り最悪なことに、僕はこの醜態を(よりにもよって自らの立っての希望によって)同い年の可憐な少女にまじまじと監視されているのだ。

 まっすぐ正面を見据えたままに歌い始めた千籠だったが、その視界の右斜め下にあるだろう茉莉の表情を確認するのが心底怖かった。多感な男子高校生の繊細なグラスハートなど、嘲笑と困惑を帯びた少女の一瞥でいとも簡単に崩壊してしまうことは解りきっていた。


 もう止めようか、運が悪かったと思って諦めよう。そして二度と無責任な父の助言など、もう父の声さえ聴くものかと硬く決心して、千籠は視線を下ろした。


 そこでは五峰茉莉が、涙を流していた。


――ああ、そうだ。お前だったんだな、五峰

――あの日僕が出逢ったのは、紛れもなくこの子じゃないか

――間違って無かった。やって良かったよ。また逢えて良かった


  永遠とも思えるその一瞬に互いの瞳を見つめ合った後で、突然に立ち上がり制服の袖で素早く涙を拭った茉莉。するとその胸ポケットから右手で何か金色のオブジェクトを取り出す。そしてノールックのままでそれを背後のパイプ椅子の上端へと豪快に叩きつけた。


キィィィンッ!と高周波な衝突音を立てたそれを、茉莉が右の耳に添える。そして叫んだ。


「だめっ!やっぱりこれじゃ高すぎるっ!」


 ごく低い声で懸命に歌い続けた千籠に対して、そう注文を付けた茉莉。そして彼が困惑して歌うのを止めてしまうよりも早く、そのヴォーカルを彼の歌声へと強引に体当たりさせた。


――アーイディド ファーインジュー ファーイナーリィ(あなたが好きよ)


 初めて耳にする茉莉の堂々とした歌声。

 それは自分を勧誘してきたときのおどおどとした態度が同一人物であったとは到底思えないものだった。彼女の歌声が隣に据わっただけで、千籠単体での先程までの滑稽な響きは演奏からすっかりと消え失せた。古臭くて埃っぽくも思えた年代物のリズム・ハーモニーと駆けのぼる旋律が、今となってはなんという色気だろう。そして彼女の操るその深い呼吸には、およそ自我を備えたすべての者に息を呑ませてしまうだろう迫力さえ感じる。


――デェース ウッドゥビィ エィターナリィー(そっちはどう?)


 自分の歌う低音パートさえもが先程よりもタイトでシックな印象を纏っているように感じる千籠。身体的な感覚に限って言えば、先程よりも若干喉の奥が苦しく感じる。さっきより『《音名》キー』が低いのか。首を絞められたように、自分の『声域』の底をガリガリと削りながら歌っているような気分だったが、どうやらその効果は絶大だ。彼女の正確な『音程ピッチ』に吸い寄せられたフレーズたちが、徐々にその本来の表情を見せ始めている。


――ギンミィアキッス エーン メェクミィサーヴァーイ(もし叶ったら 笑ってあげる)

――ギンミィアキィース……(もし叶ったら……)


 とうとうサビも終わろうかというタイミングで、二人の演奏に茉莉がすかさず『繰り返しリピート』記号を打刻する。


「ねえ!もう一回頭から歌って!Aメロから!いくよっ??」

「(えっ!?)……バルンドゥーンットゥーンっ……!」


突然の指示に動揺しながらも上手く歌い始めへと戻って見せる千籠。

茉莉は以降のすべてを彼に委ねる様にその目をぴたりと閉じて、先程よりも伸び伸びと歌い始めた。曲の雰囲気はさらにガラッと変貌する。


――ゼアー ッズ ナッスィン!(小石につまづいたわ!ムカつく!)

――トゥビィー スマァーイリーン!(私のことが嫌いみたいね!勝手にすれば!?)


 昨夜の練習の中で、この楽曲に添えられた英文の大意だけは把握していた千籠だった。『人生にばら撒かれた意地悪に打ちひしがれた薄幸の妙齢女性の叫び』かと思っていた曲が、不思議と今ではどういう訳か『ちょっぴり勝ち気でちょっぴり不器用な少女のささやかな愚痴』に聞こえてくる。


 彼女の大胆な姿に自分ももっとハメを外してみようかと、演奏のリズムに合わせて右の拳でパチンパチンと指を慣らし始める千籠。たまに失敗して音が擦れるのが恥ずかしかった。それを聞いて茉莉が目を開け、はにかんだ笑顔で彼の照れた目元を見つめる。そして彼女も手首のスナップを利かせ慣れた様子で指を慣らし始める。またしても千籠よりだいぶ堂に入った音色おんしょくを持ったそれが少し悔しかった。彼女の細い指でどうしてそんなシブくて乾いた音が出せるのか不思議だった。その後ろには、はたしてどれくらいの努力と時間があったのだろう。


 そしてまた、サビが巡ってくる。



――LEAD 『ヒアーミィ!ベイビィプリィズっ!』……オォーウ!ウォーイェーアァ!


(――TOP――)


(――2ND――) ねえっ!ちょっと聞いてんの!?hear me Baby, please ……


(――3RD――)


――BASS 『ヒアーミィ!ベイビィプリィズっ!』……バドゥーン!ディデゥトゥーン!



  * *


 額の前で柔らかく右の拳を握った姿勢で制止した茉莉と、それを呆然とした表情で見つめている千籠。二人の額はにわかに汗ばんで、頬は真っ赤に紅潮している。

 突如として始まった二人の協演セッションは、茉莉の『握り止グラスピング』によってたった今幕を閉じたばかりだった。


 ゆっくりと茉莉が静かにその手を下へと下ろす。そこに二人の目線を遮る物はなくなった。しばし言葉なく見つめ合っている二人。たった今までその声を情熱的にぶつけ合わせ擦り合わせていたというのに、最初のたった一言がどうしてか見つからない。


 やがて千籠が、アットランダムながらも的確なひと言を絞り出した。


「……なんか、照れるよな」

「……うんっ」


 それに思わず破顔して茉莉が下を向く。


「でさ、どうだった?」

「……すごかったよ!」

「ああ、いや。それ言うなら五峰の歌だろ。あんなのおれ」

「わたしのことはいいのっ!」


 千籠の心からの素直な賞賛を跳ね除けて、茉莉は一刻も早く彼への取り調べを始めたい様子だった。


「……あのベース。一晩で覚えたの?ホントに?」

「今回は、ちょっとを使ったから」

「……きんじ?」

「いや、まあ気にすんな」


 キョトンとして彼の顔を覗き込む茉莉に情動を悟らせないように、ふと脳裏に浮かんだ父・譲二の肖像を容赦なく手刀で両断する千籠。茉莉の予想外に好感触な対応に命拾いこそしたけれど、あやうく本当に惨めなピエロとなるところだった。


「……でも、どうして?」

「うん?」

「どうしてそこまでしてくれるの?」

「……どうしてって。さあね」


 茉莉から投げられたそのに、右手を胸に手を当てて答える千籠。


「心まで、訳してごらんよ。五峰さん」


 彼のその得意げで意味不明な設問を受けて茉莉がついに、ここ最近ですっかりお馴染みとなったイラッとした表情をみせる。


「……そういうの嫌い」

「ははっ(か。でも充分だな。これでぐっすり眠れる)」


 椅子に腰を下ろして、伸びをしながら彼が冗談っぽく注釈する。


「そんなもん。ああ溜息ばっかり吐かれちゃ、せっかくの美人が台無しだからだろ」

「……ごめん。そういうのも、ちょっと引く……」


 茉莉の冷淡なその返しにしっかりと傷付いて冷や汗を浮かべる千籠。


「……おい、やめろよ。俺だって素面しらふじゃないんだから……」


 無表情のままそんな彼の様子を上目遣いに眺めた後で、茉莉が小さく吹き出す。


「ふふ。……でも嬉しい。ありがとう」

「そっか。よかった……」


 茉莉のその笑顔にほっと胸を撫で下ろす千籠だった。


「……ねぇ、は楽しかった?」

「え?」


 穏やかな笑顔と、それでも目元に真剣な洞察眼を隠して尋ねる茉莉。


「歌っててちゃんと、楽しかったかな?」

「……ああ」


 千籠は先程までの演奏を伏し目がちに狭めた視界のなかで回想して、そして頷いた。


「すごく楽しかったよ。いいな、これ。ハマりそうだ」


 千籠は、(いくつかの感情を修飾しても決して嘘は吐かずに)茉莉の言葉をすべて肯定した。


「……ほんと?」

「……うん、ほんとだ」


 ようやっとありのままの表情を取り戻してくれた彼女が、どんな言葉をきっかけに瓦解してしまうのか今の関係性ではまだ彼に把握しきれなかったからだ。今日あれほどまでに自分の心を高鳴らせたのははたして音楽そのものだったのか、彼自身もはっきりとしたことを自覚できてはいなかった。ただ彼の中にひとつ残っていたものは、を受けてか突如として輝きだした記憶の中の茉莉の姿だけだった。


「歌うのって、楽しいよ。だったらと一緒なら、きっと尚更なんだろうな」

「……そ、そう……」


 その言葉を聞いて、急にそわそわし始める茉莉。


「……じゃ、じゃあさ?その……あのね……」


 このやり取り、彼女の表情を目にするのは二回目だった。


「……なあ、五峰」


 難なくすべてを読み取った千籠がモジモジと俯く茉莉、あるいは以前よりも近くに感じられる気のする茉莉の『心』へと、真っ直ぐに手を差し伸べる。


「俺と一緒に歌ってくれないか?おれポピュラー始めるよ。これが好きだ」

「……千籠、くん」


 千籠を真っ直ぐに見つめ、かすかに潤ませる茉莉。それに彼も人懐っこい表情で応える。


「組もうぜ、ヴォーカル・グループ。俺がしっかり支えてベース・ヴォーカルやるよ」


 そしてパチンと指を慣らしてから、いよいよ決断を茉莉に急かそうとわざとらしく踵を返してみせた。


「まあ、無理強いはしないけどな!やっぱやめとくか?」

「……ええぇっ!?だ、駄目っ!無理じゃないわっ!」


 そんな千籠の背中を慌てて追いかけて睨み付ける茉莉。そして最後はしっかりと彼女自身の言葉で宣言するのだった。


「わたし歌う!歌いたい!一緒にやろうっ!」




――Tell me Dad

――For your first time of the girl Well maybe You`ll may tell me that



「いいでしょ?いいよねっ!はい決まりっ!」

「はははっ」


 やれやれと横目にそれを眺める千籠。こうして二人はその出会いをやり直した。


「そっか。じゃあ、よろしくな。五峰」

「うんっ!……やったぁ!」


 彼のその胸の中に、あるいは脳裏に悲しげなリフレインなどもう聞こえてはいないようだった。



 Tell me Dad

――ばか親父


 For your first time of the girl Well maybe You`ll may tell me that

――いちばん若い頃のあ母さんかわいいあのコの話 いつかそのうち 聞いてやるよ




(Tell me that 『あのコの話』 おわり)




☆☆☆エピローグ☆☆☆



 日も落ちて夕暮れ。

 薄葉邸の車庫に可愛らしい水色の軽自動車が収まった。さゆりが何かの制服のようなポロシャツをその上体に着て運転席から降りてくる。助手席側へと回り右手に買い物袋を左手にハンドバッグをそれぞれ持つと、ピピッという音を鳴らしてそのドアをスマートキーでロックした。


 玄関のドアを開けて家の中へと入ったさゆり。すると、リビングの方から何かの音が聞こえる。もしやテレビを点けっぱなしで家を出てしまったのかも知れない。しかしそれ自体はそこまで珍しくないという若干ズボラな性格の彼女だったので、特に気にせずその正体を確かめに行った。

 リビングの奥、テレビに面したテーブルの上でどうやらこれも置きっぱなしにしていたタブレット端末が引っ切り無しに大仰オーバーな効果音を立てている。玄関で彼女が耳にしたものは、デスクトップに常駐したメーラーソフトの音だったらしい。

 リビングの電気をつけてノートパソンコンの正面に座った。画面を覗き込むと、どうやらこのコンピューターはその持ち主が帰宅するしばらく前から送信爆弾メルボム攻撃を受けていたらしかった。そんなことをするのは一体誰か。送信者欄には『薄葉譲二』とあった。


 タッチパネルであるその画面に触れて、受信箱メールボックスを展開するさゆり。そこに詰め込まれた大量の電子メールの内容には、どうも共通点があるとすぐに分かった。ワンタイトルごとに送られてきているこれらはおそらく『ハウツー』だ。


――『はじめよう!ポピュラー入門(CD付属)』著:大舘さくら

 (良著!いちばん解かり易いです!)

――『コーラス・アレンジで差をつけろ!石神音楽塾』著:石神秀人

 (いきなりだとちょっと難しいかも!)

――『ぼくらのベストヒットポピュラー(混声五部)』ケンコーミュージック発行

 (1冊スコアがあると便利ですよ!)


――――『(こども図解シリーズ)ハーモニーってなんだろう?』監修:薄葉譲二

 (もしよかったらですけど嫌がるかなあ……もちろんボクとしては千籠が読ん(略))


 先頭のメールをチェックすると、これらはすべてネット通販にて既に購入済みなのだという。つまりどうやらこのままでは後日、薄葉邸に大量の荷物が届いてしまうらしかった。


「あらあら、まあまあ。ふふっ」


 楽しげに千籠に協力を申し出ている譲二の様子に安堵した表情のさゆり。


「ご苦労さま、千籠。ねっ」


 そう微笑んだ。

 そんな間も新着メールを知らせるデデデーン!という効果音は鳴り続けている。受信箱のアイコンに載せられた未読メールのカウント数字はいよいよ300に迫りそうだ。新規作成したメールのタイトル欄に「いい加減にしなさい!ぜんぶ返品キャンセルよ!」とだけ書き込んで、彼女は送信ボタンを押した。


  * *


 同じころ、学校。

 既に完全下校時刻を過ぎた夕薄闇の中で、電気の点いた『南廊』の外窓とカーテン越しに人物のシルエットが見える。テーブルに向かい前傾姿勢で、必死に何かを揺すっている。


――ちょっといつまで寝てるの!校門閉まっちゃうから!

――ねぇ、お願いだから起きて!ねぇってば!こらあっ!

――うそっ、堂島先生こっち見回り来てるっ……!


 海報研部の室内ではを切り抜けてすっかり気の抜けた千籠が、その上半身をテーブルの上いっぱいにだらしなく伸ばして眠っている。「誰かいるのかー!?」と時折りドアの外から聞こえてくる大声と室内に掛けられた丸時計を気にしながら、なんとか彼を覚醒させようと孤軍奮闘する茉莉。


「……もう知らないっ!置いてくわよっ!?」


 昨日までとは一転して上機嫌であった茉莉がせっかく披露してくれた「翻案」のルーズリーフたちを、大胆不敵にもその枕にしていびきを立てている。くしゃくしゃにされてしまったそれらはどうやら改めて清書を必要としそうだ。


「ねぇ、ちょっと聞いてんの!?千籠っ!」

「……あと、5分……」




  ☆☆☆おわり☆☆☆



©城野亜須香

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ギブミー・ザ・キー 城野亜須香 @KinoAsuka

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