第5話 クリスマスの盆踊り
駆け込んだはずみと矢羅瀬の背後で、炎に包まれた観音開きの扉は焼け落ちた。
「ここ……どこ?」
多少は落ち着いたらしい矢羅瀬だったが、はずみに聞かれても答えられるはずがない。
「さあ……」
ここは、真っ暗だった。それから、寒い。
さっきは夜だというのに汗ばむくらい暑かった。今は吹きっさらしの中で、凍えそうだ。
ただ、見えるものがある。
遠くに浮かぶ、白い光の点……。
「あれはシリウス。ここはアタシの故郷さ」
2人の戸惑いを察したかのように、闇の中から答える声があった。
「サンタ娘?」
「サタン!」
先に叫んだのが中年のディレクターで、後の方が若いレポーターだった。
「よく気付いたねえ、この暗いのに」
闇の中で嘲笑うサタンに、まず詰め寄ったのは矢羅瀬だった。
「そうだ、メグミちゃんのネックレス!」
はずみも、ようやく思い出したというように、続いて叫んだ。
「ちょっと、そのポシェット返してよ!」
だが、踏み込んだ先にも、声を上げた先にも、サタンはいないようだった。
今度は全く別の方向から、返事が聞こえる。
「悪いけど……そいつはできねえ。これが、アタシの役目なんだ。人殺し抜きで、
そこではずみが、ハタと気付いたように尋ねた。
「もしかしてここ、ベツレヘム?」
へえ、という声と共にサタンは答えた。
「そうさ、よく知ってるな。時の彼方の異国から来たのに」
「じゃあ、今は何年?」
「知らんな……どこの民かによって、数え方も違うだろうから」
サタンの言ったことが理解できなかったらしく、はずみは考え込んでしまった。
その間に頭が冷えたのか、矢羅瀬が話に割って入った。
「待ってくれ、メシアを世に出さないって? メシアがいたから、クリスマスがあるんだろ? クリスマスがなかったら、メグミちゃんのネックレスもらえないじゃないか!」
まだ正気を取り戻しきれていない矢羅瀬の前に、サタンは闇の中からつかつかと歩み寄った。
「どういうことだ? 救世主は現れたのか?」
息を切らせて声を荒らげるサタンに、はずみも唖然とした。
「知っててサンタやってたんじゃないの?」
「だからサンタって何だ?」
ずっと紅白のコスチュームをまとっていくせに苛立たし気に問い返すその姿は、やはり闇に包まれている。シリウスの光だけでは、今でもビキニアーマーなのかどうかは、よく分からない。
ただ、その背後で答えた声が別人だということだけは、はっきりしていた。
「サンタっていうのはね……
サタンは振り向いたらしい。だが、そのときにはもう遅かったようだった。
地面に落ちたものが、金属音と鈍い物音をたてる。
お留守になった手が、ネックレスとポシェットごと捩じ上げられているのだろう。
声の主がはずみに告げた。
「そのカギと交換だ! 高く投げて!」
「カギ……?」
うろたえるはずみを、若い男の声が焦り気味に叱り飛ばす。
「あの爺さんたちから預かっただろう!」
少女が苦しげに呻いているのが聞こえる。男の腕を振りほどこうと必死なのだろう。男もまた、それを抑えるのがやっとなのだ。
矢羅瀬も、悲鳴に近い声で急かす。
「はずみちゃん、早く!」
「こ……これだっけ?」
あたふたと投げたカギが、夜空に低く輝くシリウスに向かって飛んでいく。それと同時に、手提げと金の鎖とが、彼方のシリウスから2人の手の中に返ってきた。
それは、サタンの両手が自由になったことを意味している。
「畜生、こうなったら……」
ちゃぽり、という音に続いて、ぽんという音が聞こえた。
サタンが、火炎ヒョウタンの栓を抜いたのだ。中身をぶちまける音がして、サタンのビキニアーマーから火花が散る。
だが、そのときにはもう、矢羅瀬もはずみも何処かへ消えていた。
代わりに、人を殺せぬサタンの目の前にあったのは……。
西暦1年12月25日。
「いやあ、たいへんでしたよ」
ベツレヘムに広がる荒野の夜明けを眺めながら、西暦4000年の未来から時空を超える扉を使ってやってきた男は、西暦2000年代のTVディレクターとレポーターに一連の事情を語って聞かせた。
「救世主の預言に脅かされた太陽神の勇者が東方の三賢者から黄金を奪い、没薬・乳香を焼き払う、っていう言い伝えが、メソポタミア辺りに残ってましてね。で、それを調べるために作ったのが、これです」
マント状の薄い防寒服から腕を高々と挙げて見せびらかすのは、夏と冬の間の時空を移動する装置「夏の扉」のカギだった。
このカギが2000年後から盆踊りの輪を呼び寄せ、はずみと矢羅瀬と三つの宝を、人を殺せぬサタンの炎から守ってくれたのだ。
「ここへ来たら、まさにサタンが三つの宝を焼き払った現場だったというわけです。そこでとっさに、カギを預けた三賢者を逃がしたんですよ。黄金・没薬・乳香みんな絶対に手に入る2000年後から戻ってきてくれって。そしたら、いきなりあなた方が目の前に現れたというわけです。」
「ありがとうございました、助けていただいて」
予備のものらしい防寒服をまとったはずみが頭を下げると、男は顔の前で手を軽く振った。
「どっちみち、人数オーバーで装置に負担がかかりすぎてたんです。皆さんにはこっちで踊ってもらって、装置直ったら、気づかないうちに帰ってもらうつもりでいました」
そこで怪訝そうに尋ねたのは、やはり防寒マントをまとった矢羅瀬だった。
「事情はお話ししましたけど、じゃあ、私たちの歴史のイエスは? 三賢者がいなかったら、その誕生を告げる者はいないはずです」
男は首を傾げた。
「たぶん、それは私だったんでしょう。私はイエスの物語を知っていますから、ここで彼を演じて、そして死んだんです。ですから、あなた方は私の命の恩人ということになります」
今度は男が、深々と頭を下げた。はずみは恐縮したように頭を下げ返すと、話を変えた
「ええと、サンタ……じゃない、サタンはどうして私たちの時代へ?」
その質問に、男は申し訳なさそうに答えた。
「まさか、三賢者を追って扉の向こうへ飛び込むとは……おそらく半年かけて、3つの宝が揃うのを待っていたのでしょう。何にせよ、ご迷惑を」
またぺこりと頭を下げる男を前に、はずみは矢羅瀬に水を向けた。
「じゃあ、あの宣伝画像は?」
「すまん、俺だ」
頭を下げる矢羅瀬に、はずみは非難の声を上げた。
「やっぱり、やらせだったんじゃないですか! 何のために私は……」
「何やったんだ?」
そこではずみは口ごもる。
「ええと、町で会ったビキニアーマーのコスプレの子にサンタ服着せて口裏合わせて」
「あれお前の私物か! 自作自演か!」
「だって、あんなの着るのイヤだったんです!」
全ての人が許し合うべきクリスマスの最初の日、2000年後の人類2人の罵り合いは果てることがなかった。
徹夜の踊りの輪が消えた12月25日の朝、山のふもとのあの一軒家の小部屋で、東方の三賢者はあの2人の帰還を待っている。
「うまく行っただろうかな」
「黄金も没薬も乳香も向こうにある、後はあの男がうまくやる」
「そう思うか」
老人たちは、扉のない空っぽの物置を眺める。
それをさかのぼること約2000年、西暦1年12月24日の夜。
ベツレヘムの馬小屋に、3人の東洋人が立った。彼らは、そこで生まれた男の子と、その母親に黄金の鎖と、没薬・乳香の匂いのする油の壜を捧げて去っていったという。
これが、イエス生誕を世界に告げた東方の三賢人とされているが……実は、その馬小屋の周りをふしぎな踊りの輪が回っていたことは伝わっていない。
夏の扉を開けて、クリスマスには盆踊りを 兵藤晴佳 @hyoudo
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作者
兵藤晴佳 @hyoudo
ファンタジーを書き始めてからどれくらいになるでしょうか。 HPを立ち上げて始めた『水と剣の物語』をブログに移してから、次の場所で作品を掲載させていただきました。 ライトノベル研究所 …もっと見る
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