第10話 X→List+


 学校から家まで自転車でとばして二〇分。僕は自転車を漕ぎまくった。


 そうだよな、気づけは簡単なことだった。

 そう、気づけば簡単なことなんだ。


 誰かに自分を晒すのは怖いけど、その一歩を踏み出さないとひとりのままだ。友達って、いないより、いた方がいい。


 家について、玄関でメルと叫ぶ。


「どうしたの? 学校は?」

 白ワンピ姿のメルがポテチ片手にやってきた。ほんとこいつは。

「学校行くぞ」

「え、嫌だよ」

 メルは表情を変えず拒絶して、ポテチの袋に手を突っ込んだ。そしてボリボリ食べだす。……ほんとこいつは。


 まあすんなりついてこないわな。


 僕は諦めて、メルにぐいっと近づいて、メルの頭をなでた。メルは光に包まれる。



「メル? お兄ちゃんと自転車乗ろっか」

「え⁉︎ める、じてんしゃのれりゅの?」

 目を輝かせる天使メルたんである。

 何度でも言おう。まじかわいい♡



***



 メルたんを後ろに乗せて自転車を漕いだ。

 一五分後、メルが戻ったんだろう。後ろから慌てた声が聞こえてきた。


「え、え! ハル? どこ行ってんの⁉︎」

「学校」

「え、嫌だよ! 止めて! ストップ!」

「あと五分で付くから観念しろよ!」

「嫌嫌嫌!」

「カズヤってさ」メルの拒絶を無視して僕は続ける。「同じクラスに、カズヤっていうやつがいるんだ。そいつ基本誰のことも否定しない」

 そうやって、クラスメイトひとりひとり紹介していく。メルは、僕の腰に手を回して聞いてくれた。

「それに、僕だっている。誰かひとりくらい友達できるって」

 後ろから掠れた声がした。

「ダメだったら、責任とってよね」

 ああ、そう答えると、メルはぎゅっと僕に掴まってきた。ペダルにぐっと力を込める。風が頬をなで、景色が流れていた。



***



 学校につくと、四時間目終了のチャイムが鳴っていた。行こう、とメルを連れて行く。

 先生が入る黒板の方から、教室にガラッと入った。みんなの目線が集中する。


「昼休みにごめん!」僕は声を張る。「メルを連れてきた!」

「あ、あの」

 メルは教壇に立って、斜め下を見たまま、固まっている。


 ――やっぱかわいい。

 そんな声が聞こえてくる。


 すると、メルは僕の後ろにさっと隠れて、「(やっぱ無理)」と震えた声で言う。

「(大丈夫)」

「(無理だよー。もう帰ろ?)」

 完全に、メルの心は折れている。


 そのときだった。

 教室のスピーカーから音がした。


『テステス。放送部のDJカズヤっす。今日のお昼の音楽、リクエストをいただいております。えーっと、エックスリストプラス? さんの曲ということで、まずは一曲聴いてもらいましょう』


 校内のスピーカーから、夜空にひとつ浮かぶ満月を連想させるような、霞みがかって凛として、それでいてどこか寂しげに感じるような声が流れてくる。


 人を惹きつける声――きっとこういう歌声のことを言うのだろう。


 誰の曲だろう、クラスがざわつく。

「聞かないで!」メルが叫んだ。

 そんなこと言ったって、全員の耳を塞ぐわけにもいかない。

「ねえ、ハル、止めてってば!」

 顔を真っ赤にしたメルが僕の胸元を揺すってくる。


「みんなー!」僕は叫んだ。「X→List+って調べて! これ、メルが歌ってる」

「ハルッ――――――――――!」

 胸元のメルはつま先立ちで怒ってくる。

「こっそり録音してんの知ってたよ。この前、僕がお風呂入ってるとき歌ってたろ」

 以前、YouTubeを見ていたら、たまたま『X→List+』を見つけた。それは明らかに、メルの歌声だった。


 クラスメイトたちはYouTubeを開いて、各々おのおのメルの歌声を聴きだした。


「うわ、うまっ」誰かが言った。「えーこれメルさん?」「すごっ」「案外激しい曲もあるよ」「この歌すきー」


 メルはしゃがみこんで丸くなっている。ありえないありえないとぶつぶつ言っている。

「こいつ、家じゃ基本こんなラフな格好だし、風呂入らないって駄々こねるし、みんなの思うほどお嬢様お嬢様していないよ」

 僕はクラスメイトにメルの実体を暴露する。すると、涙目になったメルは「なんで言うのなんで言うのなんで言うの」と僕の胸元をぽかぽかしてくる。


 すると、クラスのひとりが声を上げた。

「他にないんですか――ッ!」

 その声で、ピタッとメルが止まる。

 みんな口々に、「そっちの方が親近感湧くよね」とか「それはそれでアリだな!」「あんた何様~」とか、そんなことを言っている。


 ハル……、と呟いたメル。

 僕は、ほら、とそっと背中を押す。

 一歩踏み出そうと、立ちすくんでいるメルを、ほんの羽を押すような力で押してやった。


 ――メル・アイヴィーです。

 クラスメイト全員の前で、メルは口を開く。初めて、自分の言葉で、自分を語りだした。その声は少し震えていた。

「好きなことは、食べること。とくにプリンが好きです。あと、歌うことが好きです。YouTubeで歌をアップとかしています」

「私の悪いところは、いろいろルーズなところです。教科書とか、宿題とか、よく忘れると思います。誰かに頼ると思います。そのときは」

 ――見せてくれると嬉しいです。

 そう、メルは言った。ちゃんと言えた。

 自分の言葉で、誰かに頼る、そんな言葉を。

 そして涙交じりの声で、こう続けた。

「三ヵ月も休んでごめんなさい。これから、私と友達になってくれませんか」


 メルがそう言って、三秒ぐらい間があいた。その時間が、永遠のように感じた。

 そのとき、ガラッと後ろの扉が空いた。カズヤが戻ってきたのだ。その第一声。


「もちろんです!」


 その言葉に、「私も!」「もちろん!」「これからよろしく!」とみんなが続く。

メルは口を押えて、嗚咽が漏れないように我慢していた。すっとひとすじ、雫が頬を流れる。


「よく頑張ったな」

 そう言って、僕はメルの頭をなでた、、、


「あ!」やっべぇええええええ!

 クラスの前でメルが小さくなってしまう!


 ……そう思ったんだけど。


 小さくならない。

 肩透かしを食らったような感覚に、ただただ混乱する。するとメルはニコッと笑った。


「もう、ハルに甘えなくても大丈夫だよ」


 そう言って、ありがとうにぃに、と唇が動いた気がした。


 メルさん歌って! と誰かが言う。

 メルは、歌っちゃうよ〜を声を上げる。


 そこには、クラスに馴染む笑顔のメルがいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

なでなでめるあいゔぃー 志馬なにがし @shimananigashi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ