第9話 走りだす


 ――ハルには関係ないじゃん!


 三時間目の古文の授業中、昨日のメルの言葉が蘇った。僕は机に突っ伏して、気持ちを落ち着かせる。


 ――こんな私、嫌われるじゃん!

 ――みんなに見せるの怖いじゃん!


 眉間にしわをよせ、半泣きになったメルの顔を思い出す。心臓が冷たくなって、誰かに握り締められているみたいに、苦しくなった。


「(大丈夫か?)」

 前の席に座るカズヤが声をかけてくれた。


「(カズヤさ)」

「(ん?)」

「(本当の自分を知られるって、怖いか?)」


 なんだよそれ、カズヤが笑う。

 僕そういうの疎いから、そう答える。


 メルが言っていることがわからなかった。自分はそういうことあまり考えたことがなくて、流れるままに生きていた。それで困ることはないけれど、誰かに対してこんなに無力なんだと、ほんの少しだけ、虚しくなった。


「(そんなの正直わからん)」

「(だよな)」

 けど、とカズヤは続ける。

「(なんかそれ、めっちゃ疲れそうだな)」

「だよな!」


 おいそこー、と先生に指をさされた。

 すみません、と会釈を返す。


「(なんに悩んでいるのか知らないけどさ)」カズヤは声を絞って言う。「(そういうの、みんな疲れない程度に少しずつ晒して、友達になるんだろ)」


 チャイムが鳴って、きりーつ、と日直が言った。椅子を引く音、気をつけ、礼が続く。


 カズヤがくるっとこっちを向いて、歯を見せて笑った。

「怖いって言ったら怖いのかもな。拒否られるかもしんないし。けど、上っ面で生きてくのも辛いじゃん。結局、いつか誰かに受け入れてもらえるって信じるしかないのな」


 俺なら誰だって受け入れてやるぜ、と自分で言っておいて恥ずかしそうにするカズヤ。


「ありがとう」

 確かにカズヤならあのメルとでも仲良くしてくれそうだ。


「お願いがあるんだ」

 僕はカズヤにあるお願いをして、カズヤは、わかった、と快諾してくれた。

「四限はサボるから!」

「自転車使えよ」

 そう言って、自分の鍵を投げてくるカズヤ。


「ありがとう!」僕は走り出した。

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