第43話そこにいる猫
夢を見た。
まるで、昨日の事のように思える懐かしいあの夢。
ずっと寝ている間に見ていた夢。
――あの日から、ほとんど見る事なんてなかったのに……。
あの日まで、私は夢の中にいた。
夢の中で、私は暗い海の底のような所に沈んでいた。
暗く、寒く、寂しい中で、私は信じ続けていた。
『きっといつか、ここから出られる』
そう信じ続けていた。
そっけない
どこかに行ってしまっても、必ずどこかで見守ってくれる。
抱きしめられることが大好きなくせに、どこか偉そうにしている。でも、ちゃんと私の事を見てくれていた。
あの黒い姿が、大丈夫だと言ってくれた。だから、それだけで私は待つことが出来た。
あの押し潰されるような、何もない暗い所で。
『もう大丈夫だ、お前の明日はちゃんと来る!』
その声が聞こえた瞬間、急に温かい光を感じた。
目を開けると、はるか上に光が浮かんでいる。
気が付くと、沈んでいく私の体を、その光が照らしていた。
温かい。
何より私に勇気をくれる。
そんな光が、いつしか私を包んでいた。
『もう大丈夫だよ』
もう一つ別の声が聞こえた時、あれほどあった海の水が、無くなっていた。
一滴も残らずに。
そして、私はいつもの病室で目を覚ます。
周りには、色んな人がいた。
今日が来る事を知っていたかのように、たくさんの人が見守ってくれていた。
そして、私が目を覚ますことを誰もが知っているようだった。
でも、私が起きたことを誰よりも先に気づいてくれた声がない。
涙が自然にこぼれだす。
でも、その涙をぬぐってくれる、あのざらついた感覚はもうなかった。
私に『大丈夫』という言葉だけを残して……。
それから六年。今日で私も二十三歳。もう、あの見慣れた天井は見ていない。
そして、
一足先に就職している
今でもたまに会うけど、びっくりするくらいおばさんに似て綺麗になった。
今の
『きっと、あの胸に飛びつくよね』
テレビで見ると、ついそんなことを考えてしまう。
そして
今もお医者さんになるように勉強している。地方に行ってしまったから、めったに会うことはできない。けど、こっちに帰ってきたときには、必ず会うようにしている。
すでに私達は、それぞれの道を歩いている。
でも、多分私たちはあの日があったから、今もお互いを大切にできているのだと思う。
クロに出会ってなければ、私はそもそもここにはいなかった。
だから、
「あれ? ポケベル?
でも、あの日からクロの姿を見ることはなかった。
そしてあの日から、誕生日に倒れることも無くなった。
病院の先生は、意識が戻ったことも驚いていたけど、何もしていないのに癌が治ったことに、もっと驚いていた。
でも、何もしていない訳じゃない。
みんなが知らないところで、誰かが何かをしてくれている。
私はそれを知っている。そして、それが何よりの支えになることを、私はよくわかっていた。
だから、大学では心理学を専攻した。
今度は私が寄り添う番。
「ちょっと、
階段を降りたところで、慌てたお母さんの声がした。
「何? お母さん、
『――で、その子が噂の黒猫君ですが? 今や密かなブームになっているという。すごい御利益があるということですね? 抱きしめると、女性らしさに磨きがかかるという事ですが、本当ですか? その……。その方は、抱きしめていないですが……。でも、どちらかというと女性らしいというよりも……』
言いよどむスタジオにいる人。その声がイヤホンを通して聞こえたのだろう。
その声に、怒声で応答していた。
『ああ!? ウチの
『あ!? このおばあちゃんは特別ですよ! 見てください。この年齢で、この豊満さ! あと、色々と無駄に元気ですから!』
テレビに映っているのは、紛れもなくあの犬神神社。
レポートしているのは
そして、スタジオの問いかけに答えていたのは、巫女姿の最上のおばあちゃんだった。
『レポーターの河上さん。その神社の巫女さんが、二人共
別の人からの質問に、カメラがもう一人の巫女姿を捉える。
それは、犬神のおばあちゃん。
そして、おばあちゃんに抱かれた白猫の姿も映っていた。
『ウチは、見せもんじゃないよ!
まるで追い払うかのように、手を振る犬神のおばあちゃん。その瞬間、抱かれていた白猫が自由になり、境内にそっと降り立った。
真っ白な毛の中に、紅葉を散りばめたような模様がある白い猫。
不思議とカメラ目線でこっちを見ている。
なんだかじっと見つめられているみたい。
そう思った瞬間、なんだか微笑まれた気がした。
『まあ、ご利益があるのはあたしが保証しますよ! だって、この黒猫君のおかげで、あたしは大事なものを失わずに済みましたから!』
その瞬間、最上のおばあちゃんの小さな悲鳴と共に、黒猫が
『こら! 痛いじゃないか! このアタシを傷つけるとは、いい度胸じゃないか!』
テレビの画面からでもわかる凄味。それを小さな黒猫に向ける最上のおばあちゃん。
黒猫を抱えて逃げ出す
テレビ局の人たちも、この騒動に呆れていた。
『レポーターの河上さんが大変そうなので、代わりにお伝えします。今映っているのが、女性達に話題の
いきなり、テレビを消すお母さん。
「ほら、
「うん……。うん!」
そこにいた。
また会える。
気持ちはもうそこに向かっている。でも、私はもう声をあげて泣かずにはいられなかった。
そこにいる猫 あきのななぐさ @akinonanagusa
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