第七章 そこにいる猫
第42話夜明けの時
凶星から放たれた光の矢は、間違いなくこの俺を射抜いたはずだった。
だが、俺は不思議な力の中にいた。しかもその矢と共に甦ってきた数々の出来事。
――お前か、アキハ。まさか、お前だったとはな……。なぜ、黙ってた?
(そうですね、
――なんだと!? そんな話、あの
(大丈夫だよ! 本物だよ! まだ、しっくりこないだけだよ! それに最初の答えは簡単だよ、私が願ったことが現実になっただけ。まだ、クロの願いは叶えていないよ。管理者としての記憶も戻ってるから、間違いないよ)
――なんだ? そのお前の願いは? それに、結果的には俺の願いはかなってるんじゃないか? 今までわからなかったのは、不思議だが。
(ふふ、ないしょ。それより、今は
――そうだな。まずはあれを片づけるか。感覚を同調させて、全て見てろよ、アキハ。今度こそ、俺は約束を守る。その最後の一太刀を見逃すなよ。
(うん。頑張ってね、クロ。色々わかって、今までの私じゃないみたいで混乱するけど、今の私は全部わかるよ)
笑顔のアキハに、
千年生きた俺は、
だが、千年守護獣である俺の願いよりも、
という事は……。
千年守護獣の願いを叶えているのは猫神だという事か……。
そういえば、
その瞬間、不思議な力は終わりを告げる。
目の前には、不敵に近づいてくる奴が、凶星が集めた禍々しい邪気を受けて、ますます黒く光っていた。
***
ますます黒々とした
(
(確かにそう見えるかもしれない)
でも、元々
(ちょっと早いけど、あれは猫神様からの贈り物)
前回の来訪の時は私の願いをかなえてくれたから、同じような
(妹としてではなく、生まれ変わって
それが、
私が最後に言い残した言葉を守り通してくれた。生まれ変わった姿で、千年間生き続けてくれていた。だから、私も生まれ変わりたかった。
(そんな私の願いを、私が地球に帰るときに、猫神様はかなえてくれた。しかも、私と
だから、
だって、今のクロは完全に記憶を取り戻してるのだから。
黒々とした
それを巧みに刀を傾けることで、刃のいく先をずらしている。しかも、ほんの少し重心が逸らした方に傾く瞬間に、
当然、
だから、そこに隙が生まれていた。
それを逃すクロじゃない。
切り上げた刀は右手に任せ、その弧を描く動きを体がなぞる。
上体を逸らした
思わずよろける
当然、そこをクロは見逃さない。
その瞬間に、クロは素早く回転して着地する。猫ならではの身のこなしと、剣術を極めた者の動きが合わさった、クロだけにしかできない動きを見せる。
しかも、素早く駆け抜けるクロ。
すれ違いざまに、
青白い炎で焼かれる二つの大きな塊。
だけど、切り離された
そして何事もなかったかのように、またクロに攻撃してきた。
さっきから、それが繰り返される。邪気の多さが
それに対して、クロは確実に消耗している。その姿も、少し小さくなっている気がする。
『人型は消耗が激しい』
それは、体力だけでなく、力そのものを失っていくもの。守護獣としての力のすべてを顕現しているから。
このまま力を使い続けると、やがて人型を維持できなくなる。そして、クロはただの黒猫になってしまう。
このままじりじり戦い続ければ、やがてクロは負けてしまう。
そして、この黄昏の世界に
(でもね、ハレー彗星を凶星と呼ぶ時代はとうに終わっているの。流れ星に恐れを抱いた時代は終わり、今は願い事をする時代だよ)
ただ、人の願いは利己的なものが多い。中には排他的なものさえある。そして願いは全てかなうわけじゃない。
(願えば、願う程、それを叶えたい欲望が出てくる)
(叶わない願いに、恨みがでる。妬みが出る。憎しみが募る)
(それが邪気を生んでいく)
(だから、彗星には邪気が集まってくる)
しかも、猫神様はおっしゃっていた。
『生きる上で、欲望は必要なものだ。でも、それを
私のような
(でも、人の世には
全てはそれが始まりだという。
権力者たちは、時間をかけて真実を少しずつ塗り替えていく。特に猫神様は七十六年に一度しかやってこない。しかも、彗星の姿は見慣れている星とは違っている。
みんな初めて見る人ばかり。
初めて見るものに対しては、恐怖するのが生き物としての感情。
だから、人の世の権力者たちが口伝を操作するのも簡単だった。
(口伝の記録が終わりをつげ、木簡や竹簡に置き換わっていく。そうなると、里そのものをつぶしてその存在を消していった)
そうやって、権力は真実に蓋をする。人が人を支配しやすくするために。
――うるさいぞ、アキハ。頭の中でいろいろ考えているつもりだろうが、全部こっちに聞こえてる。見てろと言っただろ! 黙ってろ!
(もう! 昔の
――昔は昔、今は今。お前だって、昔はもっと俺のいう事をおとなしく聞いてただろ。それに言ったぞ? 今の俺は千年守護獣の黒猫のクロ。猫目九郎という名はすでに捨てた名だ。そしてこの千年、俺は待っていた。ここで言うのもなんだが、俺はすでに満足してる。まあ、欲を言えばお前とのんびり過ごしたかったけどな。いや、もう一つ言えば、未知のフカフカも堪能しておきたかったか?
戦いながら、クロは楽しそうに笑っている。そんなクロを見守るように、彗星は輝きを増している。
(もう、無茶苦茶だね……。何言ってるかわかってないよね? でも、クロらしいよ。この百年以上、私は一緒に過ごせたから満足しているけど、その欲は認めてあげる)
――それは、どれだ?
(しらないよ)
彗星が輝きを増している。その輝きが、周囲に漂う暗闇を一層深く感じさせる。
その暗闇から、邪なものを引き出す
それを切り刻むクロ。
もう何度目かわからない程、
そして、優勢に戦っていても、クロはどんどん小さくなっていく。
でも、クロにあきらめの意志はない。クロはちゃんと知っているから。
この世界を作っている
ちゃんとクロが勝つことを信じている。
『生きたい』と言った、
だから、クロは自分の勝利を疑っていない。
(この黄昏の世界に、夜空を呼び込んだのは失敗だったね)
止まった時間が動きだし、
なら、その次が来るはず。
ここで使うとどうなるかわからない。でも、もうクロに迷いはないし、そもそも迷ってないかもしれない。
――さあ、これで最後だ。
またも
禍々しい気配を漂わせながら、なおも再生する
その頭上で、クロの体が黄金色の光に包まれる。眩いばかりの光が、この世界を優しく照らす。
あれほどあった
その光に照らされて……。
そしてついにその姿を見せる病魔。
その姿は、太陽の熱にあてられ溶ける雪の置物のようだった。
どんどん溶ける病魔。でも、クロが放つ光は、その輝きを増すばかり。
いつしか夜空は、金色の光で塗り替えられていく。
(見てるよね?
もう大丈夫だと告げたクロの声は、きっと
千年守護獣が起こす奇跡の光。
まるで朝日のように、温かく輝いている。
今まさに収束するこの世界。
ここに、やっと夜明けが来たことを告げるように。
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