第41話守りたいもの(後編)

崩れ落ちる祭壇の中、九郎は少女を抱えて飛び降りる。

それを邪魔する式神たち。

ことごとくそれらを切り払い、九郎は少女と共に崩れた祭壇の近くに降り立った。


まだ土煙が収まらぬ中、九郎の周囲があわただしく変化する。遠巻きに取り囲む人達と、その前面に押し出されている式神たち。

元々祭壇の周りにいたのだろう。包囲する人の動きは素早かった。


その中から、ゆっくりと九郎たちの前に姿を見せた坂上雄達さかのうえのゆうたつ。崩れ落ちた祭壇を間にはさみ、九郎と少女に相対する。


すでに、九郎たちは幾重にも取り囲まれている。取り囲む者たちは皆必死の形相で九郎を睨む。


「九郎。そして、魂憑たまよりの姫よ。お前たちに人の世で生きるという事を教えてやろう。この者たちは死を厭わぬ者たちだ。いや、むしろ死こそ望んでおると言える」


語りながら片手をあげた雄達ゆうたつ。それが合図だったのだろう。周囲から、九郎めがけて矢の雨が降り注ぐ。それをことごとく薙ぎ払う九郎。

その様子を見ながら、雄達ゆうたつの言葉は続いていた。


「この者達……。いや、我らはお前たちとは違うのだ。お前たち古き血の一族は、それぞれが何か不思議な力を持って生まれる。一族の結束も固い。一族の中では、幼子も守られる」


再び片手をあげる雄達ゆうたつ。その動きに呼応し降り注ぐ矢の雨。

だがそれも、ことごとく九郎に防がれていた。数多くの矢の残骸が、九郎の周りに散らばっている。


「だが、この者たちは違う。人の世は違うのだ。この者たちの子らは、明日を生きる糧もない。だから、この者たちは明日の糧の為に、この場にいるのだ。ただ、明日の糧を得るために、お前を殺せるのだ。仮に力及ばずとも、己が死ねことでその次の糧を家族が得ることができる。そのために死ねるのだ。それが人の世で生きるという事。お前らには想像もつくまい」


三度降り注ぐ矢の雨は、簡単に九郎の刃の餌食となる。数多くの矢の残骸が九郎の周囲に積み重なる。


「そのような事は知らぬ。そのためのまつりごとだろう。俺の知るところではない」

何かを薙ぎ払うように、九郎はその剣を振り払っていた。


その刹那、雄達ゆうたつが一気に間合いを詰める。それを合図に、矢の雨が九郎めがけて降り注ぐ。


雄達ゆうたつの刃を打ち払い、返す刀で矢を弾く。

おそらく九郎はそう考えたに違いない。だが、九郎がはじく刃はそこにはなかった。


「な!? お前!?」

九郎の刃を深々と受け止める雄達ゆうたつの体。苦痛にゆがむ顔に、わずかな笑みが含まれる。


瞬時に雄達ゆうたつを蹴り飛ばし、降り注ぐ刃を弾く九郎。だが、四度よたび放たれた矢の中に、その一矢いっしが紛れ込んでいた。


その一瞬の隙をつくるために、雄達ゆうたつはその身を犠牲にした。

その隙を突く形で、その一本の矢は放たれていた。


丁度九郎の死角となる、少女の背中に真っ直ぐに突き刺さる形で。


あに……さま……」

あふれる血と流れる血をそのままに、少女はよろよろと九郎に倒れ込む。


「人の世で生きる……事、それ……は、……犠牲を……払って……誰かを……生かす……こと……だ……。そ……の……大……なるが、まつりごと……と……いう……もの……だ……」

こと切れる前に、不敵な笑みを浮かべる雄達ゆうたつ

だが、九郎は呆然と自分の手の中にいる少女を見つめていた。


「嘘だ……。何故……、このような……」

力なく崩れ落ちる少女と共に、九郎も大地にひざまずく。


あに……さま……。悲しま……ない……で……。こう……な……ること……は……運命……で…………す。千年……の時……を……わたくしは……凶星……で………………。もし……叶う……な……ら、もう……一度……兄様と……お会い……しとう……ござ……い……ま……す。あに……さま……と……共に……生きて……みとう……ござ……いま……す……。いつ……か……きっと……、お……会い……でき……る……こと……を……信じ……て……おり……ます……。あに……さま……、お……した……い……」

九郎の顔に手を伸ばし、力なく微笑む少女。だが次の瞬間、その手は力を失い垂れ下がる。


秋葉もみじ!」

少女の体を抱きしめる九郎。

だがその瞬間、東南の空からやってきた光の珠が、少女の体を包み込む。


あまりの出来事に驚く九郎。

だからだろう、しっかりと抱きしめていた少女の体が、九郎の元から離れていた。だがそれだけではない。光の珠に包まれた少女の体は、ゆっくりとその輝きを増しながら、どんどん浮かび上がっていく。


もしも、雄達ゆうたつが立っていたら、おそらくその頭の上ぐらいの高さだろう。

浮かび上がった光り輝く光の珠は、そこでいったん止まっていた。


光の珠はその場でなおも輝きを増し、周囲を明るく彩っている。

そこにいる誰もが、その驚くべきその光景を見つめている。


だが、次の瞬間。

光の珠は一気に輝きを増した後、突如少女の体の中に入り込むように収束していた。


白い爆発は、視界を一層黒くする。


その瞬間、少女を浮かべている力が無くなったようだった。


落ちてくる少女の体を受け止める九郎。


そして次の瞬間、その体から眩い光の珠が再び浮かび上がっていく。

暫らく九郎の周りを漂うそれは、何かを告げる動きをしたあと、勢いよく凶星のもとに飛んで行く。


呆然と見守る九郎。

少女の亡骸を抱きしめながら、その言葉を静かに呟いている。


一瞬の静寂。だが、それを打ち破る者がいた。


「今だ! 放て!」

気合のこもった春澄透水はるすみとうすいの号令で、それまでよりも激しい矢の雨が降り注ぐ。


自らの体を盾として、少女の亡骸を守る九郎。その背中とその周囲に、数えきれないほどの矢が突き刺さっていく。


「放て! 放て! 放て! 確実に鬼を成敗するのだ!」

再び起こる号令。それに応える矢の嵐。


「千……年……」


おびただしい数の矢が降り注ぐ中、九郎はただその言葉を繰り返し呟いていた


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