青春の始まり……? 二
それから俺達二人は文化室から移動してきていた。
……といってもそのすぐ隣の教室前にだけどな。
「さて、ここだ。ここに待機させてあるから」
「ここって……まさか直ぐそこだったとはな……。俺らの会話まる聞こえじゃん……」
文化室周辺を使用している部活は少ないと油断してた……。
完全に身内の会話を大声でしてしまった事を反省しよう。
そんな俺の様子もいざ知らず、叔母さんは教室のドアをノックしていた。
「おーい入るぞー」
叔母さんが声をかけて数秒、少しの沈黙の後に小さくかぼそい声が聞こえてきた。
「……は、はーい……」
その声を確認すると叔母さんはドアをガラッと開き、中に入っていく。
俺もそれに続いて教室に入る。
教室の中は使われてないだろう棚が二台あり、中心には向かい合わせてある机が四つ置いてあった。
八畳ほどの教室にしては、あまりにも殺風景な空間が広がっていた。夕方だというのに蛍光灯の明かりも付いていないため余計に寂しくも見える。
しかしその中に一つ、教室の奥の窓側に置かれた椅子に座る影が見えた。その姿は薄暗い影につつまれ、はっきりと確認できるものでは無かった。
俺が薄暗い影に目を細めているその時、開いてる窓からビュウっと、強い風が流れ込んできた。
カーテンが舞い、オレンジ色の光が差し込む。
そして風と踊るように、少女の銀色の髪が揺れた。ショートボブ……というのだろうか、切りそろえられた繊細な髪とその奥に見える青く、大きな丸い瞳。前髪は右眼が少し隠れるよう、アシンメトリーになっていた。
全体的に一見、中学生くらいにも見えるほどの幼さを残しているが、かなりの美少女であることは間違いなかった。
「彼女は
「はぁ……どうも、はじめまして」
俺は雪音叶と呼ばれた少女に顔を向けたが、彼女は分かりやすく顔をそらし、目を合わせてくれなかった。
「は、はじめまし……て……」
そしてか細い消え入りそうな声で返事をした。
……なるほど、先生の頼みたいことがわかってきた気がする。
その俺たちを一目して叔母さんは話を続けた。
「彼女は今週からこの学校に転校する予定だった……んだがな……優、何かしら察しているとは思うがあえて言わせてもらう。彼女はな、ちょっと、いや、結構、初めて会う人とのコミュニケーションがかなり不得意で下手くそで、どうしようもないから優に彼女の世話……もといクラスに馴染めるようサポートして欲しいんだ」
この人包んで言う範囲飛び出してボロクソ言いやがった!ほら雪音さんも涙目になってるし!
「……はぁつまり叔母さんではお手上げと?」
「そ、そうなんだよなぁ〜。ほら私先生してるし、一応現社の教師だから何かといそがしいからなぁ。」
叔母さんは引きつった笑顔で返す。
「だからってなんで俺?いっちゃなんだが教えられるようなことないと思うぞ?」
「そこはほら、顔の広さでカバーしたらどうにかなるじゃん?とにかく彼女と一旦コミュニケーションをとって一人目の友達にでもなっときなさい!後はきっかけ作ったげてクラスに馴染ませる!大人の教師よりも同級生の方が安心できるってもんよ、同じクラスだし」
同じクラスに来るならまぁ、叔母さんの言うことには納得できるところもある……が……
「それならそれで女子の方が良くないか?女の子同士の方が距離を縮めやすいだろうに」
「そうなんだけどねー現状彼女がこの教室に登校してきてるからねー」
「あー……」
成る程そういうことか。
この部室棟の二階以上は、その名にふさわしくないほど部活が入っていなかった。そのほとんどが倉庫として使われ、朝夕問わず独特な暗い雰囲気が漂っているので人が来ることがまず少ない。そしてわざわざ、一人の生徒のためにここまで足を運ぶのも気がひけるということだ。
「そこで、わざわざこの部室棟二階へ足を運んでくれる唯一無二の存在が優、君なんだよ」
叔母さんはまっすぐ伸ばした右手を俺に向け人差し指で指した。
そうか……この棟に来慣れてるのは俺だけ……って!
「俺だって来たくて来てんじゃねーよ!大体!あんたが意味のない呼び出しばかりするからじゃねーか!生徒会での仕事中とか特に!」
「はいはい、それはそれ、これはこれって事でこれからよろしく〜。はいこれ鍵好きな時にこの教室使っていいから〜じゃまたね」
叔母さんは俺の文句を見事にスルー。せっせと教室を出て行く。
「ちょっ!?まだ納得してないんだけど!?」
「あっそうだった」
叔母さんは教室のドアを締め切る前に何かを思い出したよう、もう一度こちらを振り返った。
「そうそう、優に彼女を任せるもう一つの理由、それはね、家が、というか部屋がお隣さんだったからよ、じゃまた!」
そう言い残し叔母さんは教室を後にしていった。
「…………」
「…………」
しばらくの沈黙が続く。残された俺と雪音さんは顔を合わせることもなく数分の静寂に包まれていた。
これは……俺から仕掛けないと延々と続くだろうな……別に叔母さんに押し付けられたからって訳じゃないが仕方ない。正直可愛い娘と仲良くなりたいしな。
意を決して俺は彼女の正面へ椅子を持っていき座る。未だに顔をそらされたままだが構う事なく彼女へ話しかけた。
「雪音さん、今週から此処に通うらしいね。よろしく、俺は成瀬優大。君と同じ二年二組で生徒会副会長をしてる」
なるべく笑顔で優しくて……
「…………」
「そ、そういえば以前はどこの学校いたの?此処は駅から離れてるから歩くの大変だっただろう?」
彼女を怖がらせないよう……
「…………」
「……………………何か返事したら……?」
おっといけない、イライラが溜まってきてしまった……ここまで無視を通されると話しかけてるこちらも辛い。
「……は……」
と、そこで俺の意思が伝わったのか、それとも言うことが今整理できたのか、ようやく彼女は口元をもごもごしはじめた。
「……は、はじめまして……雪音……叶てです」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………ってそれだけ!?」
やけに長い沈黙だと思ったら自己紹介終わり!?え?これは思っていた以上に大変な気がしてきた。そして現状では話が進まないことに焦りと怒りが押し寄せてきた。
「……雪音さん、俺の目を見て」
「……えっ……」
彼女はちらっと覗くような上目遣いで一瞬目を合わせた。
「雪音さんそのまま。話の基本は目合わせだからね。誰に話してるか、誰の話を聞いてるか明確にするために大事なことだよ?」
「……コクン」
良かった、一応話は聞いているようだ。今まで、まるで人形のように微動だにしてなかったから緊張で魂抜けてたのかと思ったよ。
「それで、今俺は叔母……黒澤先生に君の人見知り?コミュ障?の改善を頼まれた訳だけど……」
「…………コクン」
彼女は未だ頷くだけで何も発しない。しかし、俺は彼女に、彼女の言葉で伝えて欲しい言葉がある。その言葉を聞かなければ、俺だけではない、人と話すにあたって重要なコミュニケーションの鍵を。
「雪音さんはそのコミュ障を直したいと思ってるの?」
「っ!」
彼女の目に何かが光った気がした。よし、行ける!
「そして直す為の助けを……必要としているの?」
「…………あっ……」
彼女は若干目を潤わせながら、手をぎゅっと握りながら、……ようやく口をしっかり開いた。
「ひつ……ようです……私……私は……もっと堂々としたい……です!」
「はぁ……それが聞きたかった」
俺は安心して思わず彼女の頭を撫でる。なにか、こう、小動物のようにも見える彼女が愛おしかったのだ。
「ふわぁっ!?」
「っとすまんつい」
俺は慌てて手を離した。コホン、と咳払いをして真剣な顔つきを作る。
「で、具体的にはどのくらいになりたいんだ?俺がどこまでサポートしてあげられるかは分からないけどな。もう、俺とは話せるだろ?」
彼女は俺にお願いをした立場だ。ここでまた無視のように沈黙を貫くのは相当の非常識に当たるから、ぎこちなくても会話をしなければならなくなる。
「は、はい……具体的といいますか……普通の生活を……友達が欲しいです!」
「うん、分かった。じゃあこうしよう。これから俺は雪音さんがある程度クラスに馴染め、友達ができるまでサポートする。それでOK?」
「は、はい……大丈夫です!」
先程まで沈んだ顔だった彼女に光が差してきた
よし、元気が出てきたっぽいぞ。
「よし、じゃあよろしく雪音さん。改めて俺は成瀬優大。同級生だし、呼び捨てで読んで構わないよ。敬語もいらない」
そう言って俺は彼女に手を差し出す。これで彼女が手をとってくれれば契約成立でこれから指導の毎日が始まるのだ……なんて思っていた矢先、ここで問題が起きた。
「……でも私、この手を取ってもいいんでしょうか……」
……ん?
まさかここまできて、彼女は俺の手を取らず、何かを考えるようにに小さく呟いていた。
「……実は約束はここだけで、今後いっさいこの教室に来なかったり……」
「ちょっと?何言ってんの!?雪音さん!?」
「もしかして、この話自体嘘で明日から私の変な噂が流れて笑い者にされたりするかもしれないです……」
「あああああ!!!もう、そんな事ないから約束するから!ちゃんと直すように!マイナスに考えすぎだよ!」
俺は渋る彼女の手を無理やりとった。
小さくて、細くて、少し冷たかったが人の温もりを奥底に感じ、落ち着く手のひらをしっかり握った。
だが何故だろう女の子と触れ合える喜びや緊張が何か別のものによって薄れていってる感じ……
彼女のコミュ障を直す大きな課題が見つかったと同時に俺はこれからの苦労を考えると、一生分の幸せが出て行くくらい大きなため息を吐いてしまった。
……そういえば叔母さん最後にとんでもないこと言ってた気が……
このネガティブ娘に一喝を!! セイヤ。 @daks0008
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