第4話 記憶

昭和も残り二十数年になるころ

村には公民館活動の育成会が盛んに行われていた

何もない信州の田舎では小学校二年生の子供には

大イベントだった。


新潟地震の次の年ではあったが、直江津・鯨波に

四・五十人の親子でお泊りだ

海水パンツや白い野球帽を買ってもらった

野球帽はかっこよくて、異常にうれしかったのだが

海水パンツは母の手作りで、姉の使わなくなった

スクール水着の下半分、ハイレグでかっこ悪くて

新しいの買って、買ってと駄々を捏ねていたらしい


駅まで歩き、まだ蒸気機関車の真っ黒な客車にのって

昼前には、鯨波の杉板下見貼りの海宿についた

さっそく浜に出かけ、近所のお兄ちゃんと

貝を拾ったり、岩場で紫雲丹をほじったり

小さな沢の河口に集まる小魚の群れを追いかたり

テトラポットの間を潜ったり

冷房のない大広間で窓を開け

体中蚊に刺され、おいしい魚をいっぱい食べて

子供だけ集まって、布団を敷いて

次の朝からも

寝不足のまま、お昼まで訳わからず遊んだ


帰りも機関車に乗り込んだ

疲れと窓からくる風で、妙高高原を走る汽車の記憶

が全くなく、買ってもらった白い野球帽が無くなってた事に

気が付くのは、家に帰る夕方の坂道の途中だった


家に帰えり、母に

「帽子がどこかにいっちゃった」

「・・・・・・・・・・・」

「帽子どこかに無い?」

「旅館か汽車に落したのかも」

「帽子、野球帽子!!!」


母は帰りの汽車の出来事を話し始めた


「お前、知らないおじさんに命を助けられたんだぞ」


汽車のデッキに出て夕方の風と夕日を眺めていたらしい

記者のデッキにはドアはなく、いくつかの階段が有るだけだった

眠気がピークになって、デッキから落ちそうになったらしい

知らないおじさんが、首根っこをつかんで半分落ちた

体を引き上げてくれたらしい

帽子のつばが線路の近くの電柱にあたって

土手の田んぼに飛んだ

その音でおじさんが気付いたらしい


「帽子が助けてくれたと思って、諦めろ、もう買ってあげないから」


当の自分は、全くデッキでの記憶はないのである

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あまりない出来事 じ~じ @mune_gg

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