第19話 迷子

 機械族というからには人間じゃないし、亜人種でもない。文明はさることながら文化も自然も違う。国の発展や街の発展の仕方も違う。じゃー行ってみようかと言ったところでそもそも言葉が通じるのかな?


「と思ってた時期がわたしにもありました」


 そもそも辿り着きませんでした。


「お嬢ちゃん方向音痴?」


「いやー、ハハハ……」


 獣人族のおばちゃんに言われるまでもない。地球でいうところの南米大陸が機械族の国のあるところで、今いるのはその反対くらいのアフリカにいる。なんせ反対の飛行機に乗ったんだからそりゃそうですよ。ケモ耳初めて見た。


『パスポートやチケット、宿泊先など道中はこちらで手配しておきます。こちらの空港とあちらの空港には案内係が付きますから安心してください』


『走ってっちゃダメ?』


『走ってくもなにも海の向こうですよ』


『だから、走ってっちゃダメ?』


『…まだ私はあなたやご主人様を侮っていたようです。走ってっちゃダメです』


『そっかー』


 ……走って行っちゃってたら今ごろわたしはこの星のどのあたりにいることだらう。まず空港で案内のお姉さんとはぐれたのが失敗だった。これがチケットを貰ってなかったのなら予定の飛行機に乗れませんでしたで済むけど、残念あらかじめチケットもパスポートも貰ってたんだ。


「それにしても変ねえ。違う空港券で違う便に乗れるはずがないんだけど」


「ここってどこの国の空港なんですか?」


 いや乗ってからしばらくしておかしいなーとは思いました。周りに機械族らしき人たちが見当たらないんだもん。みんなもっふもっふしてる人たちばっかなんだもん。とはいえ永遠の17歳。飛行機に乗ったらしばらくはテンション上がって周りなんか何にも見えていません。降りるころになってからようやくわたしは気が付いたのだ。みんな機内アナウンスはちゃんと聞こうね。


「獣人族の大陸の玄関口に当たる国の空港ね。ここで降りて旅を始める人や観光の人がたくさんいるわ。経由地にもなっているわね。物流で言えば輸出産業の要衝よ」


「よう…しょう……?ってなんですか………?」


「…お嬢ちゃんほんとうに放浪者様なのかい?」


「頭が偉いと言った覚えはありません」


 このケモ耳のおばちゃんはわたしが放浪者だと知っても普通に接してくれる。ありがたいことだ。おばちゃんは世界共通神経が図太いとも言う。とにかくわたしは犬か猫かも区別出来ないケモ耳おばちゃんに手を引かれて迷子案内に持っていかれた。受付のお姉さんは事情を知ったら呆れてた。一応放浪者さまなんですけど?特権階級なんですけど?


「とにかく連絡しましょう」


 国際電話がこっちの世界にもあって助かった。


「あなた馬鹿なの?」


「うるせえ釘宮理恵声が」


 荷物が迷子になっていなかったのは救いだった。この世界でも飛行機には刃物やらボトルやらは持ち込み禁止で手荷物として持っていけるのはわずかだったからまさかの無一文で露頭に迷うところだった。お小遣いくらい持たせてくれてもいいのに。永遠の17歳である乙女としては着替えがないのは死活問題。まさか空港の中で物乞いするわけにもいかないし。ともかく連絡は着いてホテルは手配してもらって、後日新しいチケットで飛ぶことになった。しかしその安堵も一瞬のものだった。


「なっ、何事っ?!」


 突然轟音とともにひどい揺れを感じ、すぐにけたたましく警報が鳴り響きあっという間に空港内は混乱に見舞われた。頭の上に受付カウンターの看板が落っこちてきた。


「いったー。これは爆発音だね、電話切るよ」


「ちょっ、ちょっと待っ」


 人いう人の津波が揉みくちゃになって行き先を失っている。大きな空港だけに利用客の数も半端な規模じゃない。それだけに混乱の規模も並ではない。途中だった電話を突然ぶった切りケモ耳おばちゃんを受付のお姉さんに預け避難してもらう。崩れかけた天井から吊る下がっている数々の案内板を飛び移って爆発音のした方へ向かうともうもうと黒煙が立ち込め、あたりは壊れたスプリンクラーで水浸しになっていた。これは明らかに事故などではない。


「ま、テロですよねー」


 だいたん不敵にも真っ昼間からこんな大きなテロを行うとは。しかしあまり考えている余裕は無い。今わたしの下で黒煙に巻かれ次々と人が倒れていっている。この勢いではそう長くは持たない。


「この体には本当に感謝するよ」


 換気したところで既に吸ってしまった黒煙は病院に行かないとどうにもならない。こればっかりはどうしようもない。わたしを除いて。わたしはこの黒煙が充満する最中においても周囲を見渡し呼吸することができる。魔法でもなんでもない。


「幸いなことにここが屋上階でよかった」


 屋上階の上の展望台に居た利用客を敷地外まで運んだ後、屋上階の一つ下に行きフロアごとくり抜く。もちろんエモノなどないから手刀でくり抜くんだけどリーチが若干足りない。回数で補うしかない。


「はいはいどいてどいてー」


「なっ、なっ、なっ」


「受け止めたはいいけど今の衝撃とか落ちてきた瓦礫で二次被害があると思うからどんどん運んじゃって」


 その昔、普通の少女だったわたしならこんな力技はしなかったと思う。たかが細胞、されど細胞。身体能力どころか思考も元の本人にそっくりになっている。今でこそこんなだけど、病院から、白いベッドから出られなかったわたしは気弱で引っ込み思案でどうしようもなく弱かった。何をする気にもなれなくて、生きる気力もなかった。元気になっても待っていたのは恐怖と侮蔑と差別だった。化け物だと後ろ指を差されたことなんか数え切れないほど。みんな青い顔白い顔をしてわたしを避けた。

 いつの日か、そんなわたしのことを知って知らずか、事故から助けたおばあちゃんにありがとうと言われた。こんな自分にも人に感謝されることがあることが嬉しかった。もちろん戦うようになってからも後ろ指差されることはあったし、汚い言葉で罵られることもあった。わたしに人助けのために身を呈して戦う理由なんてなかったのかもしれない。

 ところがどっこい、いつしか罵倒は気にならなくなった。それよりも誰かが笑ってありがとうと言ってくれる。誰かに感謝されることを求めてばかりになって半ばヤケクソ、半ば中毒になってたのかもしれない。でも誰かが笑ってくれるのが嬉しかった。ありがとうと言ってもらえるともっと嬉しかった。帰る場所を無くしたわたしは誰かが笑っていてくれるのが嬉しかった。誰かに、みんなに、笑っていてもらう。笑っていてほしい。そしてありがとうと言ってもらえる。それだけでわたしは戦える。


「うーん、炎がまずいな」


 爆発は止まっていた飛行機からだった。燃料で誘爆することを期待してのことかな。この世界の飛行機がどうやって飛んでいるかは分からないけれど、まだ火が着いてない飛行機まで爆発されたらたまったものじゃない。とはいえ燃え盛っている機体をすぐそばの海に投げ込むワケにもいかない。着陸前に見えた海は本当に綺麗だった。自然大切。ポイ捨てダメゼッタイ。


「どかすしかないかな」


 思い立ったが吉日。空港を飛び出て、燃え盛っている機体の後ろを引っ張って滑走路まで離し今度は足でぶった斬って破壊的消火を試みる。フロアの中だと余計なリーチだし威力過多の足だけど誰もいない場所なら思い切りいける。確か飛行機は翼の部分にタンクを積んでるはずだから両翼から切り離していって燃えていないところだけ残せばいいはず。


「……いくら1000年余分に生きてても、スカートで足を上げるのは気が引けるなあ」


 ひらひらするスカート、ちらちらする太もも、ときおり全開になったぱんつ。可愛いの着けててよかった。まあ誰も見てないからセーフ。





「非常に助かりました」


「いえいえおかまいなく」


「非常に助かりました!」


「いえいえおかまいなく!」


「非常に助かりました!!」


「いえいえおかまいなく!!」


 さっきからこのやり取りを何回やっていることでしょうか。夜になってホテルに着くなり政府の偉いケモ耳の人がお菓子の詰め合わせを持ってやってきたのだ。わたしは早く寝たい。菓子折りです、いらないです、菓子折りです、いらないですと何度も突き出されて何度も突き返しても折れる様子がない。お役人さん的には受け取ってもらいたいんだろうけど目の前にあんのどう見てもドッグフードだろうがふざけんなよ人間だっつってんだろ。


「いやはやテロの現場に放浪者様がいらっしゃるとは、テロリスト共も夢にも思わんかったでしょう」


「しかし、いやに消火に来ないと思ったらそっちもだったとはね」


 爆破された飛行機は結局ほとんど燃え尽きるまで放置され、消防隊が来るまでわたしはそのへんをうろうろしていた。横から津波をおっ立てて消しても良かった。いわゆるぶっかけ。良かったんだろうけどそうすると滑走路上の設備まで壊しかねないのでボツになった。到着した消防隊はどうやら別のところから来た人たちでずいぶんと時間が経ってからだった。


「消防隊の設備を爆破しておきながら空港の出入り口をやらないという。実に足下を見られたものです」


「犯行声明は?」


「旧世紀信奉者(かげきは)から組織されているうちの1つからありました。今回はデモンストレーションだと」


 デモンストレーション。空港爆破テロがデモンストレーション。随分と余裕のおありですこと。確かに余裕が無ければ、大量殺戮が目的であるならば、出入り口もやっていただろう。わたしだってそうする。余裕の大きさはバックの大きさ。だけど、人を傷付けてデモンストレーションとはいただけない。子どもがカエルに爆竹詰めてふざけてるんじゃないんだから。圧力鍋にパチンコ玉詰めて投げ込んでやる。


「デモンストレーション…ということは本命があって、まだテロは続くと」


「残念ながらそのとおりです。目下犯行組織の捜索中ですが、たった数時間で見つかるほど奴らも馬鹿ではありません」


「本命については?」


「本命は我が国首相と思われます。これについては犯行声明には無く、政府要人の警備を一層強固にするに留まっています」


「……旧世紀への懐古かー。分からなくもないけど、こういうやり方はいただけないね」


 この世界に来る前にもそういう連中はいた。あらかた平和になって壊れた生態系以外はほぼほぼ元通りになった。なのに戦争時代やそれ以前の時代を未だに夢見て騒ぎを起こす連中。どいつもこいつもそんな時代は知らないのに、無知なのか、現実逃避なのか、それともただの馬鹿なのか。いちいち学校に軍用ヘリがお迎えに飛んでくる身にもなって欲しかった。

 中にはただのトリガーハッピーなイカレポンチな方々もいたのだが、むしろそういう人たちのが扱いやすかった。壊れた生態系では旧世紀のように『何にも襲ってこない』『海賊が襲ってくる』なんてことはなく、空でも海でも本物の化け物が襲ってくるので通商連合で雇ってもらって、ああいうのだったら好きなだけぶっ放していいよ?お給料も貰えるよ?と好きなだけ戦場に放つと喜んで突撃していった。可愛げがあるだけマシという程度だけど。


「どうせしばらくは空港も危ないし、どこでぶっ飛ばされるか分かったもんじゃない。……やるしかないかな。そちらがよろしければの話だけど」


「はいよろしいです」


「即答かよ」


 ということで再び電話連絡を取ってもらい、しばらくこのまま獣人の国に滞在すること、事件解決に協力することを伝えた。あとここでの経済的消費、つまりお金は全てそっちにツケるとも伝えた。途中で電話を切ったことを怒られたけど説教が長いので途中で切った。わたしはもう眠いのだ。


「じゃあ早速だけどもっとベッドが大きい部屋に変えてもらってまだ食べてない夕飯をルームサービスでおねがいします。お風呂もマッサージもおねがいします。マッサージはオイルもホットストーンもおねがいします。あ、デザートも忘れずに」


 なんだかんだ、人命救助と消化と事情聴取で今は夜中の10時。夜ふかしは乙女の敵。


「容赦ないですね」


「自分のお金じゃないですから」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界学園戦記 自閉業 @Jiheigyoooo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ