男は脱出できるのか27
かごめごめ
塗り替わる世界
パン食い競走で一等賞を獲った俺は、王様に謁見する権利を得た。
そして王様は、褒美になんでも一つだけ願いを叶えてくれる……確か、そういう話だったな。
「さて、どうするかな」
謁見は後日だと言っていたが……それまでは特にやることもない。暇だし、ちょっと城まで行って顔だけでも拝んでくるか? どうせ烏丸ってオチだと思うが……。
「じゃあいいか。会えるかもわからないし」
たぶん衛兵の烏丸が通してくれないだろう。
「よし、少し町の外でも探索してみるか」
なにか新しい発見があるかもしれないしな……っと、そうだ。
忘れるところだった。
「行くぞ、コウシロウ」
一応、正式に仲間ってことになってるからな。
俺の呼びかけに、休憩していた何人かのコウシロウが振り向いた。
「ちげぇよ。おまえらじゃなくて、コウシロウCだ」
同じ顔なのだが、不思議と雰囲気で見分けがつくようになっていた。
で、肝心のコウシロウCはというと……
少し離れたところで、エマと肩を寄せあい、イチャついているようだった。
遠目にも、いい雰囲気だとわかる。競技中は取っ組み合いにまで発展していたというのに。
……いいや、あいつはここに置いていこう。
俺はみんなに背を向け、その場をあとにしようとした。
「……ん?」
ふいに、身体が後ろに引っ張られる感覚。
見ると、アユが俺の肩掛け鞄をクイクイと引いていた。
「アユ? なんだ、一緒に行きたいのか?」
だが、アユの視線は俺ではなく、鞄に注がれていた。
鞄の中身が気になるのだろうか?
……しかし、やはり烏丸以外とはまともな会話ができない仕様のようだ。
近くで見るとコウシロウ同様、解像度も低い。
「だけど……アユ、なんだよな」
俺の目の前にいるのは、まぎれもなく、アユだ。
本当なら、もう二度と会えない存在。
胸の奥から、言いようのない感慨がこみあげてくる。
「……って、おい」
アユが強引に鞄を開けようとしている。
「めっ!」
「〜〜〜っ!」
「わかったわかった。なにが欲しいんだ?」
「……!」
といっても、アユが喜びそうなものなんてなかったと思うが。
「これか?」
『ちかいの指輪』を取り出し、見せてみる。キラキラと輝くダイヤが美しい。
だが、アユは無反応だった。
「違うのか。なら、これか?」
パズルのような細工が施された木箱を見せてみる。無反応。
「う〜ん、わからん。……もういい、これでもくらえ!」
俺は『ネコじゃらし』の先端を、アユに向けて振ってみた。
アユが勢いよくじゃれついてきた!
――アユの好感度が10あがった。
――アユの好感度が10あがった。
――アユの好感度が30あがった。
「正解はこれかよ!」
アユ……おまえ猫だったのか……。
猫じゃらしと戯れるアユに哀れみの眼差しを向けていると、突如、激しい頭痛が俺を襲った。
「くっ、またか……! ぐわぁぁっ!!」
今度は声ではなく、映像が脳裏に浮かぶ。
――踏切の前に、アユが立っている。
そうだ……。
忘れていた記憶が、蘇る。
「あのとき、アユは線路に飛びこもうとしていて……だけど、俺はギリギリで間に合った」
腕を引いて抱き寄せたアユのすぐ前を、列車が轟音を響かせながら通り過ぎていく。
顔をぐしゃぐしゃにして泣き出したアユを、俺はきつく抱きしめた。
あのとき、俺は心に誓ったんだ。
今度こそ本当に、アユを守る――と。
今まで忘れていたのが不思議なくらい、記憶は鮮明だった。
その後のことも、はっきりと思い出せる。
親の都合で引っ越すことになった俺は、アユと離ればなれになった。
だが、引っ越してから一か月後、アユは俺のあとを追うようにして転校してきた。
「来ちゃった……」と、照れくさそうに微笑んだアユの顔も。
そんなアユに呆れたような態度を取りながらも、内心では舞いあがっていたことも。
すべてが、色褪せることのない思い出として、心の奥深くに刻まれている。
「そうか、アユは死んでなかったんだな。よかった……………………は?」
いや、待て……おかしいだろ。
ありえない。矛盾している。
俺にはもうひとつ、別の記憶がある。
それは、アユが線路に飛びこんで自殺した記憶だ。
アユは死んだ。
「自殺について考える授業」が行われたことも、その後の俺の虚無と絶望に支配された日常も、忘れることなどできない。
確かに、アユは死んだのだ。
「だったら…………なんなんだよ、この記憶は」
アユが自殺した記憶。
アユが死ななかった幸せな記憶。
矛盾する二つの記憶が、俺の中に同時に存在している。
そしてそのどちらも、俺は“確かに過去に起こった出来事”だと認識している。
「どうなってんだ、畜生……!」
これも、烏丸が仕組んだことだっていうのか……?
「ふぉっふぉ。人聞きが悪いのう」
「っ……! 誰だ!」
振り返る。
いつのまにか、すぐそばに人が立っていた。
その人物は杖をついていて、腰は曲がり、真っ白な長い顎ひげを生やしている。そして顔は烏丸だった。
……今度は町の長老、といったところか。
「うむ、そのとおりじゃ。わしは物知りな町の長老。この世界のことならなんでも知っておるぞい」
くそ、当然のように人の思考を読みやがって。
「ふぉっふぉ、お若いの。なにやらお困りのようじゃのう」
「白々しいんだよ。いいから説明しろ、俺の身になにが起こってる?」
「ふぉっふぉ。そう焦るでない」
あぁ、イライラする。
「おまえが、俺に偽の記憶を植え付けたんだな?」
俺は自分の推理を長老の烏丸にぶつけた。
俺の記憶のどちらかは偽物のはずだ。それ以外に考えられない。もっとも今の俺には、もはやどちらが偽物なのか判断することさえできないが……。
「ううむ、その推理はちと的外れかのう。どちらも偽物といえるし、どちらも本物といえる、というのが正しい」
「はぁ? おちょくってるのか?」
「そもそも、おぬしは思い違いをしておるのじゃ。わしはなにもしておらんよ」
「……は?」
烏丸がなにもしていない、だと?
「創っているのは、おぬしじゃ」
「どういう意味だ?」
ふぉっふぉ、と烏丸は笑って。
どこか楽しげに、語りだす。
「おぬしは記憶を思い出したのではない、可能性を生み出したのじゃ。おぬしは世界の歴史を塗り替えようとしておる。おぬしが真に望む世界が、今まさに現実のものになろうとしておるのじゃ」
「……俺が望む、世界」
「そうじゃ。おぬしは、いわば創造主なのじゃ。その空想はやがて、現実世界へと反映されるであろう」
今、聞き逃がせない言葉が飛び出した。
「現実世界へと……反映される?」
「なに、今すぐにというわけではない。現在の進行度は……ほれ、ステータスを開けばわかるじゃろ。たとえば陽宮アユに関連する歴史は、すでに50%ほど“創造”の準備が完了しておる。これが100になったとき――世界の改変は始まるのじゃ」
「…………」
「ふぉっふぉ、馬鹿げていると思うか? だが、事実じゃ」
……馬鹿げている。
確かに、この世界の中ではなにが起きてもおかしくはないが……。
その不可思議な力は、果たして「外の世界」にまで及ぶだろうか?
「ま、信じられないのも無理はないがの。それにしても……ふぉっふぉ。おぬしもなかなかに腹黒よのう」
「は? なんの話だ」
「最初に創り出した歴史――いや、最初に思い出した記憶といったほうがわかりやすいかの? 藤井コウシロウに関する記憶のことじゃ」
コウシロウに関する記憶――
アユのことが好きだと告白したコウシロウの言葉には、続きがあった。
――でも、エマのことも……
コウシロウの好感度があがったとき、俺の脳裏に「コウシロウは実はエマのことも好きだった」という記憶が蘇った。
……いや、記憶じゃない。
烏丸の言葉を信じるのなら、あの記憶は――
「確かに、あの二人をくっつけておいたほうが、おぬしにとって“都合がいい”からのう」
「ち、違う……! 俺はそんなこと……!」
「ふぉっふぉ、いいんじゃよ、おぬしの好きなようにして。わしはそれが見たいんじゃ。おぬしがどんなふうに世界を塗り替えるのかを、な」
「…………」
「それに、井森ヒロミの件もなかなか興味深かったぞい」
「……ヒロミがどうした?」
「ほれ、彼の好感度があがったとき、記憶は蘇らんかったじゃろ? あれは、彼に関する歴史は変えたくないという深層心理の現れじゃ。つまりおぬしは、彼との関係に大きな不満はなかったということじゃな」
「……っ!」
「ま、100になるまではどうなるかわからんがの」
「…………」
「さて。わしはそろそろお暇するとしようかの」
言うだけ言って、長老の烏丸は俺に曲がった背を向けた。
「おぬしがこの世界から脱出したとき、そこにどんな世界が広がっているのか――ふぉっふぉ。今から楽しみじゃわい」
ヨボヨボとした足取りで、烏丸は去っていった。
「…………」
烏丸の語った内容は、到底信じられるものではなかった。
すべてデタラメである可能性は、大いにある。
仮に事実だとして――
そもそも烏丸は、今回の件をまるで俺が勝手に引き起こしたかのような口ぶりだったが、こうなるように仕向けたのはほかでもない、烏丸だ。
烏丸の言葉はけっして鵜呑みにせず、話半分で聞いたほうがいいだろうな。
ふと辺りに目を向けると、アユはすでにどこかへ行ってしまったようだった。
烏丸のせいで町の外を探索する気も失せたので、今日はもう宿屋で休むことにした。
男は脱出できるのか27 かごめごめ @gome
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